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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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#ベルリン

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #25

"ベルリンにすごい絵を描く、日本人アーティストがいる" 梨沙の描いた『蝶と不死鳥』は更に話題を読んで、SNSでも拡散された。小学校時代の先生や同級生からも、梨沙の元に連絡が入った。 ベルリンの若手クリエイターが作品を紹介するWebサイトにも名を連ね、SNSやギャラリーで既にその作品群を知っていた者からの制作依頼も舞い込むほどだった。 年明けから留学終了までなるべく大人しく過ごそうと思っていた予定は色々と狂ったが、もう仕方がない。 ただこんな風に賑やかしくなると心落ち着

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's notice #19

康佑は年明け初日の学校で梨沙の後ろ姿を見かけた時に「梨沙!Frohes neues Jahr!(明けましておめでとう!)」といつもの調子で挨拶したが、振り向いた彼女はいつもの調子ではなかった。 彼女の顔は一瞬強張り、そしてすぐに憂いを秘めた表情を浮かべた。いつものように怒って、プイッと顔を背けたりしなかった。 「…梨沙…?」 何も答えず彼女は去った。それ自体はいつものことだったが。 一瞬ヒヤッとするほど、妖艶な色気を感じたのだ。ほんの一瞬だが。 「あいつ…冬休みの間

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #17

メールの件がショックで、その日梨沙は全く口を利かなかった。家族の前ではひたすら泣くのを耐えた。 そうしてその夜、夏希から鍵を受け取り、遼太郎の部屋へ移った。 部屋のドアを開けるとバスルームからシャワーの音が聞こえてくる。同時にかすかな匂いをキャッチする。 懐かしくて、大好きで、心も身体も溶けそうになるのに、今は稜央から拒絶された哀しみで、気持ちがぐちゃぐちゃだった。 ルームライトは消され、ベッドサイドの灯りだけが点いている。梨沙が幼い頃から遼太郎のベッドルームは大抵そんな

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #15

ベルリン、Neujahr(ニューイヤー)が明けた朝。 昨夜の爆竹、お祭り騒ぎが嘘のように収まり、別世界かと思うほどひっそりと静まり返っている。一家は拍子抜けするような静けさの中、ゆったりと朝食を取った。 ただ一人、梨沙だけは、稜央に送った新年の挨拶もスルーされ、ため息をついている。遼太郎はこの旅行中ずっとそんな様子の梨沙に焦燥感が募るばかりだった。 * 今日は店なども開いているところも少ないので、遼太郎自身が最も好きな建築や街並みを楽しむことにした。 まずはOran

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #13

翌日。 どんよりと曇り、凍てつく空気がベルリンを包み込んでいる。 Silvester(大晦日)の今宵はベルリン・フィルのジルベスタコンサートを鑑賞することになっていた。家族4人で鑑賞するのは久しぶり。以前は梨沙が「退屈だ」と言って嫌がったので、夏希と蓮の2人で出かけていたのだ。 近年ベルリン・フィルの鑑賞はカジュアルな服装の者も増えたが、そこはやはり敬意を評して4人共ラフすぎる格好は避けた。 梨沙は膝下丈の、裏地が真紅になっている黒いワンピース、Little Black

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #12

その日は早めにホテルに戻り、食事を済ませて各々の部屋に戻った。 梨沙も自分で言い出したものの、母との慣れない空間でどうしたら良いかわからず、互いに何だかよそよそしくなり居心地が悪かった。 しかしシャワーも浴びて一息ついた時、梨沙は切り出した。 「ママ、あのね」 改まる梨沙に、夏希も少々身構える。 「ママは…パパのことどうして好きになったの?」 その質問には驚きが半分、けれどやはり遼太郎に関することだったか、とも思った。 「…どうしたの、急に」 「教えて」 「パパ

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #11

そうして迎えた12月30日。 梨沙はベルリンのBrandenburg空港まで家族を迎えに出た。S-BahnのS9が空港まで通っているので、それに乗る。街の中心を通り本数も多いし、手軽でとても便利だ。 子供の頃はベルリンの空港と言えばTegel空港で、こぢんまりとしていてまるで首都の空港とは思えない、どこか社会主義の名残を感じる空港だった。それもそのはず、冷戦下でわずか3ヶ月の突貫工事で出来上がったという、伝説の空港でもあった。 上から見ると正六角形のターミナルビル、大きな

