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『原稿が上がった』


俺は浮気をしている


妻にはバレていない

バレようがない


日中

妻はバリキャリなので

都会に出て働いている


いっぽう俺は

のらりくらりと

小説と呼べるか呼べないか

ギリギリの線の

駄文を綴っていて


そんな俺にも

色気を覚えてくれる

奇特な女性がいるもんだ


その女性と


なんなら複数名と

交わりを持っている


えぇとなぜバレないか


それは妻の帰りが

遅いこともあるのだが


何より貢献しているのは

俺のコミュニケーションの

その手段たるや

いまどき珍しい

ダイヤル式の

黒電話しかないってこと


俺の浮気相手はどれも

俺の読者

ある意味黒電話に通ずる

懐古主義的な俺の

作風に合致していて


昼は妻が家を

完全に留守にしていることを

充分に承知しているから

彼女らはどうどうと

拙宅の電話を鳴らす


リンリン


ママチャリで

近所の安いホテルに行く


あの子のときは

あっちの南国風


この子のときは

こっちのアメリカン風


そんな具合で

逢引を続けている


妻は俺のことを

ふがいない旦那だと

そう思っているに違いない


いっぽうそんな俺が

いとおしいにも違いない


妻の稼ぎは

俺に充分な余裕つまり

衣食住

そして不純異性交遊に

まったく不自由しない

そのレベルであって


モラトリアムな俺は

すっかりそれに

あぐらをかくどころか

下半身を疼かせて

発散させているという


原稿が上がった


先に述べたとおり

黒電話しか

通信手段を持たない俺は


数百枚に渡る原稿用紙を

コピーもとらずそのまま

ぶっきらぼうに封筒に押し込み

郵便局の窓口へ


フランス宛にこのサイズって

どのくらいかかりますかね

係員に問いかける


それなりの値がする

妻の稼ぎで送料を支払う

領収書を貰う


数週間して


原稿料が入る


数か月して


フランスの権威ある文学賞の

頂点に立つ


国際郵便の領収書は

フランスの出版社に

まだ送っていない


--


わたしは浮気をしている


だって旦那があまりにも

情けなくて


異性としての魅力を

あるときからまったく

感じなくなってしまったの


いつだったかな

たまたま仕事の帰り


バーでひとり

グラスを揺らしていたら


なんだか素敵な

フランス語で

語りかけられて


以来わたしは

仕事をやめて

まいにち彼との

逢瀬に浸って


あぁ大丈夫


稼ぎのほうは

なくなったけれど


フランスの文壇で

それなりの地位にいる彼から

それなりの

つまりわたしと

あのボンクラ作家もどきの

生活費は

頂いていて


ところで彼

こないだフランスに

帰国したんだけど


今度ある文学賞で

日本人の作家を

表彰するんだって


あぁうらやましい


うちのボンクラに

爪の垢を煎じて

飲ませてやりたい




















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