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嫌いになって欲しかった。

愛想の全くないプロントの店員さんにいれてもらった赤ワインを啜りながら天皇に思いを馳せる15時。

誰かの何気ない一言でこの世のすべてが嫌になる。どれだけ楽しみにしているイベントがあったとして、その前日に死ねる権利が得られるなら迷わず人生を終わらせる。ずっと、生きている意味がわからない。物心がついた頃からいままで、己の実存を疑い続けながら生きている。自分は他とは違うんだ!と言いたいわけではなく、もっとナチュラルにネガティヴな疑問を長く薄く、抱いている。自分は、間違って生まれてきたのではないか。何かの手違いがあって、それがたまたま見逃されて、生まれてしまったような気がする。わたしは、ここにいるべきではない人間なのだと思う。みんなが「気にしなくていいんだよー」と笑って流せるような事柄が気になって仕方がないし、悲惨な事件を起こした犯人の供述に対して、「怖いですね」よりも先に「わかるなー」という感想を抱く。わたしはずっとそういう人間だった。なんか少し──というかかなり、"ふつう"とは波長が合わないまま、毎日をどうにかやり過ごしている。見様見真似でやってみたお友達ごっこはほとんど失敗に終わった。わたしが日々感じているズレに共感してくれる仲間にやっと出会えたと思って両手を上げたら刃で刺されるし、慈しみ深く抱きしめたわたしの手に生えていた無数の棘は友達の表面の皮を剥いだ。この人しかいないと心の底から信じていた、最愛の彼の些細な動作に苛つくようになった。デートをしても、わたしが一方的にブチ切れてフォークで半熟卵の白身を叩く状況に至る。彼の、留まることをしらない優しさが痛い。懐の広い彼の隣にいると相対的に、でも絶対的に、狭い自分の心のキャパシティを思い知らされる。「嫌いになった?」と訊くと「こんなことで嫌いにならないよ」という形式的な答えが返ってくる。本当は、嫌いになって欲しかった。こんなわたしを愛せない、ふつうの人間であって欲しかった。わたしですら酷くわたしのことが嫌いになる夜があるのに、彼だけが何時もわたしを愛していられるなんてずるい。彼に対して何も言い返せなくなるのが怖い。

デートをしているとき、減量中のわたしに向かって「キーマカレーも美味しいから食べたら?」という彼の一言が今回のスイッチだった。半熟卵を潰し終えて手持ち無沙汰になったので、ビールのグラスを床に投げつけた。隣の席で話しているおばさん達の声が煩わしくて、我慢ができなかった。キンキンと高鳴るばばぁの声、人の悪口、後輩への文句、テキトーに拡げた噂話、そんなことで周りへの配慮も忘れて盛り上がれる単純さに嫌気が差した。羨ましかった。わたしも馬鹿に、鈍く、なりたかった。


それではまた。

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