教育に焦点を―子どものなぜ?とカッコつけの大人たち
2024/3/7(木):教育に焦点を
今日も覗いて下さってありがとうございます。
昨日はどうも体調が優れず、パソコンに向かうことができませんでした。
今日は、意地でも元気に更新していきましょう!
はじめに
子どもとの生活を送る中で、きっと大多数の保護者が直面するであろう問題「子どもの質問攻め」…今日はこの問題について、倉橋惣三の教えから考えていきましょう。
大人にとっては、初めは微笑ましく、だんだん厄介になっていく「質問攻め」をする子どもの気持ちは子どもにとってどのようなものなのでしょうか?
子どもにとっての質問の意味と大人の対応
子どもの質問…倉橋の言う4歳児をしてきた保護者さんにとっては
「あるある~」
とエピソードトークをしたくなることなのではないでしょうか。
子どもの「なんで?」にやっと答えたと思ったら、子どもからその答えに対する「なんで?」が重ねられる…なかなか大人としては大変な部分もありますよね?
しかも、
「大人の方が物知りだ」
「子どもは物を知らないから、教えてやるべき存在だ」
「正しい答えを教えてやらなければいけない」
という思い込みが強い人ほど、考えたことのない子どもからの鋭い疑問にドキッとするみたい。子どものドンドン深掘られる質問に、自分を試されているような感じがして怒ってしまう保護者さんは少なくありません。
私が担任した保護者さんも、
「父親の自分をからかっている」
と本気で怒ってしまっているお父さんもいたりして驚かされたことがありました。
子どもの質問の何故?
以上の引用は、倉橋惣三の説明する子どもなりの質問の理由についてです。
どの理由も何となく想像でき、理解できるような気がするのではないでしょうか?
私達大人は、実は生活のなかで「わからないこと」に溢れているものだと思います。
だけど、その「分からない」に蓋をして、気付かない振りをしている「分かったつもりの顔をしている」ということばかりではないでしょうか?分かったつもりの仮面をかぶることが当たり前すぎて、自分でもいつのまにか「分からない」に気付くことすらできなくなっているといってもいいのではないでしょうか。
キラキラと世界を見つめ、「不思議!」「おもしろい!」「なんで?」に溢れいる子どもたちと比べて、私達大人はいかに世界を平らにどんよりと見ているものか…ちょっと切なくなります。
私の担任してきた子どもたちでも、
ガラスを走る雨粒を不思議そうに観察しては気付きを楽しそうに報告し合ったり…
アメンボが水に浮ける不思議について疑問をもってから自分たちで答えを導き出すことができたり…
子どもが疑問を持つことは大きな成長の可能性を孕んでいるものだと、私は実践現場で実感して来ました。
どうか、めんどくさがることなく子どものキラキラの世界に付き合って子どもと向き合える大人になりませんか?子どもの「おもしろ」に付き合うと、この世界の「当たり前」がとっても面白くて不思議でいっぱいに溢れているものなのだと気付けせてもらえるのではないかと思います。この大人の気付きは、子どもからもらえる素敵なきっかけでありギフトだと思います。
さいごに カッコつけるな!大人!
まとめとしてここで声を大にして言いたいのは
「大人!カッコつけなくていいから!」
ということ。
子どもからの疑問、分からなかったんでしょ?
なら、素直に「分からない」でいいんです。「一緒に考える」ことも子どもにとって大切なことになるから。
もし一緒に考える余裕もなかったら、「分かったら教えて」と子どもに託してもいいんです。「なんでも知ってる」と思っていたパパやママに自分が教えてあげられるなんて、子どもにとってこんなに嬉しいことはありません。
どうぞカッコつけることなく、子どもと一緒に楽しんで世界を見て、不思議がれる親子になってみてくださいね。
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