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還暦でも大盛り――たべもの記2023①上京編「キッチン南海 神保町店」

久しぶりに、神保町のキッチン南海に行く。一度閉店して、また移転再開したそうだ。詳細はここでは触れないが、上京も十二年ぶり。食べるのはそれ以上ぶりだ。

当時は15時30分~16時30分が休憩時間だったが、今は15時まで。ぎりぎりセーフ。以前の店舗からカウンターだけの店になり、かえって座りやすいが、狭い。うっかり立ち上がったりしたら、狭い通路で出来上がった料理を運ぶ店員さんとぶつかるような怖さがある。

しかし、そこは日本人の遺伝子である。禁欲的なこの場所にすぐ馴染む。

今回の「一回り以上ぶり」の記念すべき注文は「イカフライ生姜焼き」ごはん(還暦でも)大盛り。税込み850円だ。一回り以上(12年以上ってことね)前からは値上がりしているのは当然だが、カツカレーがまだ800円だし、まあ安いといえるのではないかと思う。

回転は早い。思ったより早く到着。イカフライ…4切れある。
増えてる? 
興奮を抑えつつ辛子を袋から出してイカフライに少しつける。

残りを皿の外周のくぼみにキープ。醤油がどこにでもある。いつもは「醤油ください」という面倒があったのだが、それがなくなっていた。

店主はよく知っているのかも。いい揚げ物には、ソースより醤油。もちろんイカフライには醤油だ。ソースもいいけどね、ご飯には醤油のほうが合うのよね。自分には。

ここはパン粉もおいしいからソースで味が消えるより、醤油を少しかけたほうがパン粉の味がよくわかって好みだ。

ふわっとうずたかく置かれたキャベツにもスパゲッティサラダにも醤油を少しだけかける。この二つを私はごはんのおかずとして使う。箸休めとか、さっぱりさせることに使うのはもったいないのだ。

今回は生姜焼きがあるので、その油というか、たれの味がキャベツの水分にまざる。そうするとやはり私にはごはんのおかずになるのだ。キャベツに醤油を少しかけるのは味を調える意味もあるし、極短時間浅漬けをつくるわけなのだよ。お立ち会い。

時間が経過するとしなっとなったキャベツから水分が出て、油と混ざり、これもごはんにあう何かになる。これがさらにごはんに合うのだ。

ケチャップとマヨネーズの味付けのスパゲッティサラダだが、これだけ食べたいというくらいこの店のはおいしい。付け合わせにしては量が多いのがうれしい。言い忘れてたが、キャベツがうまい。

この店のキャベツは「とんかつ専門店」同様に重要な意味のある脇役を超えた重要な存在と言っていいだろう。

イカフライうまい。身も大きい。やわらかい。うまい。

衣から硬いイカだけがずるっと出てしまうようなものじゃない。やけどしないようにゆっくり食べる。パン粉がキッチン南海ならではの味。おいしいパンで作ったパン粉の味だ。

衣が大きいので、惣菜コーナーの天ぷらやフライ同様に食べでがある。4切れはうれしい。2本分なのだが、昔は1本じゃなかったかな。でもこっちのほうがもちろんうれしい。

ごはんは…硬めなのが自分の好みではないのだが、いつもあつあつ。

行列店なのでお米は余らないのだろう。昔から米は熱々だった気がする。
しかし、大盛りの量は気前がいい。

50円増しというのにこの量の差。その意気やよし。

イカはやわらかくこの値段では上等だ。
生姜焼きに行く。すばらしいとしか言いようがない。

玉ねぎには歯ごたえが残り、豚肉はやわらかく脂身も甘く、味付けがご飯を呼ぶ。塩気はきつくない。

だから、もう一口食べたいとなる。揚げ物に生姜焼きにスパゲッティサラダにキャベツに飯。ためいき。

福神漬けもカレー用においてあるので、お好みでどうぞ。還暦の今は食べないけどね。

20年以上前はメニューも少し違っていて「生姜焼きライス」があった。そのころは生姜焼きライスを食べる割合は少なくなかった。

生姜焼きの量が多くたまらないものがあった。当時編プロの食に一家言あったiさんという人が「生姜焼きライス」の良さを教えてくれた気がする。
iさんはこれも現存する名店「キッチングラン」の生姜焼きも推奨してくれた。その後、どちらでも生姜焼きは外せないメニューになった。

その昔にキッチン南海では、玉ねぎの高騰で「生姜焼きライス」がなくなったと誰かに聞いた気がするが、詳細は知らない。

食べ進めつつ「スパゲッティサラダとキャベツと生姜焼きとご飯の口中調理」を何度も行う。

温度の違いや時間経過による食感の違いもたのしい。そこにかたまりのイカフライを乱入させる。それまでの口中の味が変わる。なめらかさにざくざくした異物が入る。たのしい。

さっくり揚げたフライはあわてて食べると喉を傷つけるので、注意が必要だが、若いころは、口の中にご飯もイカフライも生姜焼きもぐいぐい押し込んでノドを通過する快感をむさぼった。今はそういうことはやらないようにしている。

とりみき氏のマンガに「とんかつでノドを切って救急車に運ばれる」という話があったが、本当だと思う。何度かノドを傷つけた記憶がある(もちろんキッチン南海だけでというわけじゃないです)。

あれは若い時の特権というか、勢いよく押し込んで氷水でさらに胃に流し込む感じはたまらないものであった。いまは還暦だし、若い頃よりは胃に負担かけないようにゆっくり食べるようになりました。

食べ終わりに近づく。ご飯の量とおかずの残りを計算に入れながら食べる派だ。最後はイカフライと生姜焼き、ご飯にスパゲッティサラダを少しずつ残して一緒に食べる。醤油をかけたことが、ここで生きてくるのだ。

もちろんラストは生姜焼きとご飯。カツカレーもいいし、フライもいい。
しかし、ここはコメの飯と食べる洋食店なのだから、お米は大切だ。

なごりおしいラストが来てしまう。繰り返しになるが、若い頃はこれにぐいぐい氷水を飲み込んだのだが今回はやらない。だって還暦だもの。冷や水は控えめさ。

満足した。神保町店が復活してよかった。この店にわざわざ足を運ぶ人間もたくさんいるだろうと感じる。千円くらいで「わくわくしておいしくておなかいっぱいで」…また来たいってお店は日本の宝です。

還暦でもまだわたしゃ大盛りさ。今度はカツカレー大盛りを食べに来よう。

【終わり】

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