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【アジア横断バックパッカー】#64 11ヵ国目:トルコ-イスタンブール 謎の2人組の正体

 2人はアヤソフィアの前で写真を撮った。変な場所で撮るな、と僕は思った。何の変哲もない、ただの壁の前なのだ。だが彼らは満足したらしく、元来た道を戻りだした。
「さあ、飲みに行こうよ」
 さっきのはお愛想だと思っていたが、どうやら彼らは本気で誘っているらしい。だがどちらにしろ僕は断るつもりだった。もう8時を過ぎてるいるし、何より慣れない英語で会話するのは疲れる。要するに面倒なのだ。
「いや、やめとくよ。もう遅いし…」
 言いながら、説得力がないなと思った。何しろやっと夕焼けてきた頃合いなのだ。やはりスペイン人が誘ってきた。
「1杯だけさ、30分、いや、20分くらいだよ」
 うーんと僕は唸った。どう断ろうかと悩んだのだが、今までの旅中、こういった手の、いわゆる旅ならではの機会はことごとく避けたり、無下に断ってきたのだ。ふたつの思いが交錯したが、結局面倒くささが勝った。
「いい。やめておく。ホテルに帰るよ」
 僕のつれなさに気を悪くしたのか、スペイン人の顔が一瞬曇り、口調も少し冷たくなった。
「そうか。じゃあ、さようなら」
「ごめんよ」
「いや、いいさ。ノー・ソーリーさ」
 2人は道路へつながる坂を下っていった。僕が手を振ると振り返してくれ、去り際にこう言った。
「ナンデ!」

 僕はやれやれとベンチに座った。やはり悪いことしたかな。1杯だけなら…。そう考えていると目の前のベンチにまたも男の2人組が座った。お互いまた写真を取り合っている。
 珍しいな、こういうこともあるのか。片方が僕に気付き、やはり写真を頼まれた。
「ありがとう。君は日本人かい?」
「うん」
「そうか。僕らは明日ロシアでW杯を見るんだ。今日はトランジットで1日イスタンブールに泊まるから、観光してるんだ」
 おや、なんという偶然か。さっきの彼らと同じ便かもしれない。
「日本では働いてたことあるよ。鹿島建設って知ってる?」
 なにか変だぞ、頭の中で声がした。畳みかけるように男は続ける。
「宿の人に訊いてさ、これからマリーナに行くんだよ」
 写真を見せてくれた。海沿いのレストラン街のようなところらしい。思考が中断されてしまった。
「飲みに行くんだよ」
 男はスマートフォンをしまった。
「ホテルは退屈でさ…」
 男が手のひらで顔をあおぐ。さっきの2人組と全く同じである。僕は思わず立ちあがった。
「ごめん、もう行くよ」
「え?ああそうかい」
 僕はもごもご言いながら立ち去ろうとした。すると男が僕の後ろ辺りを指さした。
「なにか落としたよ!」
 えっ?振り返ったが何も落ちていない。男が笑った。
「ジョークだよ」
 僕は曖昧に笑って歩き出した。最後、去る僕の背に向かって男が言った。

「ナンデ!」

 僕はぞっとしてその場を離れ、群衆に紛れた。やられた…。いや、やられてはいない。やられかけたのだ。おそらく睡眠薬強盗だろうと僕は考えた。酒に睡眠薬を盛られ、身ぐるみはがされるのだ。旅人を嵌める常套手段。狙われるのは日本人が多い。金持ちで人を疑うことを知らず、ノーと言えない日本人は世界中の強盗のカモなのだ。

 動悸が収まらない。だが僕はしばらく群衆に紛れ、さっきの2人組の動向を伺った。
 エモノに逃げられた2人は、すでに別のエモノに声をかけていた。こちらも男1人。さっき広場で見かけた、おそらく韓国人。外国人詐欺に遭うのは日本人が一番多く次に韓国人らしいが、外国人から見れば日本人も韓国人も見分けがつかないだろう。

 危ない、着いていかないで…。僕は遠くから祈った。幸い韓国人の彼も断っているようだった。さっき見かけた時はトルコアイスの屋台で名物のフェイントを笑顔で楽しんでいたので、なんだかオキラクに見え、少し不安だったのだ。
 とにかく僕は宿に戻ることにした。一旦落ち着こうと思った。(続きます)

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