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承認欲求 #6/10

「一緒に作品を作ろう」
 そう、聡太そうたから提案され、遼圭りょうけいは面食らった。
 花凛かりんが取り持ち、ラインの通話でお互いの意見を交換することになった。
「え、どうして」
 遼圭は自分の行為を正当化していたが、聡太と話すことには乗り気ではなかった。それは、多少なりとも後ろめたさを感じていたからだ。
 それなのに、非難するどころか、協力を求めてくるなんて。
「遼圭は人を惹きつける物語を作る才能があるよ。僕は、ずっと思ってたんだ。覚えてる? 小学生のとき、授業参観で読んだあの作文。遼圭のあれは、作文というよりも物語だった」
「母さんに怒られたよ。嘘をつくなって。先生には褒められたけどな」
「遼圭に憧れていたんだ。僕も、遼圭みたいに物語を作りたいって思った。創作っていいよね。読書はもっといいよ。僕は、もっと遼圭の作る物語を読みたい」
「分かってるのかよ。俺は、聡太の作品を……」
 言葉にすることもはばかられる。それほど愚劣な行為だ。
「うん。でも、僕は、遼圭が何に苦しんでいるのか、分かってたよ。僕なら、遼圭が求めているものを提示することができる。遼圭は、それをつむげばいいんだ」
「でも、フォロワーやクラスの皆は、納得しないだろ」
「大丈夫だよ。共同で声明を出そう。二人で同じテーマの作品を作っていたことにしようよ。これからは、二人の別アカウントを作って、そこで作品を発表するんだ」聡太の声には迷いがなかった。それは暗雲を切り開く光の筋のようだ。
「そうなると、せっかくついたスキや、フォロワーは……」そこまで言って、遼圭は自分の滑稽こっけいさに気がつく。笑いが込み上げてくる。どこまで、数字に欲望を支配されているのか、と。
「大丈夫! すぐにたくさんのフォロワーがつくよ。二人で協力するんだから」
 聡太の力強い言葉に励まされた。あの慎ましく、おとなしかった聡太が。こんな日が来るなんて思いもしなかった。誰とでも仲良くなれる遼圭と違い、聡太は幼馴染の遼圭と花凛以外に友達を作らなかった。パソコン部も、黙々と活動するのがしょうに合っているということで続いていたのだ。
「聡太、変わったな。もしかして、彼女できた?」
「実は、そうなんだ。よく分かったね」
「幸せオーラを感じるよ。会ったことある人だよな? 今度、ちゃんと紹介しろよ」
「うん。改めてっていうのも変だけど、紹介するよ。そうだ、明日は学校行くよね? 僕もずっと休んでいたから、久しぶりの登校だよ」
「ああ。行きづらいけどな。どんな顔して行けばいいか……」
「顔? そっか、そんなの気にする必要ないと思うけど」
「そうだな。……聡太、ごめんな」
「え、何が?」
「いや」
 聡太は本当に、この件に関していきどおりなどは感じていないようだった。それは、声からも分かる。
 花凛にも謝らなければいけない。心配をかけてしまった。もっと、二人の時間をつくるようにしよう、と遼圭は思った。
「そうそう、遼圭のペンネームの『リーク』だけどさ、あれって……」聡太は、思い出したかのように言った。笑いをこらえている。
「ああ、『お漏らし』な」
 盛大に吹き出した。
 こうして、遼圭と聡太、リークとソータの共同執筆『月の亡骸が浮かぶ場所』が作られることになった。

 聡太とラインで通話した次の日、遼圭は久しぶりの登校に緊張を隠せなかった。
 頭髪を短く刈っていた。それは、多少の反省の意が込められていたのかもしれないが、心機一転のつもりでそうした。
 梅雨明けの夏空は、青く澄み渡っていた。今年も暑くなるだろう。
 電車を降り、駅から学校へ向かう途中に聡太の後ろ姿を発見した。
 遼圭は駆け寄り、聡太の肩に手をかけた。
 聡太が振り向く。
 遼圭は照れ臭さもあり、少し間を開けて「おはよう」と言った。
 聡太も戸惑っているようだ。
 しかし、その表情が物語るのは、明らかに戸惑いの範疇はんちゅうを超える感情だった。
「ああ、おはよう。……えーと、そうだよね。ごめん。クラスメイトの……」
 幼馴染の聡太は、まるで全くの初対面の相手を見るかのような表情を遼圭に向けていた。

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