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承認欲求 #9/10

 聡太そうたおおむね満足していた。
 遼圭りょうけいを追い込むことで、彼との共同執筆にこぎつけることができた。いろいろと区切りがついたところで、心や体が整った。
 久しぶりの登校となる朝、聡太はあれこれ思案する。進路希望調査票を、提出しなければいけない。目下もっか、注力したいのは、遼圭との創作活動だった。
 進路という枠組みで考えれば、それを一言で表現することは難しい。しかし、その創作活動には、時間や労力を費やす価値が大いにあると聡太は見込んでいる。それは、いずれ実を結ぶ。だから、今は進学を選ぶ気にはなれない。
 遼圭を導く。方針さえ正しく示せば、彼はその力をいかんなく発揮する。それは、自分にしかできないと聡太は確信している。
 遼圭がnoteの数字に一喜一憂して、自己の価値をそこに見出しているのと同じように、彼に求められることで、聡太は自身の欲求を満たしていた。

 梅雨明けの夏空は、青く澄み渡っていた。駅から学校へ向かう途中に、聡太は一人の生徒と出会う。
 その生徒は、遠慮気味に「おはよう」と聡太に言った。
 聡太は自身のアーカイブから、この生徒の情報を引き出そうとした。
「ああ、おはよう。……えーと、そうだよね。ごめん。クラスメイトの……」
 外見から名前が探し出せない。こんな知り合い、いただろうか。わざわざ呼び止めて挨拶してくるくらいだから、きっとクラスメイトのはずだ。
 あれこれ考えた挙句あげく、面倒になってやめた。適当に話を合わせよう。それは、聡太にとって、いつものことだった。
「行こうか。遅刻するといけないからね」
「そうだな。久しぶりの学校ぐらい時間通りに行かないとな」顔のない男の子は言った。彼も久しぶりの登校らしい。
 学校への道を二人で歩く。当たり障りのない会話を交わすうちに、ふと、この生徒は遼圭ではないか、と聡太は思い始めた。そう思って観察すると、確かに遼圭らしい。頭髪を短くしていたため、認識に手間取ってしまった。
 noteの世界に浸っていると、現実での会話がわずらわしいものに思えてくる。noteでは、基本的にユーザー間でメッセージを交換することはない。そこが気に入っている点であった。もともと聡太は、会話が得意な方ではない。
 実際に遼圭と会ってみても、聡太は彼と積極的に会話をする必要性が感じられなかった。意見の交換はラインでできる。よく〝顔を合わせて話すこと〟の重要性がかれるが、顔の認識が困難な聡太にとっては、対面は相手に情報を与えるばかりでフェアではないと思っていた。
 そのため聡太は、憧憬しょうけいの念を抱く遼圭でさえ、ただの器にしか見えなくなっていた。遼圭は、その中身にこそ価値がある。
 この中身をいただくために、遼圭にまつわるものに手を回した。noteでの遼圭の居場所、遼圭のもの。奪い奪われの関係は、強い認識を得られる。餌に手を出されれば、忠犬でさえその主に敵意を向ける。
「そういえばさ、聡太、彼女できたんだよな」
 やはり、この顔のない男の子は遼圭だ。共通の話題が出たことで、聡太はそれを確信した。
「うん。ちょうど学校に向かう道で、彼女と待ち合わせしてるんだ」
「そうか。同じ学校だもんな。紹介してくれよ」
 学校へ続く道の曲がり角、薬局の駐車場に彼女はいた。聡太と遼圭を見つけると、彼女は手を振って駆け寄った。弾むような活力を感じる。
「紹介ってのも変な話だけどさ」聡太が手を差し出すと、彼女はそれを握った。「彼女を紹介するよ」
花凛かりん?」

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