みっことさかみち団地④

「みっことフクロウ」

みっこのクラスメイトに、ヤタ という苗字の男の子がいる。

ガイコツみたいにガリガリで、目が大きくてとつぜんおどりだしたり、人を追いかけたりおどかしたりする。

みっこはヤタが苦手だった。
よくわからずにわるいことをして、先生におこられてはんせいする子とちがい、ヤタはニヤリとわらってまた同じことをやるからだ。

わかってて、いやなことをしてる。
みっこはなんとなく気づいてしまい、ヤタとはなるべく顔をあわせないようにしていた。

とてもざんねんなことに、ヤタはみっこの家の向かいに住んでいた。

みっこが部屋の窓からかおをだしたとき、ヤタがベランダでふしぎな声をだしているのを見てしまったことがある。

くちもとに紙でつくったメガホンを当てたヤタは「ホウ ホウ ホウ」とフクロウみたいにくりかえしていた。

キライな男の子が、目のとどくところで変なことをしている。
みっこはたまらなくいやぁなきもちになった。

ヤタなんてベランダからおっこちちゃえ!
そんなわるいことを頭にうかべたあと、「わたしってイヤな子だな」とみっこはひとりでおちこんだ。

春をむかえ学年があたらしくなり、ヤタともクラスが分かれたみっこは楽しく登校していた。

さくらの花が落ち、ベランダから見えるみんなのお庭がみどりいっぱいになる頃、家の電話がなった。

日曜日の朝、お父さんとお母さんは仕事に出たあとで、みっこはノロノロおきて大好きなアニメをみていた。

「はぁい、もしもし。」
お母さんから、電話に出ても名前はすぐに言わないよう教わっていたのでそうこたえた。

「もしもし、みっこだろ。あのな…」
電話はヤタからだった。

みっこはいっしゅんでカラダがいやぁなかんじになり、「いま、いそがしいから!」とあわてて電話を切ってしまった。

アニメのだいじなところを見れなかったし、おやすみの日にヤタの声を聞いてしまったし、みっこはいやぁなきもちのまま布団にもぐった。

きっと、前のクラスのれんらくもうを見たんだ。
みっこのつぎは、ヤタだった。

そんなことを思い出し、みっこはその日1日いやぁなきもちで夜をむかえた。

次の朝、学校へむかうとちゅう近所のおばあさんたちが「ヤタさんのところ、たいへんだったのかしらねぇ…」とヒソヒソ話す声がきこえた。

なにかな…と耳をピンとさせてみたけれど、よく聞こえず道ばたでナナちゃんに会ったとたん、みっこはわすれてしまった。

学校から帰るとお母さんが「みっこ、ヤタさんのところにコレとどけてね。」とみっこにおべんとう箱と水とうをわたしてきた。

「いやだよう、なんでよう。」
みっこはいやぁなきもちになって、だだをこねた。

「ヤタさんはね、お母さんが出て行っちゃったの。
お父さんだけだとたいへんだから、みっこもチカラになってあげて。」
お母さんは、じっとみつめてそう言った。

おべんとう箱と水とうは、青いくるまの絵がついていて男の子っぽいかんじだ。

「来週、かがいかつどうがあるからね」とお母さんが言った。

かがいかつどうは、おべんとうと水とうをもって学校ちかくの森で絵を描いたりする日だ。
新しい学年になって、はじめてやるかつどうだった。

「えぇー。いやだよう。あしたの朝がんばるよう。」
みっこはどうしてもヤタの家に行きたくなかったので、あしたにする と口にした。

あしたになれば、ヤタのお母さんがもどってくるかもしれないし、わすれたことにすれば行く日はあさってになるもん。

みっこは口には出さずにそう思った。

「まぁ、来週だからねぇ」
お母さんはため息をつき、だだをこねるみっこを見ながらつぶやいた。

次の日、みっこはげんかんでおべんとう箱と水とうを持たされ「かならず行くのよ」とお母さんににらまれた。

「やだなぁ。やだなぁ。」
おべんとう箱たちはランドセルに入らないので、かみぶくろにおさまっている。
学校までこのかみぶくろを持ちたくない。

みっこはいやいやしながら、ヤタの家へむかった。

じてんしゃおきばを抜けて、イチョウの木を通りすぎるとヤタの住む団地がある。

「あーあ、あーあー。」
みっこは低くつぶやきながら、団地の階段をのぼる。

げんかんまえで、ちいさく息をすいベルをならす。
「...」
なんどかベルを押すが、だれかが出てくるかんじがしない。

ためしにドアノブをひねると、ドアがあいてしまった。

「ごめんくださぁい、ヤタ…さん。いますか?」
返事はなく、部屋のおくから丸まったふとんやくつ下がみえた。
げんかんには、色々な大きさのくつがちらかっていた。

あわてておきて出かけたのかな?
部屋はかすかに食べ物やお日さまのにおいがした。

だれかがさっきまでいたのに、だれもいない。

みっこはこまってドアを閉めた。

おとなりに住むおばあさんが「そこんち、夜中に出てったよ」
とドアから顔を出しみっこに言った。

みっこはおどろいてそのまま学校へ行った。

ナナちゃんが「みっこちゃん、そのふくろなぁに?」とかみぶくろを指さしたが、「しらなぁい。」とうつむいて返事をした。

あとから、ヤタとお父さんやお姉さんたちは夜にげをしたみたいだ とお母さんから聞いた。

夜中に、にもつをおいてコッソリ出て行ってしまう。
なにかあったのだろうが、みっこにはわからなかった。

部屋の窓から顔を出しても、ホウホウ声を出す男の子はもういない。

ヤタが立っていたベランダには洗たくものが干しっぱなしで、植木ばちも残っていた。

ヤタと家族だけがいないそのけしきは、なんだかふしぎだった。

電話のようじはなんだったのかな。
日曜の朝早く、ヤタはどうしてみっこの家にかけたのだろうか。

ようじを聞いてあげればよかったかな。

つかいみちをなくしたおべんとう箱と水とうは、どこかさびしそうにみっこの家の台所で息をひそめているみたいだった。

ホウ ホウ ホウ

おべんとう箱に描かれた青いくるまを指でなぞりながら、みっこはちょっぴり鼻をすすった。

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