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アニメ史上最凶の闇落ちキャラ、からの、宇宙史上最凶の闇落ちキャラ、からの、永遠に輝く朝の光、っていう話です。

禅には魔境があり、スターウォーズのジェダイにはダークサイドがあるわけだけど、自分、闇に落ちてるなあ、って感じることが、たまーに、ある。

三日前に「アニメ史上最凶の闇落ちキャラランキング」が発表された。

三位 エレン・イェーガー(進撃の巨人)
二位 夜神月(デスノート)
一位 カテジナ・ルース(機動戦士Vガンダム)

。。。だって。

みなさまは、闇落ち対策、ダイジョウブ?

今日の聖書の言葉。

御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。
コロサイの信徒への手紙 1:13 新共同訳

闇の力っていうのは、いったい、なんなんだろうね?

闇落ち。。。

自分の感覚で言うと、人生という道の上にぽっかり空いている真っ黒い穴みたいに感じる。

で、晴れた日差しのなかをルンルン気分で歩いていると、突然、落とし穴にストンって落とされるんだ。

まあ、ちゃんと足元を見て歩いていないから悪いんだけどさ。。。

でも、思うんだよね。だれだよ? こんなとこに落とし穴、掘ったヤツ? って。。。

聖書的に言うと、落とし穴を掘ったヤツは神ではなく、悪魔なんだよね。

ほんとうにご苦労なことに、悪魔は巧妙な落とし穴をいたるところに仕掛けている。。。

あっ、ここにも。。。ほら、ここにも。。。おっと、ここにも。。。

なんでそんなことするんだろう? って思うけど。。。

きっと、人間が落とし穴にはまって孤独感と絶望感で神を呪う言葉を叫ぶ、その叫びをお腹いっぱい食べたいんじゃないのかなあ、と想像する。。。

まあ、その叫びを悪魔自身も叫んでいるわけなんだけど。。。

聖書によれば、悪魔はもともと高位の天使だった。だけど、自分に与えられた才能があまりにも素晴らしかったものだから、慢心して「オレって神じゃね?」って思った、その瞬間、天使が悪魔になってしまったんだ。

ほんものの「神」がいるにもかかわらず、そうではない自分が神だって思うとしたら、それは自分を「神」から切り離すことを意味するわけで。。。

なので、悪魔になった天使は、自分を「神」から切り離し、その結果、永遠の孤独感と絶望感にさいなまれるようになった。。。

だって、ほんとうの満足も、ほんとうの望みも、「神」しかあたえることができないんだから。

じゃあ、悪魔が再生産できる商品は何か? って言うと、それは、孤独感と絶望感の増殖でしかないわけで。。。

だから、悪魔は今日も他人の人生のあちこちに落とし穴を掘ることにいそしんでいるんじゃないのかな、って思う。人間の孤独感と絶望感の叫びをゲットして、自分の無限の飢餓を満たすために。。。

アー、コワい。コワくなってきた。。。

だから、今日の聖書の言葉にこう書いてあって、ほんと、よかったヨ。。。

御父は、わたしたちを闇の力から救い出して
その愛する御子の支配下に移してくださいました

残念ながら、自分は人生の落とし穴に時々落っこちて、孤独感と絶望感にさいなまれて、神を呪う言葉を叫んでしまうことがある。。。

悪魔の思うつぼだよね。。。

だけど「神」は、落とし穴に手を突っ込んで、自分をひっぱりあげてくれるんだ。何度でも、何度でも、何度でも。

落とし穴から人間を救い出すために、「神」は神の手を闇のイチバン深いところまで突っ込んでくれた。それは、この宇宙で最も低い絶望の場所だ。

その最も低い絶望の場所に神の手が突っ込まれた瞬間を、聖書はこのように描いている。

三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
マタイによる福音書 27:46 新共同訳

イエスは人となった神であり、まっとうな神なんだけど。。。

その神が「神」から見捨てられ、孤独感と絶望感にさいなまれ、叫んでいる、っていう構図。

神が「神」から見捨てられる、っていう、これ以上の絶望も、これ以下の絶望も、この宇宙にはないよね。それは完全・究極・絶対の絶望だと思う。

なので、この絶望には、人類のあらゆる絶望を吸い込み、取り込み、結び付け、ひとつにしてしまうパワーがある、と自分は思っている。

それをそのようにした上で、イエスは三日目に復活した。

イエスが復活した瞬間、孤独感も絶望感も雲散霧消して、きらきら輝く永遠の朝の光だけがそこにあったんだ。

この永遠の朝の光は、もうね、どんな闇によっても陰らされることがない、完全・究極・絶対の光だよ。だって、神が「神」から見捨てられて絶望する、っていう絶対的な絶望を一回通った光だもん。

自分は、落とし穴に落っこちたときは、十字架につけられ復活したイエスに祈る。すると、イエスは自分を引き上げてくれる。何度でも、何度でも、何度でも。

「神」が神の手を落とし穴に突っ込んで引き上げてくれる、その神の手がイエスなんだ。

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