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時代の変動期には誰もがセンスを発揮している

こんにちは。

牧 菜々子です。

時代の変動期、真っ最中の今。

大小さまざまな、「初めてのこと」が起こっています。

そして、私たちは、意識的または無意識的に、それらについて判断しています。

その判断の源は、「センス」です。

時代の変動期には、誰もがセンスを発揮しているのです。

現状把握にセンスを発揮している

まず、現状把握です。

変化の波が来た時に、人は、現状把握をします。

現状把握には、材料がいる。

その材料を集めてくる範囲を決定するのが、センスです。

材料の範囲によって、現状の把握の仕方は変わります。

広げ過ぎると、確度が落ちる。

範囲が偏ると、現状把握もずれます。

もちろん、視野が狭いと、次元の違う話になってしまいます。

センスを発揮して、範囲を広げたり、別の話は区切ったりしている。

時代の変動期には、ひっきりなしにこの作業をしているわけです。

意思決定にセンスを発揮している

そして、意志決定にも、私たちはセンスを発揮しています。

ここでセンスを発揮できないと、時代の変化についていけなくなります。

常識や正しさだけで意思決定できるなら、センスはいりません。

何かをしないこと、やめること。

そんな消極方向の意思決定には、特にセンスが必要です。

どうしてかというと、「ない」ことを証明するのは不可能に近いからです。

明確な根拠なしに、消極方向の意思決定をするには、センスに頼らざるを得ないのです。

時代の変動期に、何かをしないことや、やめることを決めるというのは、センスの賜物ということになります。

センスの源泉

では、それらの判断には、どんな部分のセンスが駆り出されているのでしょうか。

料理が好きな人なら、段取りをマルチタスクで組むセンス、調味料を入れ過ぎないセンス、レシピ以外の余計な情報をそぎ落とすセンス、別の献立に応用するセンスなどがあります。

写真が好きな人なら、普遍的な美の心地よさを感じるセンス、他人と違うところに注目するセンス、言葉に惑わされないセンス、将来の自分に価値を残すセンスなどを無意識に発揮しているはずです。

歴史が好きな人なら、事実にストーリーを持たせるセンス、変わらないものと変わるものを見極めるセンス、1人の人物や1つの事象を表と裏から見るセンス、「解明されていない」という面を受け入れるセンスなどは、他の人にないものを持っているはずです。

どんな人でもセンスをフル稼働している

誰もが、時代の変動期に使えるセンスを持ち合わせています。

特に、何かをしないことや、やめること、「無い」ものに気づくことなど、消極方向の意識に関しては、どんな人でもセンスをフル稼働しているのです。

逆に言うと、何かを「する」ことや、「ある」ものばかり見ることなどに関しては、センスはあまり重要ではありません。

どんな情報を知らないままにしておくか。

むしろこういう情報が出てこないのはどういうことなのか。

今のような、時代の変動期の現状把握や意思決定には、そのようなセンスが欠かせないのです。