見出し画像

"あらゆる業界に通ずるSF的妄想" 成田悠輔 「22世紀の民主主義」

読書メモ#24です。今日はここ1年弱ほどネットを中心としたメディアに引っ張りだこな成田悠輔さんの「22世紀の民主主義」について書こうと思います。

この本、政治について書かれた本ですが時代の10歩くらい先を行ったかなり先進的なアイディアを述べています。

そこに成田悠輔さんの非常に情緒的でユーモアあふれる文章の書きっぷりもあり、まるでSF小説を読んでいるかのような楽しさも同時に楽しめる一冊です。
日経テレ東大学の高橋弘樹さんが「成田さんは詩人だ」とメディアで評していたのも納得です。

そんな本書ですがさらに、述べられていることは実は政治にかぎらずあらゆる業界に適用できる汎用性を含んだ未来像に感じます。数十年と日本社会にまん延する閉塞感を打ち砕くための1つのアイディアが記された非常にエキサイティングな本でした。

かなり話題で売れている本なので様々なところで既に解説がされていたりすることもあり、この記事では忙しい人向けに本筋以外の部分をごっそり落としてサクッと読める分量にまとめたいと思います。

政治は集積された民意データからAIで処理せよ

この本の結論を一言でまとめると、民意を選挙で集めるのではなく、日々人々が無意識で発している様々なデータ(会話内容、行動履歴、学習テストのスコア、通院歴、、、など)を常時集積し、そのデータをもとにAIによって個々の政策を考えて国家を運営しくのはどうか、というものです。

従来の選挙に変わるものは人が日々発する膨大な情報に置き換えられ、国家運営としての政治はAIにまかせてしまえ、という主張です。

日々の生活を監視されてデータが集積され、政治が機械に置き換わる、というとある種のディストピア的な側面もありますがなぜこのような考えが必要となってしまうのでしょうか。


民主主義が壊れている

成田さんは「日本の民主主義は機能不全に陥っている」ということを話しています。

民主主義を超ざっくり説明すると「選挙による多数決で政治の運営者を決めるもの」ということができます。

それは一見すると、国民を皆平等に扱い、多くの国民の意見を取り入れるためには非常に合理的で理想的なシステムのように感じてしまいます。

そして民主主義ができた数千年前は実際に国を動かす画期的なシステムとして受け入れられました。

しかし、現在は数千年前とは事情が異なります。人口は増え、テクノロジーは発展し、それに伴って対処すべき問題が多様化、複雑化していきました。

古代であれば限られたコミュニティに対してのシンプルな議題に対しての舵取りのみで良かったものの、現代においては氷山地帯を超大型客船で行くような非常に繊細で複雑な航路の舵取りを行わなくてはなりません。

さらに、民主主義の問題はまだまだあります。

選挙では政治家"しか"選べない
このような高度に問題が多様化した現代において、選挙で選べるのが人間単位でしかない選挙は時代にそぐわなくなってきていると言います。
世の中にある問題に対して、個人はそれぞれに対してそれぞれ異なる立場で違った意見を持っているはずですが、現行の選挙では政党や立候補者の中から自分の考えに一番近そうな人に対して投票を行い、自分の代理人として国会で議論してもらうような、ある意味非常に雑なシステムになっています。
そのようなシステムの上ではもちろん100%自分と同じ意見を持つ立候補者や政党はありえませんし、実際にそれらの人々が当初掲げていたマニュフェストを実行するかどうかも保証はありません。

政策が近視眼的になる
民主主義による選挙で国会議員が選ばれる以上、立候補者や政党は有権者からの票の獲得を求めて給付金や減税などの「すぐ効果が目に見えるわかりやすい政策」を打ち出しがちになります。
そのため長期的なスパンでの投資などには消極的になる傾向があります。教育や研究、特に大学における基礎研究などの「何の役に立つのかよくわからない」分野はまさにそうで、補助金を削減され続けた国内の優秀な研究者は中国などに引き抜かれていきます。
しかしそのような基礎研究こそが未来のイノベーションの種であり、世界の富裕層は教育体制が整った国を好みます。短期的な目先のメリットを追うだけでは国の運営はたちまち立ち行かなくなることは誰もがわかっていることですが、民主主義という制度上どうしても近視眼的でわかりやすく熱狂しやすい政策を看板として掲げなくてはならないようなジレンマが存在しています。

民衆は扇動される
大昔から衆愚政治という言葉もある通り、民衆の意思が必ずしも正しいとは限りません。人はメディアに扇動されやすい生き物です。特にSNSの普及によって民意の扇動に拍車がかかってきました。
選挙で重要なのはもはや政策ではなく「どれだけメディア上手に活用してインパクトを残せたか」という部分の競争になりつつあります。
先の参院選でも参政党やガーシーなどのネットメディアをハックした議員の議席獲得が話題となりました。数年前のアメリカ大統領選挙におけるトランプ元大統領もそうかもしれません。彼らが良い悪いということを言うつもりはありませんが、事実としてメディアの力は選挙の結果、ひいては国そのものの行く末に少なくない影響を及ぼすものということが言えます。


