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飾りじゃないのよ、コンセプトは。(後編)

  *「飾りじゃないのよ、コンセプトは(前編)」はコチラ           →https://note.com/maikoko/n/nd804e399d1ac

「伝える」コンセプトより 「伝わる」コンセプト

コンセプトワードに限らず、コミュニケーション全般に通じる話ですが、送り手の目線で「伝えているだけ」のコトバはただのエゴで、人には伝わりません。逆に、受け手の目線で「伝わるように変換している」コトバは、人を動かします。分かりやすい例としてひとつあげたいのが、「所得倍増計画」という高度経済成長期の政策。普通は送り手(政府) の目線で「GDP 倍増計画」とかいう政策名になりそうですが、これが優れているのは、受け手(国民)の目線で「所得倍増」と表現している ところ。「GDP」なんて言われても他人ごとに聞こえますが、「所得」と言われたらいきなり自分ごとになります。 これにより、「日本の未来のために 国力を上げます」というストーリー ではなく、「あなたの所得を倍増しますので、一緒に明るい日本の未来をつ くりましょう」という国民に嬉しいストーリーに変換されており、政府のビジョンも魅力的に伝わります。このように、受け手が「共感」もしくは「自分ごと化」できるコトバとストーリーの開発は、人が“動く”“機能する”コンセプトワードをつくる基本の視点です。

コンセプトは、アイデアを縛る「ルール」なんかじゃない。 コンセプトは、メンバーのクリエイティビティを解放する!

当社では広告から都市開発に至る多領域でブランディングを手がけていますが、コンセプトがプロジェクトを円滑にした最近の事例として、京阪グループが京都に開業した複合施設「GOOD NATURE STATION」があります。マーケットからホテルまで複数のコンテンツがあり、建築を始め様々なプロフェッショナルが関わっていたため、そのみんなが同じビジョンと指針を持てるかどうかが、プロジェクトを円滑に進める鍵でした。

しかし当初は「ビオスタイルの施設」というおおまかなテーマしかなく、具体的な共通認識がなかったため、関係者はどんなビオをつくればよいか戸惑っていました。つまりは、みんなで達成したいビジョンもコンセプトも不在だった状態です。そこで、関係スタッフにインタビューを重ねた上で導いたビジョンが、「ストイックなビオ」から「快楽的なビオへ」というもの。真面目で堅苦しい印象のあるオーガニックやビオの世界を、もっと明るく楽しいものにして、世間に前向きに取り入れてもらうムーブメントを起こそう!という思想です。そのビジョンを叶えるためのコンセプトは、地球にも人にもいいことを楽しむ『GOOD NATURE』という新しいナチュラルスタイル」。認証基準に縛られたビオではなく、もっと楽しみながら、気軽に取り入れる新時代のナチュラルスタイルを『GOOD NATURE』と名付け、合言葉にすることで、「楽しめるビオ」をみんなで作っていこう!という羅針盤をつくりました。この指針ができたことで、メンバーに目指すべき方向が共有され、各コンテンツに「GOOD NATURE=地球と人に”楽しい”ナチュラルスタイル」を軸としたメッセージ性や提案性が増していきました

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この時、大切にしていたディレクションが、開発メンバーそれぞれが「GOOD NATURE」を自分で考え、自分の個性や専門を生かしたアイデアを形にしてほしいということです。コンセプトは方向を示す羅針盤であるけれど、人とアイデアを縛るルールではありません。大きな目的が変わらなければ、行き方、やり方は、その人やチームそれぞれでいい。コンセプトという共通のディレクションがあるからこそ、「じゃあ自分だったらこうやってみよう」という、それぞれの専門やクリエイティブの力が生かしやすくなるのだと思います。 人って意外と、「なんでも自由に考えてください」という自由のもとでは、アイデアが出しにくいものなのです。大きなビジョンとコンセプトがあることで、前向きな議論を生み、人のクリエイティビティを開く力もある。言葉で表現するコンセプトを、「アイデアを狭めるルールだ」と思っている人も実は多いと感じていますが、いやいや、その逆ですよと。言葉という羅針盤こそ、チームのクリエイティビティを増幅できるものだと、私は信じています。

コンセプトに必要なのは 社会をより良くしようとする愛情

最後にお伝えしたいのが、コンセプトは小手先のテクニックではつくれない、ということです。前編でも触れましたが、「より良い世界をつくるにはどうすればいいか」という視点がなければ、この時代に共感されて人を動かせるコンセプトは生み出せないと思います。
当社でブランディングのお手伝いをしている、金沢のアート集団「secca」 の「Plakia」「ARAS」というプラスチックプロダクトがあります。彼らは「プラスチックの存在意義を変え、社会に良いプラスチックを生み出す」というビジョンのもと、「半永久に使える美しいプラスチック製品」というコンセプトで開発をしています。丈夫で機能的というプラスチックの特性に、美しいデザインをかけ合わせることで、「使い捨てではない永く使われるプラスチック」という新価値を生み出しているわけです。「プラスチックは社会の悪」という従来の観念を逆転し、「持続可能で社会にも良いプラスチック」というストーリーに変換しているところが革新的で、とても素敵な視点だと思います。
自分の仕事は開発案件や起業ではないから......という人もいるかもし れませんが、自社の商品販促であっても、クライアントから依頼された 広告案件であっても、いま必要な視点は同じだと思います。もはや、人や社会にとって嬉しいストーリーがないモノゴトは、広まりにくく、売れにくい。決して綺麗事ではなく、社会に良いモノゴトこそが、売れ、広まり、経済活動の中心になっていくのだと思います。
本当に機能するコンセプトを生み出す原動力は、現状への疑問や、時には怒りであり、つまりは人や社会への愛の視点です。どんな案件であっても、そのような課題解決や提案の精神を持ってみると、いま抱えている自分の仕事のコンセプトクリエーションが、少しアップグレードされるのではないでしょうか。


※『宣伝会議』2020年5月号への寄稿文を了承を得た上でアレンジして転用しています。

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