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radiotrick_kouga
『これじゃあ俺もまだ』
一時はプロ野球界を
この剛腕で支えたと自負する
そんな俺の肩は
もう限界を迎えていた
いや
とうに限界など越えていた
肩のみならず
肘
足腰など
およそ投球に必要な
俺の身体の部分はすべて
廃人同然
今年の夏は
いつになく厳しくて
ルーキーの年以来初めて
20年ぶりの
2軍生活
監督やコーチ
あるいはチームメイトには
相談できない
孤高の苦しみを抱えている
いっぽう
妻とは何度も話し合い
古き恩師の元も訪ねた
俺も今年で終わりか
マウンドを降りることを決めた
周りには
せめてシーズンがもう少し
落ち着いてから
打ち明けよう
そういった思いで
酷暑のなか
若者たちと汗を流す
ある蒸し暑い夜
同学年で昨秋引退した
元チームメイトから
突然の電話があった
「まだやるつもりか」
怪我と無縁だった彼は
目立った成績の落ち目を
迎えることもなくバットを置いた
「やめろなんて言うつもりはないよ」
元同僚はテレビ局の解説者として
いまはグラウンドで顔をあわせる
もっとも2軍には来ないのだが
「まぁ単なる暑中見舞いの電話だ」
とりとめもない話をして
電話は終わった
元チームメイトなりの
エールだったんだろう
そう受け取っておく
翌朝
スポーツ新聞を見て仰天した
昨夜電話をくれた彼が
現役に復帰すると
そしてその復帰先は
我が球団と最も強烈な
ライバル関係にあるチーム
こんなこともあるんだな
あまりの出来事に
そんな率直な感想しか
出てこなかった
狙い澄ましたように
その男からメッセージが届いた
「おまえのおかげで決心着いた」
これじゃあ俺もまだ
やめられないだろう
夏はまだ
終わらなくていいよ