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承認欲求 #5/10
この作品のあそこと似ているとか、あの作品のここと似ているとか、それは作者が一番言われたくないことだろう。
しかし、創作の世界は、そんな言葉で溢れている。例えば楽曲。誰かの新曲が、どこかで聴いたことがあるように思えるのは、それがどのように作られているかを考えれば腑に落ちる。
走る芸術品と呼ばれるサラブレッドは、親を辿れば必ず三大始祖に行き当たる。それと同じように、この世の無数にある楽曲は、先人の作品を捏ねて再構築したものだ。音楽を全く聴いたことがない人が、己の内側から生まれる音のみで、成立した楽曲を作ることは不可能だからだ。
作家もまた、粘土を捏ねるように既存のアイディアやインスピレーションを組み合わせ、新しい形に造り上げる。それは単なる模倣ではなく、過去の作品の要素を解体し、その断片をもって独自のビジョンを形作る創造的な過程だ。
断片がどのくらい細かいか、要素をどれだけ残しているか、そういう話だ。
〝パクリ〟とは、そういった工程に敬意のない、「悪意ある盗用」のことのはずだ。
言いたいことはある。しかし、それらを加味した上で遼圭は、静かにコメントを削除した。
コメントの主は、ソータの本名、細谷聡太を知っている人物だ。つまり、同じ学校の、恐らくクラスメイトの誰かだろう。
遼圭はコメントを削除する前に、その主のページを訪れた。新しく作られたばかりのアカウントのようで、記事の投稿はなかった。また、リークとソータをそれぞれフォローしていた。
ソータのページを開くと、フォロワーの数が跳ね上がっていた。フォロー数は相変わらずの2。これは、遼圭にとって理想的で羨むべきクリエイターの姿だった。
相手のフォローに対してフォローを返す〝フォローバック〟というシステムがある以上、フォロー数が多ければ、必然的にフォロワーの数も多くなる。もちろんフォローバックは強制ではないが、こういったユーザー間の交流で成り立つnoteでは、それに応えるのは自然な振る舞いに思える。遼圭もそうして、地道にフォローを重ねてきた。フォローを一切せずに、フォロワーがついているということは、純粋にコンテンツの質のみで評価されているということになるだろう。
それが、有名人やプロの作家なら納得ができる。期待値がもともと高く、質が保証されているからだ。そういった人たちは、そんな姿勢すらもブランドなのだ。
それがどうして……。どうして聡太なんかに。
遼圭は、羨ましく思うと同時に妬ましくも思った。
それからの一週間、遼圭は体の内側で、ゆっくりと静かに、しかし、ふつふつと熱く沸き上がるものを感じるようになった。
もっと、自分は認められるべきだ。聡太の作品が注目を集めていることが不条理に思えた。ソータの作品にスキがつくのを見るたび、リークも同じように評価されるべきだと遼圭は強く感じていた。
だからこそ、遼圭は聡太のアイディアを自分のものとして再構築することに躊躇をすることがなくなった。遼圭にとって、それは単なるインスピレーションの一形態であり、創作活動の一環だった。
遼圭は聡太の作品を精読し、そのエッセンスを吸収する。何も盗んでいるわけではない。良いものをさらに良くするために必要な手順を踏んでいるだけだ。それが創作者の責務だと、遼圭は自分に言い聞かせた。
聡太の作品に自分の感性を加え、新しい息吹を吹き込むことこそが、遼圭にとっての創作になっていた。解体した聡太の作品の要素が、どれほど原型を保っているか、あるいは変わらずそのまま出力されているか、それを判断する感覚は完全に麻痺していた。
この過程で遼圭は、自分の作品がどれだけ多くのスキやフォローを獲得するかを常に意識するようになった。それは遼圭にとっての養分のようなものであり、リークの存在価値を証明してくれる指標になっていた。
遼圭はこの行為を通じて、何か大きな罪を犯しているわけではないと認識している。なぜなら、そこに悪意はないからだ。
自分はただ、公平な評価を受ける権利を求めているだけだ。自分にはその才能がある。だから、もし聡太から生まれたアイディアが自分の手によってより多くの人々に届くならば、それは正しいことだと遼圭は考えた。
遼圭は、これがリークの作品、自分の努力と創意工夫の結晶だと信じていた。信じるようにしていた。だから、躊躇も後悔もない。
ただ、ほんの少しだけ、自分の体の内側のどこかが、キュッと痛んだ。
ある日、花凛が家を訪ねてきた。遼圭はこの数日、学校に一度も行っていない。
「遼圭、もうやめよう」花凛は、遼圭に抱きついて言った。「クラス中で噂になってる。『完全に盗作』だって。一度、二人で話したほうがいいよ」
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