『憎しみを集めて』
何をやらせてもダメで
それどころかプライドだけが高く
傷つくことを恐れるあまり
他人を攻撃することで
自我を保っている男がいた
お察しのとおり
周囲の人々は皆
男のことを煙たがっている
ところが男は自分自身を
人気者だと言い聞かせ
欲望の赴くままに
放蕩の限りを尽くして
なかには愛する家族が
男によって深く深く
傷つけられたということで
強い恨みを抱えている者もいた
男への憎悪の気持ちが昂りすぎて
人々は喜びの感情を忘れ
また働くこともできず
日がな憤るばかり
事態を由々しく思った
同じ街に住む科学者が
ひとつの発明をした
そして信頼できる助手に
それを託した
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「よぉ人気者!」
「なんだおまえは」
「私はX博士の助手だよ」
「あぁあの有名なX博士?何の用事だ」
「君は人気者だよな」
「言われるまでもない」
「井の中の蛙って言葉、知ってるか?」
「馬鹿にしてるのか?」
「いいや、そんなことはない」
「なんなんだ」
「ただもっと、広い世界が見たくないか?」
「どういうことだ?」
「せいぜいこの街で人気者をやっていても…」
「おまえそれ以上言うな!」
「たかが知れてるだろ?」
「…」
「そこで、だ」
「なんだ」
「このドリンクを飲んでみないか?」
「ドリンク?」
「そうこれを飲めば一躍、世界的スターだ」
「待てよ!ヤバいヤツじゃないのか?」
「一生この街で燻るつもりか?」
「いや…それは…ちょっと待て」
「よく考えろよ」
「よし飲もう!飲むぞ!いくらだ?」
「カネはいらないよ」
「だったら早く!早く飲ませろ!」
男は助手から
500mlのペットボトルを受け取ると
ラベルもろくに確認しないまま
一気に飲み干した
相当な炭酸の強さだったはずだが
男はそれをものともしなかった
「どうだ?全部飲んだか?」
「このとおり」
「味はどうだった?」
「まぁまぁだ」
「炭酸が強かっただろ」
「大丈夫だ、そんなことより」
「効果がいつでるのか、だろ?」
「そうだそれを聞きたい」
「じゃあまずそのペットボトルを…」
助手に指摘されて
男は自らが手に持った
カラのペットボトルに視線を向けた
街の中心地に居るのだが
くずかごが見当たらない
あぁ公園のベンチの脇にあった
おい待てよ
ラベルを剥がして
キャップを別にしなければ
このくずかごではダメだ
まるで分別ができていない
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街の人々の憎悪の空気を集めて
難しい化学式のとおりに
あれやこれやを加えて
特殊な装置で精製した
X博士のオリジナルドリンクは
飲んだ男の身体を善意で満たした
男はいま全国津々浦々の
海岸線をゴミ拾い行脚しており
近いうちに
AC(公共広告機構)のコマーシャルへの
出演も決まっているというから
みんなハッピーだね
♪A~C~