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承認欲求 #7/10

ソータの場合

「二度とあんな嘘をつくなってさ」
 遼圭りょうけいは、納得できないとばかりに言った。
 そのとき、君はどんな顔、どんな表情をしていただろうか。聡太そうたは懸命に思い出そうとしてみたが、それはかなわなかった。
 小学校三年生のときの授業参観で、家族を紹介する作文を読んだ。端から順番に指名され、作文を読み上げていく。どれも退屈で、つまらないものばかりだった。
 そもそも、聡太はクラスメイトの顔を認識することができない。誰だか分からない人物の、さらに誰だか分からない家族を紹介されたところで、楽しめるはずもなかった。
 そんななか、遼圭の作文は異彩を放っていた。遼圭の家族は毎年海外旅行に行っていて、いかに冒険的かということを詳細に描写するものだった。すぐに、それは虚構だと分かったが、そんなことはどうでもよかった。聡太は、遼圭がつむぐ物語のとりこになっていた。

 高校三年生の夏、聡太たちは岐路に立たされていた。自分たちの進路について真剣に考えなければいけない。
 進路希望調査票を前にして、遼圭は頭を抱えているようだった。進路で迷う必要なんてない。聡太は、遼圭にそう言いたかった。
「遼圭、昨日のnoteの投稿みたよ」思案に暮れる遼圭に声をかけた。
「おお、情報早いな。スキしてくれたか?」
 もちろん。しかし、あれはいただけない。最近の遼圭の物語は、『シンゲキ』に影響を受けすぎている。それを、聡太は柔和にゅうわな表現で伝えられまいかと考えた。そう考えた理由は、非常にデリケートな問題だからだ。創作をする者にとって〝パクリ〟を疑われるほど辛いことはないだろう。
「あー、うん。もちろん。あの物語って……」
「あっ、遼圭、それもう書いた?」
 二人の会話に、クラスメイトの女子が急に割って入った。
「うーん、うん。今、書くとこだって」遼圭がこたえる。
「早いよね。もう、進路決めないといけないなんて」その女子は、自分の髪の毛を指先でもてあそびながら言った。
「もう、遅いくらいだけどね」聡太は適当に話を合わせた。
 やたらと親しそうに話しかけてくるこの女子は誰だろうと聡太は考えたが、どうやら小学生の頃からよく一緒のクラスになる花凛かりんという名の生徒のようだった。髪色を染めたようで、聡太の中で、名前と外見が一致しなかった。花凛は、進路を進学以外で考えているようだ。
「で、遼圭は?」花凛が、遼圭の進路についてきいた。
「ああ、うん。もう、決めたよ」
 遼圭は、花凛の進路に触発されたようだ。
 そのまま、noteへの投稿を続けていればいい。いつかは、それが実を結ぶはずだよ。そう、聡太は言いたかった。しかし、最近の遼圭の創作は危うい方向に向かっている。
 聡太は、遼圭を導きたかった。そんな影響力が自分にないことは分かっている。なんとかして、遼圭に認められる必要がある。
 自分の価値を遼圭に示さなくては。

 放課後、遼圭と花凛と一緒に、聡太は電車に揺られていた。
 遼圭は、聡太の進路についてきいた。
「実は、進学以外も考えてて」聡太がこたえる。
「なんだよ、聡太もかよ」
 やはり、遼圭も進学以外を視野に入れているようだ。遼圭を導かなくては。
 聡太は遼圭の頭部をじっと見て、「昨日のnoteだけどさ」と言った。「あれってさ、『シンゲキ』の……」
「シンゲキのなんだよ。設定が似てるっていうのかよ――」
 聡太の言葉に対して、遼圭は早口でまくしたてる。遼圭をイラつかせてしまった。失敗だ。『シンゲキ』は、禁句なのだ。しかし、それは問題の核心であることを意味している。
 なにか別の、シンゲキ以外のなにかで、遼圭のインスピレーションを刺激できないだろうか。それは、きっと並のものではダメだ。
 自分たちに共通するなにか、とりわけ遼圭にとって特別であるもの……、遼圭自身のことについてnoteに書いてみるのはどうだろうか。そうすれば、遼圭の心に響く〝なにか〟になるだろうか。
 遼圭について考えてみる。小さい頃からの付き合いで、遼圭のことはよく知っているつもりだ。思い出してみるんだ。その、顔のない男の子のことを。

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