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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #24

高熱を出した梨沙は寝込み、うわ言でもずっと遼太郎のことを気にかけた。
私がこんな事している場合じゃない。大変なのはパパの方なんだから…。

そうして目を覚ますと、梨沙は見慣れない部屋にいた。
アイボリー色の壁、カーテン。真っ白というよりは、太陽の光を包み込んだかのような淡さが混じっている。ベッドのシーツも同じ色だ。
外は日が高いのか、カーテン越しに強い日差しを感じた。アイボリーはそのせいか。

身体は軽くなっており、病は峠を超えたと思った。起き上がり床に足を下ろすと、木の床がひんやりと冷たい。

正面に見えるドアが薄く開いているが、とにかくここがどこかわからない。病院ではなさそうだ。どことなく浮遊感があり、不思議な気持ちでそのドアを開けると、また部屋がある。

「あっ」

その部屋の窓際にいたのは遼太郎だ。そうして、これは夢なのかもしれないと思う。
彼は開いた窓の桟に腕をつき、外を見下ろしている。そういえば彼の着ている服の色も全てアイボリーだ。

「パパ」

恐る恐る呼びかけると、遼太郎は顔をこちらに向けた。微笑んでいるような、泣いているような表情に、梨沙はハッとして足を止めた。

どうしたの? 何をしているの?

今度は声になったかどうか、わからない。
遼太郎の表情は、何かを悲観しているようにも見えた。彼は梨沙から目を逸らし、再び窓の外を向いた。

そばに寄りたいのに、まるで透明な壁が立ちはだかっているかのように近づけない。

「パパ!」

叫んでも、もう声が届かないようだ。彼は反応しなかった。

「嘘! ねぇパパ、こっちに来て!」

しかしその瞬間、背後から誰かに強い力で引き戻される。

「えっ!? 待って! パパ!助けて!」

そうしてドアが閉じらる瞬間、視界が梨沙の描いた不死鳥フェニックスが舞う姿で覆い尽くされ、同時に耳を塞ぎたくなるような大勢の人の嬌声が聞こえた。
大きな音と共にドアが閉じると、不死鳥も声も消え、アイボリーの世界は真っ暗になった。


ハッと目を覚ますと、そこはShulz家の自分の部屋だった。Emmaが向こう側の自分の机からこちらを見ていた。

「Emma…」
「リーザ、大丈夫? すごくうなされてた」

そうして梨沙は思い出した。夢だった。でも後味がすごく悪い。

「ねぇ、私のスマホはどこ!?」
「電池が切れていたみたいだから、充電中」

そう言ってプラグに差し込まれていた梨沙のスマホを持ってきてくれた。受け取ると慌てて着信をチェックする。何も来ていなかった。

「ねぇ、パパはどうなったの?」

Emmaはまだ何も聞いていないという。

「やだ…ねぇ、連絡取りたい」

梨沙はスマホを操作しようとするが、手が震えてなかなか上手く操作できない。

「リーザ、パパもまだ入院中って言ってたよね」
「だから連絡取りたいの! ねぇ、パパ、生きてるよね?」
「どうしたの? 何か悪い夢でも見たの?」

ようやく遼太郎の番号をコールしたが、メッセージセンターへ繋げられた。

「リーザ、日本はまだ夜が明けてないよ。掛けるにしてももう少し経ってからにしないと」

時計を見ると21時近かった。梨沙もまた丸1日近く眠っていたことになる。

「パパが…やばい…」

震え出す梨沙をEmmaは抱き締めた。

「何がやばいの?」
「いっちゃう…いっちゃうよ…遠くに…」
「リーザ、落ち着いて。怖い夢見たんだね。大丈夫だよ。まだ何も連絡がないってことは何も起こってないってことでもあるから。とりあえず日本の夜が明けるまで、もう少し待ってみよう」
「そんな…手遅れになったらどうするの!?」
「ならないから! リーザ、悪い事ばかり考えないで! 考えても考えなくても待ってる結果は同じよ。だったら希望を持った人が勝つのよ、わかるわよね?」

Emmaの強い口調に梨沙も押し黙った。

日本の夜が明ける時間にすぐにメッセージを送り、返信を待った。同時に母にも電話を掛けた。

「パパはどうしてるの!?」

夏希は『まだ病院にいる』と答えた。

「ねぇ、ちゃんと生きてるよね?」
『当たり前でしょう…縁起でもないこと言わないでよ』
「変な夢見たの。パパがどこかに行っちゃいそうな気がしたの。すごく怖い」
『大丈夫よ梨沙。パパとは昨日少し会話したから。きっと不安な気持ちが夢に現れたのね。起き上がれるようになったら梨沙にも連絡するように言っておくわ』

