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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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#連載小説

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #26

追いついた康佑は梨沙と肩を並べて歩く。 梨沙は大人しかった。好きなやつのことで頭がいっぱいなんだろうと思うと、康佑は複雑な気持ちになる。 とはいえ、その話題は彼女を苛立たせるようだから、これ以上突っ込むことは出来ない。 しばらくお互い黙ったまま、ゆっくりと桜並木を歩いた。時折梨沙は桜にカメラを向け、康佑もその度に立ち止まり彼女を待った。 5月。留学生活も残り2ヶ月ほどだ。 康佑は切り出す。 「俺さ、横浜に住んでて、学校は都内なんだ」 「ふぅん」 「梨沙は都内に住んでるっ

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #25

"ベルリンにすごい絵を描く、日本人アーティストがいる" 梨沙の描いた『蝶と不死鳥』は更に話題を読んで、SNSでも拡散された。小学校時代の先生や同級生からも、梨沙の元に連絡が入った。 ベルリンの若手クリエイターが作品を紹介するWebサイトにも名を連ね、SNSやギャラリーで既にその作品群を知っていた者からの制作依頼も舞い込むほどだった。 年明けから留学終了までなるべく大人しく過ごそうと思っていた予定は色々と狂ったが、もう仕方がない。 ただこんな風に賑やかしくなると心落ち着

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #24

高熱を出した梨沙は寝込み、うわ言でもずっと遼太郎のことを気にかけた。 私がこんな事している場合じゃない。大変なのはパパの方なんだから…。 * そうして目を覚ますと、梨沙は見慣れない部屋にいた。 アイボリー色の壁、カーテン。真っ白というよりは、太陽の光を包み込んだかのような淡さが混じっている。ベッドのシーツも同じ色だ。 外は日が高いのか、カーテン越しに強い日差しを感じた。アイボリーはそのせいか。 身体は軽くなっており、病は峠を超えたと思った。起き上がり床に足を下ろすと、木

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #23

そうして4日目の午前中には壁画は完成した。1日12時間近く費やす日もあったが、これだけの大作を完成するには相当なスピードだった。 出来上がった絵を見て、梨沙はへなへなと膝から崩れ床にぺたりと座り込んだ。 呆然と自分の絵を見上げる背後で、完成を聞きつけたイベントの主催者が梨沙の元を訪れ、感嘆の声を挙げた。 「これだけのものを正味3日で…? リーザ、君はなんて人なんだ!」 それでも梨沙は立ち上がることが出来なかった。 梨沙は隅の椅子に座り、まだぼんやりとその様子を眺めてい

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #22

早速翌日から、梨沙は作品制作に取り掛かった。 交渉の末、とある一室の白い壁を確保させてもらった。脚立も借りた。 そこに黒いインクで線を描いていく。壁画である。 まず曼荼羅のような模様を四隅に描き、中央には蝶。その羽根の鱗粉部分に、非常に細やかにたくさんの花を描いた。ダリヤのような、桜のような、蓮のような。様々な形の花々を細かく。 蝶の飛ぶ軌跡にはやはり花々が咲き溢れている。 大人の塗り絵を思わせる細かさを壁に描いていく。大作だ。 蝶はもちろん、自分だ。 その蝶の目指す

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #21

3月の半ば。学校は3週間の春休みに入った。 しかし3月とて春の訪れは日本に比べたらまだまだ遠い。 そんな中、若手アーティストが集まる音楽や絵画のイベントが旧共産圏時代の建物で開催されることになり、Emmaに勧められて年明けから作品を描きためた梨沙も参加した。 広い建物内は学校または昔のオフィスのように大小の部屋があり、写真やアート、雑貨などクリエイターの作品が並び、広めの部屋では音楽ライブも行われている。そう、どことなく日本の学校の文化祭のようだ。 梨沙はタッチの異なる

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #20

康佑はヤキモキしていた。 梨沙がどんどん美しくなっていく気がし、心苦しい思いで見ていた。 気になる。 あの変化は、男が出来たに違いない。 悶々とした気持ちをいつまでも抱えてるわけにもいかないと思い、意を決して話しかけた。そういうところは康佑は男らしいところがあると言えそうだ。 2月14日、日本で言えばそう、バレンタインデーだ。 ドイツでも一応バレンタインはあるものの、日本とは異なる。夫婦やカップルが日頃の感謝を込めて、男性から女性に贈り物…多くは花束を贈るような日だ。

