"人を動かす大きなビジョンと情熱を" 森岡毅「USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?」
読書メモ#15です。今回は低迷していたUSJをV字回復へ導いたマーケター森岡毅さん著の「USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか」を読みました。
USJと言えばハリーポッターが今や顔となっていると言っても過言ではないですが、そのハリーポッターの誘致も森岡さんが仕掛けたものでした。
しかし本著はそのハリーポッターがメインではなく、ハリーポッターがオープンするまでの予算のない中でもがいたおよそ3年間にスポットを当てた内容になります。
言うまでもなくハリーポッターは低迷していたUSJにとっては背水の陣による巨額投資でしたが、そのハリーポッターにつなげるため低予算で知恵を絞りながら顧客をつなぎとめた森岡さんの努力と汗の物語です。
USJのV字回復の様があまりにも鮮やかなためその仕掛け人も非凡な才能によってクールに施策を打った人物であるのでは、というイメージがありましたが、この本を読むことでそのV字回復の裏に隠された人間味あふれる泥臭い努力の痕を垣間見ることができます。
高い技術力を活かしきれなかったUSJ
森岡さんはもともと勤めていた外資系メーカーから業績が低迷するUSJに2010年に転職をしました。
業績が低迷している現状を視察した結果、アトラクションの細かい部分に非常に職人の素晴らしい技術とこだわりがあるにも関わらず、それらが全く認知されていないということでした。
例えばショーアトラクションの「ピーターパンのネバーランド」に登場する海賊船に、職人が高いコストと技術をかけて施した経年劣化を演出するためのエイジング塗装はあまりにリアリティが高かったがゆえにお客様に対して「海賊船があまりに古くて汚らしい」というネガティブな印象を与えてしまっていたりしました。
せっかくの高い技術力も方向性を誤ってしまうと報われません。それはUSJのみならず日本企業が本質的に抱える問題のようにも感じますが、その方向性のズレをなくすことこそがマーケティングの根幹にあるのだと森岡さんは自覚し、日本の世界でも戦える高い技術力で持ってUSJを世界に誇れるテーマパークへ蘇らせる決意をしました。
USJの立て直し長期計画を建てる〜3段階の施策〜
USJを立て直し、世界的なテーマパークとすべく森岡さんは3つのステップからなる長期計画を立てました。
1.家族連れ顧客を取り込む
まずは本来テーマパークでの最大ボリュームゾーンでありながらUSJで取り込めていなかったファミリー層の取り込みを行う。
2.関西依存の集客構造から脱却
1の施策でのキャッシュをテコにしながら遠方からも足を伸ばしたくなるコンテンツを作る。これは後にハリーポッターが担うことになります。
3.会社のノウハウを複数の場所に展開させる
2での成功をもとに、この復活のノウハウ(科学的経営管理方法)を複数の場所に展開させる。具体的にはアジアなど海外を視野にし、USJを世界的なテーマパークへ押し上げる。
映画のテーマパークから「世界最高のセレクトショップ」へ
まず森岡さんが取り組んだのが「映画のテーマパーク」という認識にとどまっていたUSJのイメージの変革でした。
「映画」というフォーマットにくくられてしまうとどうしても少しニッチで大人向けなコンテンツになってしまいがちで、本来リーチしたいファミリー層へ手が届きづらいものになってしまいます。
そこで森岡さんは現状の映画主体のUSJのイメージも土台としながらも広い層へ訴求できるようなブランドイメージの確立に乗り出します。
そこでキーワードとして掲げたのが「感動」を中心としたリブランディング。映画に限らず、人の心を動かすものはUSJのコンテンツとして積極的に取り入れていく、というものでした。
そしてUSJは「"世界最高"のセレクトショップ」を標榜し、「世界最高をお届けしたい」というコンセプトにたどり着きます。BEAMSのようなこの世にある良いものをセレクトして陳列するテーマパークとしてUSJを位置づけ直しました。
現在のようにエヴァやセーラームーン、モンスターハンターなどの映画の枠にとらわれない多様なコラボはこのリブランディングから始まりました。
震災の苦境の中、低予算で工夫を凝らしたヒットをつなぐ
そのようにスタンスを大きく変更させたUSJでしたが、開園10周年となる2011年に東日本大震災が発生、その自粛ムードの煽りを受けてUSJの来場者数も低迷しました。先に控えるハリーポッターを作り上げるために低予算で進めなければならない状況に加え震災が重なったことで非常に難しい状況に置かれたUSJでしたが、そのような中でも森岡さんは様々な施策を打っていきました。
1.キッズフリー
震災の自粛ムードが収まらない中、森岡さんは「子供の来場者の入園料を無料にする」という大胆な施策を打ちました。
内部からは売上の低迷もあり、無料ではなく半額くらいに抑えられないかという意見も多くあったものの、「無料」というキーワードのインパクトを示す意味でも強くこれを推進しました。
するとその動きに対して当時の橋本大阪府知事も全面的にバックアップすることを表明、知事自らが大阪府内に積極的な宣伝を行い来場者数を取り戻すことが出来ました。来場者数の回復だけでなく、日本の暗い自粛ムードを晴らすニュースとしても世間に好意的に受け入れられた施策となりました。
2.スタッフで作るハロウィーン
森岡さんは当時日本でそれほど認知されていなかったハロウィーンに、認知されていない今だからこそUSJとして新たな取組みをしたいと強く考えました。しかしUSJにはハリーポッター開園までまとまった予算がなく、大掛かりな新施設を作ることはできない状況でした。