解決策は「人の意識を介さない」民主主義

現代の民主主義の問題をまとめるなら、多様で複雑な問題が存在する現代において、その政策の選択と実行が不安定で流されやすく脆い「人の意思」に頼らざらるを得ないという部分にあります。

そこで成田さんが提案しているのが「無意識民主主義」(データ民主主義)という、前段で述べた「人の意思」ではなく「人から得られるデータ」にもとづいてAIが政策を決定するというもの。

日頃私たちは無意識的に様々なデータを発しています。日常的な会話の内容から緊張度合いを示す心拍数、睡眠時間、運動量、、など。

最近ではスマートデバイスによって日常の様々なデータが可視化されるようになりましたが、それらを日々自動的に集積して政策を決めてしまおうというものです。

そして、その政策を選択し実行するのも、データを正しく解析して最適解を導き出すAIにまかせてしまおうと主張しています。そこでは政党や政治家を選ぶ必要はなく、政策ごとに集積されたデータから最適な方針を打ち出すため、よりきめ細やかな政治が行えることでしょう。
また、政策の選択もAIが行うことで既得権益や忖度なく公平なジャッジを期待することができます。

こうすることで、「なんとなく自分の考えに近い政治家」を選ぶことでしか政治参加できなかった従来の荒い解像度なシステムとは異なり、現代の民主主義よりもよっぽど民意を反映した新しい民主主義が誕生するのではないかと語られています。


無意識民主主義の課題

とはいえこんな「無意識民主主義」にも問題があります。

いくら人を介さず機械による合理的な情報収集と政策判断を行ったとしても、情報の出どころが人間である以上、人が無意識的に持つ固有の弱さや脆さ、偏見が収集されるデータにも反映されてしまい、むしろ偏りや誤りを増幅してしまう可能性もあります。。

私も含めですが、人は「自分は中立だ」と思っていてもどこかしら偏りがあり、知らぬところで外部の影響を受けています。
話がそれますが、自分自身が無自覚的に心に持っている偏見を教えてくれるハーバード大学のサイトがあるのでおすすめです。

そんなデータ出どころにそもそもの課題がある無意識民主主義では、無意識のデータに内在している不良因子を除去したキレイなデータにしなければなりません。

正直このあたりの技術はなかなか課題もありそうですが、(そもそも何を「偏見とするか」の判断自体に偏見が内在していないか、など)日々データのクリーニングを行うアルゴリズムの開発も進められており、将来的には人から得られた民意データでも極めて中立的な視点でのデータへ濾過することは現実的に可能だと言います。

もしかしたら遠くない将来に、成田さんの構想が実現する日が来るかもしれません。

本の中では結論に行く前に「現代のSNSを改造する」話や「民主主義から逃げて独立国家を作ってみては?」という面白い議論が語られていたのですが、今回はごっそり削ってしまったのでもっと成田悠輔さんの考えを知りたい人はぜひ22世紀の民主主義、読んでみてください。


感想:無意識民主主義はビジネスからはじめては?

無意識民主主義の話がちょっとSF的で浮世離れした話にも聞こえてしまうのは、政治という大きなテーマを扱っているからでは?という気もしました。

そのため現実的にはこの仕組みを小さなところからテストしていってその有用性を確認する流れになるのかなぁと考えますが、ここで述べられていたような人を常時センシングして得られた生体データや日常会話などはビジネス分野、特にマーケティングやデザインの分野でまず使われていく気がします。

自分も転職してWebマーケの分野の仕事もするようになったのですが、現在だと様々なツールでWebを来訪した人のデータが可視化されて分析できることに非常に驚きました。

Webページの中でどの部分が多く人の目にとまっているのかや、業界内で自分たちのページがどれくらい注目度があり、どんなキーワードで他者がマーケティングを展開しているのかなどが、わかりやすいダッシュボードで一覧化されていることには感動しました。

このように現在でも人の行動はデータ化されて様々に分析されてはいますが、さらにより多くのデータが優秀なアルゴリズムによって分析されそれらをマーケティングやデザイン戦略に活かすことができたら、非常に面白いことができそうな気がします。

このような小さい範囲で実践を積み重ねていく中でAIを成長させていき、ゆくゆくは政治という大きな国家のシステムにも組み込まれていく、という未来を考えるとゾクゾクしてきます。

2022年の感覚で考えるとちょっとディストピア的な側面もありつつですが、成田さんの思い描く22世紀にはきっとこのような国もどこかで存在するのかもしれません。そんなことを考えさせられるSF的政治本でした。

興味ある方はぜひこちらから購入して読んでみてください!

__________________________________________________________
@やました
Portfolio : https://www.saito-t-design.com/
Twitter : https://twitter.com/yamashita_3
__________________________________________________________

この記事が参加している募集

読書感想文

サポートいただいたお金は今後の発信活動に関わるものに活用させていただきます。