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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #11

そうして迎えた12月30日。

梨沙はベルリンのBrandenburgブランデンブルク空港まで家族を迎えに出た。S-BahnのS9が空港まで通っているので、それに乗る。街の中心を通り本数も多いし、手軽でとても便利だ。

S9車窓風景(2022年12月撮影)

子供の頃はベルリンの空港と言えばTegelテーゲル空港で、こぢんまりとしていてまるで首都の空港とは思えない、どこか社会主義の名残を感じる空港だった。それもそのはず、冷戦下でわずか3ヶ月の突貫工事で出来上がったという、伝説の空港でもあった。
上から見ると正六角形のターミナルビル、大きな管制塔、遼太郎が好きな "社会主義時代の近未来的" 建物だった。

今はベルリン南部のSchönefeldシェーネフェルト空港が増設される形で「ブランデンブルグ空港」として生まれ変わった。新しい空港はもちろん現在のドイツの顔としてはふさわしいのだろうが、やはりそこは少し寂しい気もする。

ベルリン・ブランデンブルク空港内(2022年12月撮影)

やがて到着ゲートに、遼太郎を先頭に家族が姿を現した。父親の姿を捉えると久しぶりの再会に梨沙の胸は高鳴った。といってもたかだか3ヶ月だが。

「パパ!」

梨沙は叫んで駆け寄ったが、ふと足を止めた。遼太郎が不思議そうに首を傾げるとそれを見ていた蓮が

「お姉ちゃん、少しは大人になった?」

と突っかかるような言い方をする。しかしここでも梨沙はすぐに怒ったりしない。

「梨沙、元気そうで」

母も久しぶりだ。日本を出る前だから5ヶ月近く会ってないし、互いに電話で顔を見せることも、たまにしかない。
梨沙は不器用に「うん」とだけ返事した。

タクシーで中心街の宿泊先まで移動しようとしたが、蓮が電車で移動したいというのでFEXに乗ることにした。FEXの方がやや急行といった感じで、料金はS-Bahnと一緒である。

車中ではホテルの部屋割りについて話し合っていた。2人部屋を2部屋抑えているためだ。スイートルームが良かったのだが、同じ部屋で姉弟ケンカされたらたまらない、と遼太郎が思ったからだ。

「どうせ梨沙はパパと一緒がいいって言うんでしょ」
「その歳になってもお父さんと一緒だなんて、おかしいよ」

まだ梨沙は何も言っていないのに、夏希や蓮が当然のようにそう言ってくるとムッとしてしまう。が、文句を言いたいのをグッと我慢した。

父と同じ部屋になりたいのはもっともだし、そうだと言いたい。けれど、どう接したらいいか、よくわからなかった。

自分の想いを拒む父、けれど好きになった人のことも否定する、父。

遼太郎は梨沙が黙ったままなのを訝しく思った。いつもなら真っ先に「私はパパと同じ部屋!」と言ってきかないからだ。例のこと・・・・があるからか。

「梨沙、どうした? 元気ないじゃないか」
「別にいいよ僕は。子供の頃みたいにお母さんと一緒の部屋でもさ」

先にそう言ったのは蓮だった。梨沙は考えた。遼太郎と話をする前に、夏希に聞いてみたいことがあった。

「私…ママに話したいもことあるから…」
「えっ?」

最も驚いたのは夏希だった。梨沙からそんな事を言われたのは初めてではないだろうか。

「だから別に…どっちでもいい。あ、でも蓮と2人は嫌」

想定外の梨沙の言葉に、家族全員が目を丸くした。
夏希は何事だろうかと、やや不安にさえ思い絵顔がぎこちなくなった。

梨沙はホットチョコレートの味を思い出していた。

ベルリン中央駅ホーム(2022年12月撮影)

Hauptbahnhof(ベルリン中央駅)でFEXを降り、タクシーでホテルに向かった。

ホテルはブランデンブルグ門にほど近い高級ホテル。窓からは門の向こうにある連邦議会の建物も見える。
このロケーションであれば、カウントダウンで打ち上がる花火も人混みに揉まれること無くバッチリと見える。

結局、梨沙は日程の前半を夏希と、後半を遼太郎と部屋を共にすることにした。

荷物を置き、夏希や蓮にとっては久しぶりのベルリン散策に出た。
既に街中では爆竹が鳴らされている。新年を祝うためのものだ。
通常、市内で爆竹を鳴らすことは禁止されているが、年末年始だけは許される。そのため、市内のホームセンターは大量の爆竹で、まるで火薬庫のようになるという。

音に敏感な梨沙も初めは鳴る度にビクリとしていたが、そのうち慣れた。蓮は自分も爆竹を鳴らしたいと言ったが、夏希に止められた。

遼太郎の気がかりは続いていた。

いつもは豪快に抱きついて来て、部屋もパパと一緒じゃなきゃ嫌だ、と言い張るのに。

今日は歩いている時でさえ、まとわりつくようなこともしない。時折スマホになにか打ち込んでいる。

「梨沙、歩きながら何やってるんだ」

遼太郎が注意すると梨沙は気まずそうにスマホをしまい込んだ。しかしすぐにソワソワと落ち着かない様子を見せる。
稜央と連絡を取ろうとしているのか。

家族が市内観光をしている間も、梨沙は始終上の空だった。しきりにスマホを気にしては、ため息をついてまたポケットにしまう。

「梨沙」

遼太郎が呼びかけると、梨沙は怯えたような顔をよこした。

「この前話していた奴に連絡取り合っているのか?」
「…」
「梨沙、現を抜かすなと言ったろう?」
「取り合ってなんかない」

梨沙は一言そう言って、プイッと歩き出す。
遼太郎もまた、相手が相手なだけに苛立ちを抑えられなかった。

早く忘れてくれ。頼む。
消せるものなら、消してやりたい。
消せるものなら。

「お父さん、怖い顔してどうしたの?」

そう尋ねたのは蓮だ。ハッと我に帰り「何でもない」と答えたが。

稜央、アイツまさか、梨沙の相手にしてないだろうな…?

気掛かりは遼太郎を大きく呑み込んでいった。




#12へつづく

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