そこで森岡さんは園内のスタッフを来場者に襲いかかるゾンビにし、USJ全体をハロウィーンに仕立て上げる施策を打つことにしました。本来ハロウィーンは普段の生活とは異なるダークサイドな非日常を味わうもの、それをUSJでも行い、こちらも大きな話題を呼ぶ大成功となりました。
3.後ろ向きに走るジェットコースター
これが本書のタイトルにもなっている施策。2013年度に行われたものですが、これは2014年に開園するハリーポッターの前年ということもあり、翌年のハリーポッターを見据えて来場者の大きな減少が見込まれていた厳しい年度でした。
USJ側としてはなんとしてもハリーポッターを成功させるためにも来場者を落とせない時期なのですが、相変わらず予算がない状況が続いていました。
そこで森岡さんが打ち出したのが既存のジェットコースターを改造して、後ろ向きに走れるようなアトラクションへ進化させるという施策。これには新たな施設を作る必要はなく、来場者に新しい楽しみを届けることが出来ます。
それでもやはり社内からは安全性の問題など様々な異論が唱えられましたが何とかアイデアの実現にこぎつけ、結果こちらも大盛況となり、見事に翌年へのバトンを繋ぐことが出来ました。(ちなみに安全性に関してはきちんとデータが証明されているにも関わらず、感覚論での反論が多かった、とのこと。この辺の話はすごく自分に近しい話だなぁと思いました、)
チャンスには直感で飛びつける瞬発力を
森岡さんは年間売上規模の半分以上の巨額投資であるハリーポッター(450億円)を押し進められたのか、という部分も振り返っています。
それは森岡さん自身が「今この球を打ちに行かなければ、後々もっと難しい球を打たなくてはならないときが必ずやってくる」と心の底から思ったからだと言います。その理由には3つあったと言います。
その一つが、ハリーポッターが経年劣化に強い世界最強のブランドであるということ。テーマパークは1つの施設に巨額の投資を行わなければならないため、そのコンテンツの鮮度がどれほど持つのか、については非常に慎重に検討していると言います。例えば「E.T.」のような世界的に名作と認知されている映画でさえも、10年と持たずにパークから消えていきました。
しかしハリーポッターはそんな数ある世界的な名作の中でも別格で特別な存在であった、と森岡さんは分析しました。
その根拠は世界のみならず国内での圧倒的な認知度と支持率にありました。
ハリーポッターの映画を日本の映画館で見た人々は述べ7800万人と言われ、この数字はスターウォーズを始めとした名だたる名作のシリーズとも比較にならないほど莫大な数字です。
さらにハリーポッターは映画だけでなく、本としての価値も高く、日本の歴代ベストセラーTOP10に4冊もランクイン(本書発刊当時)しているそうです。
それは親が買って子供に読み聞かせて、さらにその子供が大きくなったらその子供に読み聞かせ、、というかたちで作品が何世代にも渡って愛され続ける好循環が生み出され続け、そこに加えて定期的にTVで映画が放送されることでそのブランド価値は息長く生き続けられるようになっていました。
単純な売上の観点ではなく、このようなブランド価値の経年劣化への強さが巨額の投資への決断の大きな材料となりました。
もう一つの理由が、ハリーポッターのプロトタイプが既に米国のUSJで稼働しており、成功を収めていたという点でした。そのため、日本での投資規模やそこから生まれる出来上がりの品質、顧客の反応などは先陣を切った米国のUSJを見ることで予測をすることができ、失敗のリスクを最小限に留めることができるという点がありました。
そして3点目、最後の理由がこの日本という人口減少マーケットにおいて、一刻も早く関西依存の集客体質を脱却して日本全国、世界中から集客できるような強いテーマパークにしなければならないという切実な思いがあったからです。
その大きな視野に立ったときに、ハリーポッターというコンテンツはやはり最強のコンテンツでした。日本でのブランド価値が異常に高い上に海外での認知度も非常に高い。先行きが読めない状況ではあったものの、2010年当時まだ多少余力の残っていたUSJがこのタイミングでハリーポッター開園の決断のバッドを振らなければ他のアジアの国に先を越されてしまい、将来を考えた場合非常に大きなリスクを抱えることになると確信したそうです。
社長を含め社内での猛反発のあったハリーポッターでしたが、森岡さんは将来を見据えた場合今決断しなければならないという確信があったため粘り強く社長を説得し、なんとか実現への舵取りを任せてもらえるまでになったそうです。
感想:論理では人は動かない、粘り強さと情熱が大切
敏腕マーケターの森岡さんは非常に数字に強く、何事も分析的に捉えて最適解を導き出す割とバリバリな論理派なキャラクターではあるのですが、その上でも本書の中で印象的だったのが森岡さんの情熱と粘りによって社内の意識を変えていった点でした。
森岡さんの一見すると突拍子もないようなアイディアは、やはり大きな組織では逆風にさらされることが多いという事実も伺えますが、それに対しても森岡さんはめげることなく、データを集めながらも熱意と粘り強さで自分のアイディアの実現に向けて邁進していました。
確かに自分自身の仕事を振り返ってみても、いくら論理的な説明ができても感情の部分で納得できていない相手を説得させることは不可能に近いことだとも感じます。
しかし森岡さんは自分の信念を貫くべく、社内を走り回りながら合意形成を行っていました。
USJをV字回復させたその手腕は非常に知的な印象を受けますが、その裏にあった森岡産の仕事に取り組む熱いすがたには学ぶべきものが多くあったように感じます。
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