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's notice #19

康佑は年明け初日の学校で梨沙の後ろ姿を見かけた時に「梨沙!Frohes neues Jahr!(明けましておめでとう!)」といつもの調子で挨拶したが、振り向いた彼女はいつもの調子ではなかった。 彼女の顔は一瞬強張り、そしてすぐに憂いを秘めた表情を浮かべた。いつものように怒って、プイッと顔を背けたりしなかった。 「…梨沙…?」 何も答えず彼女は去った。それ自体はいつものことだったが。 一瞬ヒヤッとするほど、妖艶な色気を感じたのだ。ほんの一瞬だが。 「あいつ…冬休みの間

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's notice #18

梨沙は迷子になっていた。 どうしたらいいのかわからず、パニックになりそうだった。背中を丸めたまま震えている。 「梨沙、薬、飲んで」 「嫌だ…私…ヤク漬けみたい…やだよ…」 遼太郎の胸にまた、突き刺さるその言葉。 「大丈夫だよ。時々飲む分にはヤク漬けなんかにならないから。でも今は飲んだ方がいい。どこに入ってる?」 既に梨沙の両目から涙が溢れ出し、答えようとしない。 遼太郎は仕方なく彼女の荷物をあさってピルケースを見つけると、自分の飲みかけのペットボトルの水と一緒に渡そう

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #17

メールの件がショックで、その日梨沙は全く口を利かなかった。家族の前ではひたすら泣くのを耐えた。 そうしてその夜、夏希から鍵を受け取り、遼太郎の部屋へ移った。 部屋のドアを開けるとバスルームからシャワーの音が聞こえてくる。同時にかすかな匂いをキャッチする。 懐かしくて、大好きで、心も身体も溶けそうになるのに、今は稜央から拒絶された哀しみで、気持ちがぐちゃぐちゃだった。 ルームライトは消され、ベッドサイドの灯りだけが点いている。梨沙が幼い頃から遼太郎のベッドルームは大抵そんな

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #16

それからも梨沙はあれこれと父のことを蓮に訊いた。自分の知らない父がどんな風なのか、無性に知りたかった。 その内に蓮はウトウトし出し、梨沙がどかないので夏希のベッドで眠ってしまった。 そこへ夏希が戻ってくる。 「あら…梨沙、まだいたの?」 梨沙は唇を噛み締め、眠る蓮をじっと見つめている。 「パパももう戻っているわよ」 「…」 「何、どうしたの?」 動こうとしない梨沙に夏希は尋ねた。 「行ってあげないの? パパ、あなたのこと気にしてたわよ。この旅行ではほとんど話してい

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #15

ベルリン、Neujahr(ニューイヤー)が明けた朝。 昨夜の爆竹、お祭り騒ぎが嘘のように収まり、別世界かと思うほどひっそりと静まり返っている。一家は拍子抜けするような静けさの中、ゆったりと朝食を取った。 ただ一人、梨沙だけは、稜央に送った新年の挨拶もスルーされ、ため息をついている。遼太郎はこの旅行中ずっとそんな様子の梨沙に焦燥感が募るばかりだった。 * 今日は店なども開いているところも少ないので、遼太郎自身が最も好きな建築や街並みを楽しむことにした。 まずはOran

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #14

稜央はスマホの画面を眺めてため息をついた。 帰国前からずっと続いている、あの娘からのメッセージ。徹底的に無視し続けている。が…。 「なんでこんな…健気なんだ」 スマホを握りしめ、独り言ち。少女の日記のような拙いメッセージ、かと思えば時に情熱的な文面になったりする。彼女の激しさは父親譲り、いや、それ以上かもしれないと思う。 稜央は1枚の絵を手にし、眺めた。 稜央がグランドピアノを弾く姿。あの娘が描いた。改めてすごい才能だな、と思う。 ピンポーン。 玄関のチャイムが鳴り

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #13

翌日。 どんよりと曇り、凍てつく空気がベルリンを包み込んでいる。 Silvester(大晦日)の今宵はベルリン・フィルのジルベスタコンサートを鑑賞することになっていた。家族4人で鑑賞するのは久しぶり。以前は梨沙が「退屈だ」と言って嫌がったので、夏希と蓮の2人で出かけていたのだ。 近年ベルリン・フィルの鑑賞はカジュアルな服装の者も増えたが、そこはやはり敬意を評して4人共ラフすぎる格好は避けた。 梨沙は膝下丈の、裏地が真紅になっている黒いワンピース、Little Black