承認欲求 #4/10
「おはよう。今日は、ちゃんと来たんだね」花凛は、遼圭の目を見て言った。
「あ、うん。おはよう……」
昨日はごめん。そう言おうとして、やめた。謝るのは違うような気がする。ありがとう? もっと違う。
聡太は、今日も休みのようだ。遼圭はホッとした。
「今日も休みみたいだね。私、ちょっと様子見てこようかな。学校の帰りに遼圭も一緒に行かない?」
「ごめん、俺は……」遼圭は目を逸らした。逸らした先が、たまたま花凛の胸だった。昨日、その服の下を見た。ハッとして、また別の場所に視線を移す。変に意識をしてしまう。
「行かないの?」
「うん」
行けるわけがない。
「柏木ー、あれ見たよ。note? なんか、おもしれーの書いてるって聞いてさ。俺のフォロー分かった?」クラスメイトが、遼圭に声をかけた。明るい声色に、いたたまれない空気が少し緩む。
「おー、フォローサンクス」無理に声を弾ませてみたが、実際、フォローは嬉しい。「多分、返してるはずだけど。なんて名前?」
「えーと、なんだっけ? あとで見てみるわ。そうだ。世界史、移動だろ。一緒に行こうぜ」
「ああ、うん。花凛、ごめん。先、行ってるよ」
「うん。私、日本史だし」
花凛は、どんな表情をしていただろうか。遼圭は、直視できなかった。
聡太の件は有耶無耶にして、逃げるように教室を移動する。
「柏木、将来小説家になれよ」
「いいね、それ」
本当になれたら、どんなにいいだろうか。
帰宅してすぐに物語の続きを書いた。
筆が進んだ。タイピングの手が止まらなかった。
物語に追加した二人の登場人物が大活躍したからだ。
一人は、悠人という少年。その世界で、創造〝種〟と呼ばれる存在で、頭に思い浮かべたものを具現化することができる。
もう一人は、橙という狼の頭部を持つ少年。その世界で、月を消し去ろうと目論む。現実世界での復讐を夢想の世界で果たそうとする、コンプレックスを抱え込んだ少年だ。
この二人は、ソータの『顔のない男の子』の創造主の男の子と醜い顔の女の子に他ならない。
一度生み出したら、その二人が物語に存在しないことなど考えられないほど、見事に世界に溶け込んだ。
――オマージュっていうんだよ。
呪文のように、頭の中でその言葉を唱えた。今まで何度も何度も唱えてきた。その度、遼圭は、自分がバカで無能だと突きつけられているように感じた。それが、どうだっていうんだ。ここでは、スキやフォロワーの数が価値を決める。各々が自分を売り込む世界だ。
ひとつ出来のいい雛形ができたら、皆それに倣ってガワだけ拝借して中身を入れ替えて味がなくなるまで咀嚼する。ループもの、異世界転生、何度も見てきたじゃないか。
昨日の投稿はウケが良かった。フォロワーに紹介してもらい、ビュー数やスキの数が跳ね上がった。通知が止まらない。
ひとつひとつ、通知の内容を確認して、ユーザーのページを回りたいところだが、追いつかなかった。
そうこうしているうちに、昨日の投稿にコメントがついた。
コメントはスキよりも嬉しい。内容をしっかり読んでもらっていると感じられるからだ。これが一番のモチベーションに繋がる。
しかし、それは好意的な内容に限ってのことだろう。
そのコメントは、みぞおちあたりに、ずっしりと、胃もたれのように重くのしかかる。
「物語、拝読しました。これ、細谷君の『顔がない男の子』のパクリですよね」
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