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【アジア横断バックパッカー】#50 9ヵ国目:パキスタン-ラホール 「Go to Tehran?」

 ひとりになった僕はとりあえずパスポートを返してもらい、人込みをかき分け外に出た。頭は疑問と焦りでいっぱいだった。一体何がどうなっているのだ?僕はどうなるのだろう?
 
 空港1階のオフィスでは男性スタッフが2人いておしゃべりをしていた。突然現れたパニック状態の異国人に、遠慮なしに不審な視線を投げかけてくる。
 僕は事の次第を説明し、チケットを変更したいのだと告げようとしたが、そこでまた絶望した。
 全く英語が出てこない。商店で、あれが欲しいとかこれが欲しいとか、宿で、空き部屋はあるとかエアコン付きかとか、その程度ならいくらでも言いようがある。だが今は事の複雑さが違った。なんとか単語をつなげる僕に向けられる視線は、冷たさを増すばかりだった。ひとりがどこかに電話をかけた。チェックインカウンターかもしれない。「なんだかわけの分からない外国人がわけのわからないことをしゃべってるんだが」そんなことを言っているのかもしれない。

 それでも何がどう通じたのか、スタッフは紙に住所を書きつけ、明るくなったらここへ行け、ここでは変更はできないから、と言った。ラホール市内の住所が書かれているようだった。
 僕はがっくりと肩を落としてオフィスを後にした。無力さを痛感した。英語をペラペラしゃべっていたM氏と別れた後だけに、余計に自分のダメさ加減が身に染みた。

 とぼとぼと2階に上がり、チェックインカウンターに戻った。カウンターの前にはチェックインを待つ長い列ができていた。ここは邪魔になるからと、カウンターの中へ入れられた。もらった住所を見せるとスタッフは頷き、明るくなったらそこへ行きなさいと同じ事を言った。

 だが僕が完全に諦められなかったのは、どこかスタッフの間に、取り付く島もない、全く駄目だ、という雰囲気が無いからだった。別のスタッフを呼んで何やら調べさせたり、ちょっとドーハ空港に電話して訊いてみるからとか(なぜトランジットの空港が関係するのだろう?)、スタッフがパスポートを持って別のカウンターに訊きに言ったりした。しまいには重役風の男性が登場し、事情をスタッフから聞いたりしていた。

 だが結果は変わらなかった。僕はイランには行けない。イランに行くにはEビザが必要なのだ。重役風の男性にそう言われた。
「テイクユアバッグ」
 スタッフに言われ、僕は重たいバックパックを担いでカウンターから追い出された。何も考えられない。もう離陸まで1時間を切っていた。本当にイランには行けないらしい。何ともわけのわからない理由で。

 どこかあきらめきれず、チェックインカウンターの目の前のベンチに座った。もう並んでいる人もほとんどいない。
 さてどうしよう。不貞腐れながら考えた。この時間から市内に出るのは危ない。とりあえずここで夜を明かし、明るくなったら一旦宿に戻って計画を立て直すしかない。僕は恨めしい目でカウンターを眺めた。
 
 スタッフが僕を手招きしている。なんだろう。行ってみたが、彼らの話す英語をほとんど聞き取ることができなかった。だが駄目なことには変わりがない。結局またベンチに戻り、何もせずただ座っていた。離陸まであと20分。
 
 深夜3時、冷静に何かを考えられる頭ではない。とりあえず寝るか――人が多いので横にはなれない。座って寝るしかない。
 またスタッフが僕を手招きしていた。今度はなんだ。やや苛立ちながらカウンターへ向かう。パスポートを、と言われ、差し出した。
「Go to Tehran?」
 スタッフはそう言うと、チケットを発券し、パスポートに挟んで僕に渡してくれた。僕はチケットを確認した。ラホール発テヘラン行き、僕の名前がちゃんと印字してある。
「なんで…?」
 気付くと脇に別のスタッフが立っていた。ついてくるように言われ、呆然とただついていく。
 行けるのか、テヘランに?(つづきます)


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