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #10

「梨沙! Morgen!」 毎日の康佑の挨拶にも慣れてしまったと思っていた梨沙だが、稜央が現れたことで再び他の男性には嫌悪感を抱くようになってしまった。 「…」 康佑も、最近ようやっと挨拶以外にも二言三言交わせるようになったのに、この日の梨沙は鋭い視線を向け何も言わなかった事に「おやっ?」と思ったが、構わず続けた。 「な、お前、クリスマス休暇はどうするの?」 ドイツの休暇は週ごとに微妙に異なる。ベルリン州の公立学校は、今年は12月22日から1月2日までクリスマス休暇

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #9

『パパ?』 午前0時の、いつもの梨沙からの電話。きちんと連絡が来るのは稜央からの電話で梨沙と会ったと衝撃の連絡を受けて以来、3日ぶりだった。 「今日は出かけなかったのか」 『うん…』 「ずいぶん大人しいな。3日もかけてこないなんて梨沙らしくない。何かあったのか? ちゃんと夜眠れてるのか?」 『パパ、あのね』 梨沙は改まって、小さく息を吸うと言った。 『好きな人が出来たの』 遼太郎の鼓動は再び大きな音を立てる。このタイミングで? 「へぇ、唐突だな。クラスメイトか?」

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #8

2日後。 梨沙は白い息を弾ませてHauptbahnhof(ベルリン中央駅)に向かった。約束の時間まで1時間近くあるけれど、家でじっとしていられなかった。 駅の中はクリスマスオーナメントがあちこちに飾られている。 駅ナカの売店など見て回るが、雰囲気も相まって梨沙も浮足立っている。 そうだ、何かドイツっぽいものを一緒にプレゼントしようかな。 そう思い立ったが、ドイツっぽいものってなんだろうと考えると、よくわからなかった。 ビール、プレッツェル、クリミ割人形…土産物屋にはそ

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #7

稜央は動揺していた。 とりあえず父に…遼太郎に伝えておいた方が良いだろうと考えた。 暫くぶりの連絡が、まさかこんな形になるなんて。 「父さん…、今大丈夫?」 『久しぶりだな。大丈夫だけど、どうした?』 「つかぬこと訊くけど…娘って今、ベルリンにいたりする?」 『ずいぶん唐突だな。そうだけど…何でだ?』 「…名前は確かリサって言ったよね。身体は細くて背は小さめ、色白で目が大きくて髪は黒くてサラサラで顎くらい…」 『…何が言いたい?』 「僕いま、ベルリンにいるんだ。それで…」

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #6

11月の終わり、街は徐々にクリスマスに染まっていく。 梨沙は子供の頃、休日のたびに家族とベルリン中のクリスマスマーケットを回ったことを思い出し、妙にウキウキした気持ちになる。 学校やSchulz家でもプレゼントの交換会を行うため、その贈り物を探しの "下見" をしに、一人でモールを歩いていた時のことだった。 ピアノの音色が聴こえてきて、ふと足を止めた。 誰でも自由に弾いて良い街角ピアノがそこにあり、誰かが弾いている。 弾むようにファンキーなのに、たおやかで華麗さを併せ

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #4

「君さ、野島梨沙ちゃん、だよね?」 授業が終わって教室を出た時、梨沙は日本語で声を掛けられた。 振り返ると青いTシャツを着た、スラリと背が高く短髪が爽やかな男子学生が、梨沙に向かってにこやかに笑顔を向けていた。 梨沙は一瞥すると、プイッと無視して再び歩き出した。 「あれ、俺変なこと言ってないよね? この学校で日本人って、野島梨沙って子しか他にいないって聞いてるんだけど」 「私は確かにそうよ。だから何?」 梨沙のつっけんどんな態度に彼は目を丸くした。 「あ、いや。数少な

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #3

Emmaは首筋や手首足首に蝶や鳥、ハートなどのモチーフで小さなタトゥーを入れており、アーティストとしての梨沙の感性を刺激した。 「Emma、それ、もしかして…」 「これ? Tatooよ。日本ではやらないの?」 「…あんまりやってる人、見たことない」 「そうなんだ。こっちではみんなやってるよ。ファッションみたいなものね」 「それ、剥がれたり消えたりする?」 「消えないわよ。彫って、そこにインクを入れるんだから」 「彫る? 身体に? シールじゃないの?」 「そうよ。最初はちょっ