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ユニコーンを解体する

  卓球を習っている。スポーツに限らす、なんでもそうだと思うが、卓球はたいへん奥が深い。うまくなりたい。は継続のためのひとつのテーマだ、けれどなかなかうまくはならない。しかし今夜ここで書きたいのは卓球の技術の話ではない。

 記憶の中に実在しないコーチがいる。物憂げにふくらんだ瞼とはっきりしない仕草が印象的だ。かれはときどき、わたしの意識の中に物の怪、のように現れる。夢とうつつのはざまをうろつくあのステキな時空にぽかりとそのひょろ長い姿を見せる。

 さきほどもあらわれた。わたしは部屋の中で卓球台の到着を待っていた。もちろん幻覚に近い。現実のわたしは部屋に卓球台を用意したいと考えるほど人生に対し熱心ではない。実在しないコーチは理由なくわたしの前にあらわれ、あまり笑わず、わたしは「卓球台を待っている」とあやふやなことをいう。するとかれもわたしといっしょに卓球台が来るのを待つ、と言い出した。
 幻覚とはいえ、不思議だがどこかで現実とリンクしている。ほんとうではない。意識はちゃんとわかっているのだが、影に似たそのコーチの長身をさほど、疑わない。
 やがて影の頭からしずしずと角が生える。一本だ。影はたくましく四つ足となり、巨大な羽根を時空にとどろかす。


 その昔。科学と神話と迷信は混在していた。アイザック・ニュートンは熟練した錬金術師であり、ドラゴンの存在を信じていたという。紀元前4世紀、アリストテレスはミツバチや蛍は親の身体からではなく、草の露から産まれウナギ、エビ、タコ、イカなどは海底の泥から産まれると言い出したとどこかに書いてあった。
 紀元前4世紀のタコこそ、オクトパス・ガーデンを浮遊していたのだと思う。かれらはもちろんビートルズも蛸壺も知らないはずだ。いや、蛸壺には注意していたのかもしれない。蛸壺の歴史を紐解くにはわたしはすでに眠すぎる。

 17世紀。自然発生説(thd spontaneous generation)にとりつかれたヤン・ファン・ヘルモントという学者が奇妙な実験を行ったとウィキペディアに書いてあった。そのまま記述する。
 ①小麦の粒と汗で汚れたシャツに油と牛乳を垂らす。
 ②それを壺に入れ倉庫に放置する。
 ③ハツカネズミが自然発生する。

小麦の粒と汗で汚れたシャツ。
壺。
ハツカネズミ。

 フランスの詩人。アポリネールならこれをどう図形詩にするか。アポリネールの詩集「アルコール」をむかし、中古の本屋で買った。読まずにいつしか消えていた。アポリネールについてわたしが持っている知識といえば、かれがスペイン風邪で亡くなった、という一文だけだ。

 マドリッドの新聞、エル・パイスの記事によれば、17世紀、デンマークにOle Wormという学者がいた。ラテン名でOlaus Wormiusと書いてはあるが、これをどうカタカナ表記にしたらよいのかわからない。
 Ole Wormの祖母はルター派に属する法律家でカトリック教徒に追われ祖国オランダからデンマークに逃れた。その息子がデンマークの都市の市長となり、息子であるOle Wormに、学問のため、ヨーロッパの各都市を流浪する人生を許したのだという。要するに人生を学問に捧げたこの男はみずから生活のための金を稼ぐ必要がなかったのだろう。

 Ole Wormは発生学、胎生学を学び、ルーン文字のアルファベットを確立し、云々。いろいろとスペイン語で書いてある。スペイン語を読むのは日本語ほど自由にならないので、いちいち辞書にあたる。時間を浪費する。こんなことをしている場合ではないのだ。お好み焼きを焼きたい、多少いらいらしながらも、Ole Wormについて読み進める。お好み焼きを焼きたいは白い白馬に乗っかる、と同様の滑稽だろうか?

 かれはユニコーンを分解した、あるいは解体した。と書いてある。
あるいはユニコーンの存在に対し反論した、とも取れそうだ。
スペイン語のdesmontarという動詞がよくわからないのだ。英語にするとdisassembleと出てくる。disassembleを調べると構成する要素を解体する、と書いてある。スペイン語の動詞はひどく幅広い意味を拾う。マドリッドかサン・セバスティアンに留学し生のスペイン語あるいはスペイン文学に触れたいとの欲が、まだわたしにはある。

 17世紀。デンマークの男がユニコーン説に異を唱えた。
 17世紀。デンマークの男がユニコーンを解体した。
 どちらが面白いかといえば、後者だと思う。ちなみにgoogle翻訳はdisassembeを採用している。つまり解体した、と書いてある。
 深夜に謎にぶつかり困惑する。この種の困惑をわたしはやめられない。

 ユニコーンの存在について語るのは、河童やカワウソを語るに等しい、と考えたところで、ああ、カワウソは実在するのだと今、気付いた。

 

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