昨日はママとしゃべったのか…梨沙は一気に力が抜けた。

でも…どうして…あんな夢を…。

翌日の昼下がり。
梨沙のスマホに着信がある。遼太郎の番号からだ。

慌てて出ようとし、思わず手からスマホを落とす。拾う手が震えていた。

「…パパ?」

カメラはオフのままで姿は見せない。話し声が少し響いていることから、家ではなさそうだ。

『バレたら仕方ないな』

開口一番遼太郎はそう言い、梨沙の感情は爆発し、大声で泣き出した。

「パパ…! 怖かった…いなくなっちゃうかと思った…本当に怖かったよぉ…!!」
『ごめん。心配かけさせたくないから、みんなに黙っててもらっていたんだ。俺もほんの1~2日だと思っていたんだけど、ちょっと長引いて…』

潜めているのか、病み上がりのせいなのか、声に力はない。

「あのね、私も熱出して寝込んでたんだけど、そのとき夢も見たの。全部が白い、変な場所にいて、パパが…どこかへ行っちゃう気がして…それですごく怖くなっちゃって…」

思い出すだけで恐怖で震えて、また泣いてしまいそうだった。しかし遼太郎は意外なことを言った。

『へぇ…、奇遇だな。俺も夢に梨沙が出てきたよ』
「えっ…?」

聞くと梨沙が見た夢と場所こそ違うものの、似たような展開だった。

『花畑に梨沙がいるんだ。蝶が…青い蝶が梨沙の周りを飛び交っていて…なんか楽しそうに踊ってるみたいで。俺はそれを少し離れたところから見ているんだ』

自分に気づいた梨沙はこちらに向かって大きな声を上げているが、何も聞こえない。そのうち必死に叫ぶのだが、やはり聞こえない。顔はもう泣き顔だ。遼太郎が歩み寄ろうとしたら蝶や花と共に光の中へ消えていったという。

『お前が呼び止めてくれたお陰で、今俺はここにいるのかなと思ったよ』
「うそ…死にそうだったってこと…?」
『梨沙、それよりこれで "いなくなるかもしれない" 恐怖がわかっただろう? お前に "私なんていなくなった方がいい" と言われた時、お前が感じたことと同じ恐怖を味わったんだぞ。これでもう、わかったな?』

梨沙はハッと我に帰った。

「わかった…思い知った。本当にもうあんなこと言ったり考えたりしない…」

ふぅ、と電話の向こうから安堵のため息が聞こえた。

『俺も最初はなんであんな夢見たんだろうなって思って、梨沙が送ってくれた壁画の写真を見たせいかと思ってたんだけど』
「見てくれたの」
『昨日、送ってくれていたメッセージをまとめて見た。すごいの描いたな。本当に俺の娘の仕業か?って疑いたくなるくらい』
「どういう意味?」
『圧倒されたってことだよ。お前が見えている世界が…色や形が、何となくわかる気がして…なんか嬉しかったよ』

遼太郎のその言葉に、梨沙の胸はじんと熱くなった。

『蝶がいたよな。あれは梨沙なんだろう?』
「うん。パパのことも描いたんだよ」
『俺? どこに? なんかの花?』

梨沙は泣き笑いして「違うよ」と言ったが、正解は言わないことにした。

『に、しても。お前がいつか、お前と俺は共鳴してるんだと言った時があったよな。今回の夢は、まさにそんな感じだったのかなと思ったよ』
「パパ…」

今度は梨沙は嬉しさで泣きそうになった。
私たちは繋がっているのだと。

その時、遼太郎の背後で誰かの声がした。

『そろそろ切らないと。看護師に怒られた』

再び梨沙は涙を拭いながら笑った。

「うん」
『俺から掛けられるようになるまで、もう少し電話は我慢してくれるか?』
「うん…」
『梨沙、本当に心配しなくていい。愛してる』

ポロリと、梨沙はまた一粒涙を零す。

「私も…パパ」
『声震えてるな。泣くなよ。じゃあな』
「Gute Nachat.Träum süß.」(おやすみ、良い夢を)


電話を切った梨沙は、こうして生きてやりとりが出来ることの喜びをひしと感じると同時に、過去の自分の言動を恥じた。それらの言葉が、行動が、どれだけ遼太郎を苦しめたか。

失いたくない。絶対に。

でもそのためには、普通じゃない私が、できる限り普通に生きていく事が必要なのだ。
自分の感情の振れ幅が大きくなって衝動的な行動を起こせば、それは即、遼太郎を傷つけることになる。

自分の独りよがりを、ようやく実感したのだ。

隆次叔父さんが言っていた "お守り" 。
それは物があればいいわけではなく、そのお守りによって自分の感情を完全にコントロールすることなのだ。その最大の手助けとなる存在が、隆次にとっては兄、自分にとっては父の、遼太郎なのだ、と。


梨沙はようやく、思い知ることが出来た。





#25へつづく


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