山本 瑤

やまもと・よう 作家。集英社オレンジ文庫、コバルト文庫に著書多数。 https://o…

山本 瑤

やまもと・よう 作家。集英社オレンジ文庫、コバルト文庫に著書多数。 https://orangebunko.shueisha.co.jp/authors/山本-瑤 ブログもやっています。こちらの記事と連動しています。 https://majumajuyama.com

最近の記事

『六番目のアンブローシア』 第一章①

1.封印の森と黒薔薇の契約  よくぞここまでたどり着けたものだと思う。  初めて足を踏み入れたこの森は、昼でも暗く、深く、病魔に体を蝕まれたアンにとっては、複雑に入り組んだ迷路にも等しい場所だった。  普段から、長く歩くと息切れがひどくなり、その後、熱と全身の痛み、咳に悩まされる。だから、アンが森に入ったのは、この日が初めてのことだった。もう十年以上も、すぐ近くに住んでいたというのに。  何度も気を失いそうになりながら、それでもようやくたどり着けたその場所には、ドーム

    • 北鎌倉と金継ぎあれこれ 

       金継ぎがなかなか人気のようです。  金継ぎとは、割れた器を漆と金粉等を使って修復する伝統的な技法のことです。  昨年春、金継ぎをテーマにした本『金をつなぐ』を出しました。舞台は北鎌倉。北鎌倉は、わたしにとって格別に思い入れがある地なのです。デビュー作である『花咲かす君』も、北鎌倉を舞台にしています。  金継ぎと北鎌倉。今回は、このふたつについてお話しさせていただきたいと思います。 北鎌倉について  北鎌倉は、横須賀線の鎌倉駅のひとつ手前の駅。鎌倉駅と違い、駅舎はとても

      • 権藤頼子はやさしい手をしている 第十二話 転生を繰り返す猫の、情念の物語

        第十二話 サバオはどこへ 「ええー、そんなことがあったんですか」  一週間後、佐倉城址公園で、偶然ばったり鳴宮律に会った。頼子は清掃の仕事が休みなので、弁当を作り、散歩に来ていた。  律は仕事の合間に、サバオを捜しに来たらしい。  一週間前の話をすると、驚いた様子で目を丸くした。 「そうですかあ。サバオ、やっぱり死んだんですねぇ」 「そうみたいです」 「死体がどこにもないから。だから僕、てっきり、散歩に出かけた先で迷子になったか、もの好きに飼われたかな、なんて考えてい

        • 権藤頼子はやさしい手をしている 第十一話 転生を繰り返す猫の、情念の物語

          第十一話 佐倉、さくら、サバオ  人間になりたいなんて。そんな猫がいるのかと、頼子は本当に驚いた。 「じゃあ本当に、人間になりたくてここに来たと?」 「そうだ。しかし、味噌を出してくれたばあさんは、そればかりは転生してみないと分からない、と言った。俺は賭けてみたのだ。でもやっぱり猫、それもその時は冴えないブチ猫でよ。しかも、今度は飼い主はいなかった」 「醤油屋の孫は?」 「死んでいた。ちょうど戦争があったからな」  そうか。千葉のこのあたりは、空襲はそれほどひどくな

        『六番目のアンブローシア』 第一章①

          権藤頼子はやさしい手をしている 第十話  転生を繰り返す猫の、情念の物語

          第十話 思いがけない依頼  その夜のことである。  満月もまだ先である。頼子は風呂からあがり、囲炉裏のそばに寝転がって、スマホゲームをしていた。髪を乾かすのも面倒だ。このまま寝ようかどうしようか迷っていると。 「たのもう」  野太い声が、玄関土間の裏口から響いた。  心底驚いて、パジャマ姿のまま、草履をつっかける。 「……どちら様ですか」  ここに越してきて一年。広大な敷地に性別一応女の自分はひとりぐらし。今まで、不審者が現れたことはない。はたから見れば怪しげな猫の化

          権藤頼子はやさしい手をしている 第十話  転生を繰り返す猫の、情念の物語

          権藤頼子はやさしい手をしている 第九話 転生を繰り返す猫の、情念の物語

          第九話 佐倉のサバオ  佐倉城址公園は、その名の通り、土井利勝が築いた佐倉城の跡地に整備された、広大な公園である。  春は桜、秋は銀杏並木が見事で、市民の憩いの場所となっている。  そこに、一匹の猫が棲み着いている。  推定年齢は二十歳。でっぷりと肥ったサバトラのオスで、おそらく体重は十キロを余裕で超す。顔は大きくまん丸で、手足は短く、尻尾はくるんと曲がったかぎしっぽ。去勢済みの証である、さくら耳をしている。  目つきは鋭く、はっきり言って美猫の類ではなく、そのふてぶてし

          権藤頼子はやさしい手をしている 第九話 転生を繰り返す猫の、情念の物語

          権藤頼子はやさしい手をしている 第八話 さよならバイバイ、また会おうね。

          第八話 小川のしま子が還る場所 小川佳代の話――  もう十五、六年も昔の話だね。秋の終わりで、大きな台風が近づいてきている晩のことだった。その少し前に、上の娘に続いて下の娘も結婚して、嫁いでね。あたしは、独り暮らしだった。  早めに雨戸を全部閉めて、雨戸がない二階の窓には養生テーブを貼って、台風に備えたんだ。夜になって、いよいよ風や雨がひどくなって、こんな日は早く寝ちまおうと思っていた。  その時に、聞こえたんだ。猫の声がね。いや、正直、最初は猫だと分からなかった。人間の

