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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #12
その日は早めにホテルに戻り、食事を済ませて各々の部屋に戻った。
梨沙も自分で言い出したものの、母との慣れない空間でどうしたら良いかわからず、互いに何だかよそよそしくなり居心地が悪かった。
しかしシャワーも浴びて一息ついた時、梨沙は切り出した。
「ママ、あのね」
改まる梨沙に、夏希も少々身構える。
「ママは…パパのことどうして好きになったの?」
その質問には驚きが半分、けれどやはり遼太郎に関することだったか、とも思った。
「…どうしたの、急に」
「教えて」
「パパから聞いてないの?」
「ママの話が聞きたいの」
真剣な梨沙の眼差しに、夏希は少し気圧された。
「…そうね、どこから話そうか。遠距離恋愛だったことは、知ってるわよね?」
梨沙は頷き、「馴れ初めから教えて」と言った。
「パパがママの上司だったのも知ってるわよね。パパもまだ若かったけど、すごく仕事ができて早くから役職に就いていて、みんなから尊敬されてた。私も憧れてた」
「その頃からパパのこと好きだったの?」
夏希は首を横に振った。
「その頃はまだ。でも憧れと恋心って紙一重みたいなところがあるわよね。好きだったのかな。たぶん当時はまだ違うと思うけど。それで私は5年目で会社を辞めたんだけど、退職して半年くらいした頃、偶然道でばったり会ったのよ。会社の近くで。それでそのまま一緒に食事をしに行って、それで、また会う約束をしたの」
「どっちから誘ったの?」
「私よ」
「それで?」
「それで、何度か食事に行って、そのうち休みの日も会うようになって…その頃は私も好きだなって思っていたし、なんとなくパパも同じように思っているだろうなって感じていた。でもね」
夏希はそこで言葉を区切り、窓の外のブランデンブルグ門に目をやった。門の前の広場は多くの観光客がスマホを片手に記念撮影している。
「パパから『ドイツに赴任することになった。2年か3年はかかると思う』って言われたの。クリスマスも近い12月のことよ。ショックだった。私の両親が交通事故で亡くなったのもドイツだったから、余計に」
梨沙は真剣な表情で聞いている。
「それでクリスマスイブの日、急に呼び出されて飲みに行ったの。その時はドイツに遊びにおいでとか言ってくれて…。ただパパも迷っていたと思う。それ以上のことは何も言わなかった。私はこのまま何となく過ごすの、嫌だなって思ったの。それで私から告白したのよ。そうしたらパパも『それは俺が先に言わなきゃいけなかった』って。それで付き合うことになったの。でも3ヶ月後パパはドイツに行っちゃって、遠距離が始まった」
「遠距離の間…どうしていたの?」
「毎日連絡取り合ったよ。梨沙もパパと話しているように、時差を考えて私が寝る前と起きる頃の時間帯にね。当時はパパの仕事が結構忙しくて、あまり日本に帰ってこなかったし、私も転職したばかりで有給もあまりなくて、全然会えなかったの。だからストレスも溜まっていったのよね。それで2年経っても結局まだ帰ってこなくて、その時にさすがにもうダメかと思って、電話で喧嘩したのよね。喧嘩っていうか、私が一方的に感情的になって。そうしたらパパ、会いに来てくれたのよ。私の誕生日に合わせて。とんぼ返りだったけど…指輪を持ってね」
「それって…プロポーズ?」
夏希は頷いた。
「その年の冬にもう一度帰ってきて、クリスマスイブに入籍したの。その後すぐパパはまたドイツに帰っちゃって、実際に帰国して結婚式を挙げたのはそれからまた1年後よ」
梨沙はふぅ、と息をついた。
「でもどうしたの? そんなこと私から聞きたいなんて」
「あのね、ママ。実は…」
夏希はピンと来た。梨沙が今何を言おうとしているのか。
「好きな人が出来たの」
「あら…どんな人なの?」
夏希の身体に緊張が走った。相手が遼太郎だと思ったからだが、平静を装って尋ねる。
「この前…クリスマスの前、モールでピアノを弾いていた日本人」
相手が遼太郎でないとわかって驚き、深く安堵した。同時に、その相手に関心を持った。
「モールでピアノを? こっちに住んでいる人なの?」
「ううん、旅行で来ているって言ってた。もうここにはいない」
「その後も連絡取り合っているの?」
「ううん…」
梨沙は寂しそうに俯き首を横に振った。
「聞いてないの? 連絡先」
「聞いてる。メールアドレス。でもメールしても返事は来ない。毎日ずっとずっとメッセージ送っているのに」
「忙しいのかしら」
「連絡されても返信あまりできないと思うって言われたし、日本に帰ったら会って欲しいって言ったら、それは出来ないって言われたの。結婚してるか、恋人がいるのかもしれないけど、はっきりしなくて」
「あら…。結婚しているとしたら…だめよね…。梨沙はその人のどういうところが良かったの?」
梨沙は迷った。パパに似ていたから、とは言いづらかったが。
「ピアノが上手で…。パパが昔、家で聴いていた曲を弾いていて懐かしかったし、リクエストしたらもっと弾いてくれて…。あと、単純にカッコ良かった」
「パパに似てるの?」
そう言われて、梨沙は顔を真赤にして俯き、夏希は微笑んだ。
父親に似た男性を求めることはよくある話だと思ったし、何より普通に恋に落ちたことと、それを自分に話してくれたことが嬉しかった。やはり恋愛のこととなると、同性として母と娘は近づくのだと思った。
「そのこと…パパには話してないの? さすがに話せない?」
「ううん、話した」
「…なんて言ってたの?」
「…旅人はやめておけ、って」
夏希は意外に思った。梨沙が自ら決めることについてはいつも寛容だったからだ。
さすがに『好きな人が出来た』と言われたら、父親として落ち着かなくて否定したくなるものなのだろうか?
「それもあって、落ち込んでいるの?」
「…」
梨沙は黙って俯く。
「パパが認めてくれないことも、辛いのね」
「…」
「クリスマス前に知り合ったんじゃ、まだそんなに日が経ってないわよね。返事が来ないのは年末なこともあるし、きっと忙しいのよ。結婚しているか彼女がいるかとかはきちんと聞かないとわからないし…。もう少し頑張ってメールしてみて、それでも来なかったら…きっと縁がなかったと思って諦めた方がいいかもね。物事は諦めないことも、諦めることも大事なのよ」
「あんまり…諦めたくない」
「わかるわ。なかなかドラマティックな出会いだものね。いくつくらいの人なの?」
「20代後半とか…かな。歳は聞いてなくって」
「名前は?」
「りょう、って言ってた」
「りょう…」
名前までパパに似ているのね、という言葉を飲み込んだ。
「梨沙、恋は素晴らしいものよ。でも時にはそれに囚われてしまうこともある。そうすると自分を見失ってしまう。そのことばかり考えて何も手がつかなくなると、辛いわよ。だから好きな絵を描いて気を紛らわせるとか…あ、その人の絵は描いてないの?」
ピアノを弾いている絵…本人にプレゼントした絵があるが、それを見せたら遼太郎にそっくりなことがバレてしまう。何となく、今はそれは避けたかった。
「描いてない…」
「そう…描いたら気が紛れるかもしれないわよ。…来るといいわね、メールの返事。梨沙が本気だったらパパもきっとわかってくれると思うし」
夏希の言葉に梨沙はため息をつく。
本気とは、どういうことだろう。
#13へつづく
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