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晩年に頭をよぎるだろうなと思うこと

こんにちは。

牧 菜々子です。

平穏な毎日を送っている私ですが、晩年に死を前にした時には頭をよぎるだろうなと思うことがあります。

それは、「無茶をしておけばよかった」と思うだろうなということです。

今は平穏が一番でも、最期に自分の人生はこれで良かったのだろうかと思った時、「もっと殻を破って挑戦すればよかった」「羽目を外せばよかった」「一度はやってみればよかった」という漠然とした後悔がよぎるであろうことが、ありありと感じられます。

そのことを思うと、平穏な毎日でもどこかで無茶をしておいたほうがいいのかなと思ってしまうのです。

でも、本当はわかっています。

最期に「もっと無茶をしておけばよかった」と思うとしたら、それは運に恵まれた人生だったからだということを。

現に無茶をしていたら、そこまで生きていられたかどうかもわかりません。

死を目の前にした時に、「もっと無茶をしておけばよかった」と思うだろうなと今感じているだけでも、「ちょっと挑戦してみようかな」とか、「このくらいは深く考えなくても人生全体から見たら大したことないかな」とか、深刻にならずに考えられる面もあります。

晩年に後悔することを思ったら、少なくとも「無茶」のボーダーラインはもっと緩めに取っておいたほうがいいのでしょう。

とはいえ大事なのは、晩年に多少後悔はしても、それに執着せずに気持ちを自分で馴らせるかどうか。

運に恵まれたことに感謝すれば、きっと幸せを感じられるのではないかと思います。