見出し画像

小説_『海岸』

この記事は約3分で読めます。


僕はバスに向かって、手を振った。
厳密に言うとバスにでは無い。
たかぼうに手を振っていた。
バスは夕日に向かって、前に進んでいた。
ゆっくりと前進していくバスを見て、なにかブラキオサウルスとか、そういう大きな生き物のように見えた。
「また海岸で語ろうな」と僕は独り言を言った。

僕は、植木耕平(うえきこうへい)。
たかぼうは西谷孝弘(にしたにたかひろ)という名前だ。
2人とも中学生3年生。

たかぼうは高層マンションに住んでいた。
しかも最上階。
父親がアパレル関係の会社の社長をしているらしい。
家に何度も遊びに行ったが、玄関から部屋の中までとてもオシャレだった。
僕はオシャレは良くわからないけど、ごちゃごちゃしたものではなく、シンプルで直線的。
置いている家具は、洗練されていた。
たかぼうは身長が高く、趣味はピアノ。
夢は音楽家だった。
顔も整っていて、鼻が高く、明るい性格で、女の子にモテた。

僕はその逆だった。
父親は働いておらず、母親が働きながら、生計を立てていた。
なかなか定職につかない父さんと結婚した母さんは「失敗したよ」と嘆くことが多かった。
家は賃貸アパート。
今はベランダのところに、ハチの巣ができていて、アパートの管理会社に、撤去を依頼しているが、なかなか進んでいないようだ。
だからここ数か月はずっと洗濯物を部屋干していて、独特の匂いがした。
僕の身長はクラスで3番目に低かった。
鼻が低くて、身長も低い、ポテトチップスで言うと、うすしお味だ。
性格は暗いほうだと思う。

こんなふうに、たかぼうと僕を比べると、何故こんなに違うんだろうと思う。
身体のつくりは一緒なのに、見た目や考え方、育つ環境もまるで違う。
同級生でこれだけ違うのだから世界の人たちとの差はとんでもないものだろうと、中学生なりに考えていた。

たかぼうは唯一、中学1年生の時からクラスが一緒の男子だった。
入学式から隣の席になり、何故かいつも一緒にいた。

僕たちの町は海が近く、朝早くから漁師のおじさん達が家族のために、一生懸命汗を流してた。
僕たちはいつも学校が終わると、海岸に向かった。
夕方の海岸にはたくさんの漁船が止まっている。
夕日に照らされた漁船たちは、仕事を終えてリラックスしているように見えた。
いつものように、僕たちは昔から設置されている古い自販機でココアを買う。
コーヒーは2人とも苦手だった。(今は飲めるけど)
夏はアイスココア、冬はホットココアだ。
2人ともココアが好きだった。

「俺たちは、似てるな」
たかぼうの口癖だ。
「全然似てないよ」
これは僕の口癖だった。

海岸ではいつも将来の話をしていた。
何歳までに結婚したいとか、どんな仕事をするとか、今思うと中学生の会話では無い。
まじめな話ばかりだ。
たかぼうは音楽家になるためのプロセスを語る。
僕はバイクが好きだった。
バイクの後ろに綺麗なお姉さんを乗せて、町を走ることを夢見ていた。
ここは中学生っぽいのかもしれない。

僕たちはいつも夢と希望を持っていた。
それは今も現在進行形だ。
夢と希望を持っている。

ある日、たかぼうの両親は離婚した。
父親の浮気が原因だったらしい。
その話を夕方の海岸でたかぼうの口から聞いた。

たかぼうの母親の実家は、八百屋をしており、そこで働きながら生活することになったということだった。
中学生3年の夏休みに入る前に、たかぼうは引っ越すことになった。

母親は先に実家に戻っていた。
たかぼうは引っ越しの前に、僕の家で一泊だけ泊まった。
その日もやっぱり海岸で話をした。

たかぼうは真っ暗な海を真っすぐに見つめて言った。
「俺は音楽家になる。だから応援してくれ」
愛用していたピアノは売っていた。
「まずはピアノを買わないとな」と続けた。

「応援してるよ。コンサート開いたらバイクで見に行くさ。」と僕は言った。
「綺麗なお姉さん連れてな!」とたかぼうはニヤニヤして言った。

たかぼうとこの海岸で夢を語ることはもう無いのだろうか。
中学生の僕はそう思って少し寂しくなった。
たぶん、たかぼうも同じ気持ちだろう。

僕たちは生まれて10年ちょっとだ。
人生100年時代と言われている。
100歳まで生きるとしたら、人生の10分の1のところにいる。
これからも色んな人との出会いがあるだろう。
でも海岸で夢を語れる中学生は、たかぼうだけだった。

次の日の早朝、たかぼうを駅まで送った。
朝6時のバスで、母親の実家に向かう。

バスに乗るときに握手を交わした。
「またな」とたかぼうは言った。
「おう」と僕は言った。

僕たちの中学生最後の会話はこれだった。
たったこれだけの文字で今までのありがとうを伝えた。
そしてバスは、たかぼうを乗せて八百屋に向かって走り出した。
「また海岸で語ろうな」と僕は独り言を言った。

文章って読むのも書くのも面白い。 よかったらSNSなどでシェアお願いします。