          権藤頼子はやさしい手をしている 第八話 さよならバイバイ、また会おうね。

          権藤頼子はやさしい手をしている 第七話 猫に九世有り。ただひとつでも、かけがえのない存在

          第七話 小川佳代の事情  朝起きると、しま子の姿は消えていた。  古民家は無駄に部屋数があって、頼子が寝起きしているのは、南側の奥の一番小さな部屋だ。雨戸を開けながら囲炉裏の部屋まで行ってみると、ストーブは消され、毛布もきちんと畳んで置いてあった。  彼らがここにやってくるのは、満月の三日前の夜半。それから三日の間に、もと飼い主の調査をする。当然、清掃のアルバイトがない日に行う必要がある。  毎月、その付近の数日間はアルバイトを入れないようにしている。調査に赴くには、なに

          権藤頼子はやさしい手をしている 第七話 猫に九世有り。ただひとつでも、かけがえのない存在

          権藤頼子はやさしい手をしている 第六話 猫に九世有り。ただひとつでも、かけがえのない存在

          第六話 猫の恩返しとは ―――小川のしま子の話  あたしが毛皮を着替えたい理由は、おかーさんとの約束を守らなければならないからよ。  あたしはもともと、血統書付きの猫だったんだけど、二歳くらいの時、太りすぎて、目つきも可愛くないって言われて、最初の飼い主に捨てられたのね。  冬の、とても寒い夜のことだった。車に乗せられて、しばらく走って、突然、窓からぽーん、と外に放り投げられたの。  道路脇の草むらに体が打ち付けられて、たぶんあたし、気を失ったんだと思う。起きたら後ろ脚が変

          権藤頼子はやさしい手をしている 第六話 猫に九世有り。ただひとつでも、かけがえのない存在

          権藤頼子はやさしい手をしている 第五話  猫に九世有り。ただひとつでも、かけがえのない存在

          第五話 小川のしま子の事情  猫は生まれ変わる度に、毛皮を着替えるという。 茶トラがハチワレになったり、サビ猫になったり、あるいは三毛猫になったり。 権堂頼子は千葉県佐倉市で、そんな猫たちの「着替えどころ」を営んでいる。  営んでいるとはいえ、雇われである。  実はこの「着替えどころ」となっている古民家は、佐倉市の所有だ。そして頼子は、半年前から、市の属託職員ということで、給料を得ている。  頼子自身は、佐倉市の出身ではない。  生まれは東京北区。2DKのアパートで両親と

          権藤頼子はやさしい手をしている 第五話  猫に九世有り。ただひとつでも、かけがえのない存在

          権藤頼子はやさしい手をしている 第四話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          第四話 小次郎の着替え  月がのぼった。見事な満月、中秋の名月だ。  しかし用意するのは月見団子ではない。オーブンが焼き上がりを知らせ、トレーを中から引き出す。しばらくして、湿った足音が聞こえてきたと思ったら。裏庭に通じる戸の向こうから声がした。 「ごめんください」 「どちら様ですか?」 「田中小次郎です」 「どうぞ」  からりと戸が開いて、影が忍び込み、眼の前に小次郎が立った。三日前と同じ装いだ。金魚柄のシャツ。頼子は気づいていた。有紗の部屋に同じ柄のクッションがあ

          権藤頼子はやさしい手をしている 第四話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          権藤頼子はやさしい手をしている 第三話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          第三話 田中有紗の事情 頼子が現在住んでいるのは、千葉県佐倉市である。  佐倉の歴史は古い。鎌倉時代から戦国、安土桃山時代と、房総を代表する武家である千葉氏が支配し、江戸時代には土井利勝が佐倉城を築いた。以降は江戸の東の要衝として、有力な譜代大名が領主となり、城下町が整備された。江戸時代後半には、蘭学を奨励し順天堂を開いたことで有名な堀田正睦が城主となった。  頼子が暮らす古民家は、市内でも城下町の趣を色濃く残す海隣寺町にある。近隣には国や県の指定文化財となっている三棟の

          権藤頼子はやさしい手をしている 第三話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          権藤頼子はやさしい手をしている 第二話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          第二話 田中の小次郎の事情―――田中の小次郎の話  僕がもう一度会わねばと思っているのは、田中有紗、現在十四歳の女の子です。  とても可愛い子でねえ、漫画と歴史と甘いお菓子が好きで、ちょっと運動は苦手みたいだけど、手芸が得意で、とにかく誰に対しても優しい子なんです。  でも、ちょっと優しすぎたのかもしれないな。有紗はみんなに優しいのに、有紗に優しくしてくれる人があんまりいないのです。  そりゃあ、お父さんお母さんは優しいよ。ああでも、どっちも有紗に、少し要求が多すぎるか

          権藤頼子はやさしい手をしている 第二話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          権藤頼子はやさしい手をしている 第一話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語 

          あらすじ  権藤頼子は佐倉市の古民家でひとりぐらし。満月の晩が近づくと、死んだ猫が人の姿でやってくる。彼らの目的は、「毛皮を着替え、人間に恩返しをすること」。猫は九世を生きる獣。死してなお、情念に似た強い愛に突き動かされ、新たな生を得たいという。頼子は彼らのためにパンを焼き、蘇りに力を貸す。飼い主側の調査も行うが、状況は人それぞれである。愛猫の死を哀しみながらも前を向く者。忘れられず苦しむ者。忘れられないが、蘇りを望まない者。猫の想い、人間の想い、どちらも尊い。頼子は自分もか

          権藤頼子はやさしい手をしている 第一話 猫を愛し、別れに苦しむすべての人への物語