承認欲求 #1/10
リークの場合
「あんな嘘は、二度とつかないで」
柏木遼圭にとって、小学校三年生のときに母親から言われたその言葉と顔は、忘れられないものとなった。
授業参観で、家族を紹介する作文を読んだ。
その内容は、遼圭の家族は毎年海外旅行に行っていて、いかに冒険的かということを詳細に描写するものだった。
有名なランドマークやエキゾチックな場所を訪れ、それぞれの国で現地の人々と交流し、多くの新しい体験をすると紹介した。
しかし、現実はまったく異なり、家族は海外旅行どころか、国内旅行さえろくに行ったことがなかった。
その遼圭の作文は、聞いた者を現地に誘うかのような不思議な魅力を秘めていた。もちろん、遼圭もその地に行ったことなどなかった。
担任の先生は、遼圭の作文を大いに褒め称えたが、母親は顔から火が出る思いだったという。
作文で紹介されたものは、現実の遼圭の家族とはかけ離れていた。遼圭は、作文に自身の願望を込めて理想の家族像を書いたが、その想いは母親には届かなかった。
想像で体験談を書いたら虚構になる。ならば、それは物語にすればいい。聞いた者、読んだ者を虜にする遼圭の描写力は本物だった。少なくとも、この頃まではそうだった。
提出期限が迫る進路希望調査票を前にして、遼圭は頭を抱えていた。高校生活最後の夏休み前に、調査票を記入して提出しなければならない。
「遼圭、昨日のnoteの投稿みたよ」
思案に暮れる遼圭に、クラスメイトの聡太が声をかけた。
「おお、情報早いな。スキしてくれたか?」
「あー、うん。もちろん。あの物語って……」
「あっ、遼圭、それもう書いた?」
二人の会話に、同じくクラスメイトの女子の花凛が割って入った。
「うーん、うん。今、書くとこだって」
「早いよね。もう、進路決めないといけないなんて」花凛は、自分の髪の毛を指先で弄びながら言った。
「もう、遅いくらいだけどね」聡太が言った。
「ところで、二人とも」花凛が、遼圭の机に両手をついて訴えた。「この私を見て、何も思わないわけ?」
「あん?」遼圭は首を捻って、それから頷いた。「もちろん。今日も……、かわいいな」
「いやーん、それほどでもって、そうじゃなくて、これ」花凛は、自身の髪の毛を指して「髪色。染めたの。私たち、いつからの付き合いだと思ってるわけ?」と言った。
「うーん? 言われてみれば。てか、花凛さんよ、俺たちもう三年生なんですけどね。なあ、聡太」
「そうだね……。先生に怒られるよ」
「う……、うっさい。私、進学じゃないし。関係ないもん」
「花凛、進学しないの?」遼圭がきいた。
「うん。今のバイト続けて、社員さんなっちゃおうかなーって」
「そうか。そんなのもあるか」
「で、遼圭は?」
「ああ、うん。もう、決めたよ。あ、そうそう。花凛、昨日のnoteみてくれた?」
「note? うんうん、新着きてたね。読むよ。読む読む」
「スキしてくれよな」
「最後まで読んでからね。だって、長いんだもん」
「長いって、花凛さんよ、面白ければ、あっという間に読んじゃうって」
「うん、だから読むって」
進路は進学だけじゃない。花凛の言葉で、遼圭は思い出した。自分のなりたいものや、やりたいことはなんだったか。ああ、保護者記入欄があるな。それだけが心配だ。
帰宅後、遼圭は自室にこもってメカニカルキーボードをひたすら叩いていた。
「『#ファンタジー』と、あと『#恋愛』もつけとくか。恋愛要素ないけど。これで、タグは問題ないな。よし、公開っと」
noteの「投稿する」ボタンをクリックし、記事を投稿した。遼圭の記事とは小説で、フィクションの創作物を物語として投稿している。
ペンネームは、自分の名前に由来するリーク。
遼圭は、作文が褒められてから、自分の作る文章に自信を持つようになった。
本が好きだった。フィクションの物語が好きで、漫画よりも小説を好んで読んだ。そのうち、自分も小説家になりたい、と思うようになった。
いくつも作品を仕上げていくつも賞に応募した。しかし、そのどれもが一次選考すら通らなかった。
選考員の好みに合わなかっただけ、目に留まらなかっただけ、と黙々と作品を作り続けた。二十ほど作品を完成させると、それは積もり積もって澱のようになる。感情の水面が揺れると、それはボロボロに崩れ、水を濁らせた。
作品を作る時間に対して、落選の報せは一瞬だ。いや、実際には報告すらない。そこにリークという名前がないこと自体が、落選を意味している。
「あなたは落選しました」と言われた方がまだマシだと思う。はじめから自分の作品が読まれてすらいないような気がしてくるからだ。
なんのために創作を続けているのか、と考えるようになった。もとを辿れば、授業参観の作文が始まりだった。そこには聞き手がいてリアクションがあった。母親のそれは、遼圭の想定したものではなかったが、認識されることにある種の悦びを感じていた。
そして、行き着いた先がnoteだった。この場所は、あのときの授業参観の教室と一緒だ。自分の作品が読まれていることが、数字で分かる。自分が作品を作る目的は、賞を受賞することではなく、読んでもらうことだった。賞を受賞することだけが、小説家になる道ではないはずだ。
次第に増えていくアクセスページのビュー数。
はじめは、読まれるだけで満足だった。
そのうち、スキをもらうようになった。スキとは、noteで気に入った記事に読者がとれるアクションのひとつだ。
やがて、アクセスページが更新される度にスクリーンショットをとるようになった。前回との比較をするようになる。
もっと、もっと。スキがほしい。あ、フォロワー数が減った。
こっちの作品の方が自信があるのにな。タイトルに工夫が足りないか。
もっと刺激的に、もっと過激に。
もっと、もっと。
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