見出し画像

承認欲求 #8/10

 ――顔のない男の子は、どこに行くことも自由だ。世界を作ることができるのだから、行けないところなどない道理だ。
 真実を映す鏡の市場で、顔のない男の子は、醜い顔の女の子と出会う。女の子には病気のボーイフレンドがいる。ボーイフレンドは目が見えない。
 女の子は、顔のない男の子に、ボーイフレンドの目を治してほしいと願う。その世界の創造主である顔のない男の子には、それができる。
 もし目が治れば、ボーイフレンドは女の子の顔の醜さに驚き、彼女のもとを去るだろうか――

 学校からの帰り、電車で帰る途中に、聡太そうたは女の子から封筒をもらった。クローバーのシールの封を外して、中の手紙を読んだ。それは、いわゆるラブレターだった。
 どんな人物だったろうか。聡太と同じ学校の制服を着ていた。花凛かりんは、その女の子の顔に見覚えがあるようだった。
 どうして、自分以外の誰もが、人の顔を認識できるのだろうか。例えば遼圭りょうけいは、聡太の顔をかわいいと形容した。その凹凸の程度や配置で違いを見極め、美醜を判断しているということだ。

 ラブレターをもらった次の日、聡太は学校を休んだ。いろいろと考えることがあり、具合が悪かった。しかるべき病院を探し、受診した。
 聡太には、相貌そうぼう失認(失顔症)という人の顔を認識、区別することができない症状があるらしい。顔の認識ができない、または困難な状態であるため、顔以外の特徴で人を区別している。髪型が急に変わったりすると、名前と外見が一致しなくなるのは、それが理由のようだ。
 失顔症の人は、その症状を補うために工夫をして人を見分けている。しかし、聡太ははなから人の認知に興味がない。
 遼圭から誘われたnoteは居心地が良かった。顔のない世界で、自己からにじみ出る個性が評価の基準になるからだ。誰もが誰かの承認を得るために、創意工夫をしてアピールをしている。現実の世界もこうであれば、顔の認識など不要なのに。遼圭がnoteの世界に入り浸りな理由が分かる。
 聡太が納得できないのは、自己のアイデンティティを示す場で、どうして他人のアイディアを盗むのか。『シンゲキ』の名前を出した途端、遼圭は目の色を変えた。それはつまり、〝盗む〟という行為は、それほど強く相手を意識するということを意味する。
 遼圭を導くためには、聡太の存在を強く認識させる必要がある。ならば、遼圭に盗ませればいい。彼自身の物語を盗ませるのだ。自分の物語を盗んだとしても、それは盗作には当たらないだろう。
 さらに聡太は、遼圭からも盗むと決めた。その関係は、聡太にとって望ましいものだ。どちらかが搾り取られる関係ではない。とてもフェアなものに感じられた。遼圭の居場所、遼圭のもの。聡太がほしいのは、遼圭自身だった。

 顔のない男の子は、聡太の世界において完璧な存在だ。その世界の創造主でありながら、強烈なアイデンティティを持ちながら、何者かになろうとしている。その顔に彫刻刀の刃を入れるのは自分でありたい、と聡太は思う。
 目が見えない男の子、つまり女の子のボーイフレンドは、聡太の心象が反映されたキャラクターだ。彼は病気が治ったとしても、醜い顔の女の子のもとから去ったりしない。なぜなら、彼女が醜い顔であるように願ったのは彼自身なのだから。

 聡太がnoteに投稿を始めて、すぐに遼圭の物語に影響が出たことが分かった。
 その世界に新たな人物が追加された。創造〝種〟の悠人ゆうとと、狼の頭部を持つともる。彼らは顔のない男の子で、醜い顔の女の子だ。オマージュだなんて、詭弁きべんを使わなくていい。それは、もともと遼圭のものだ。
 リークのスキこそつかないが、遼圭が聡太をメラメラと意識しているのを感じる。遼圭が自分を強く認識している。この満たされていく感覚。遼圭がスキやフォロワーの数に支配される気持ちが、今なら分かる。
 まずは、遼圭の居場所をいただこう。少しずつ、しかし、激しく奪い取る。
 聡太は、ソータとは別のアカウントで、リークの物語にコメントを書き込んだ。
 それは例えるならば、着実で確実な火のような侵略だった。
「物語、拝読しました。これ、細谷君の『顔がない男の子』のパクリですよね」

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?