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地名にちなんだ商標はなぜ炎上する?~AFURI商標事件を例に~ラーメン知財シリーズその2

らーめん屋さんの「AFURI」という商標をめぐってここ数日ニュースになっています。


「ラーメンと動物は視聴率を取るんだなぁ」が、ガースーこと元日テレの菅賢治氏の名言として知られていますが、実際、弊所noteでも、ラーメン知財の記事が最も読まれているところでありまして(その記事はこちら↓)、今回もそれについて詳しく調べていこうということです。

1.事件の概要整理

公開されている記事から時系列にそって状況を整理していこうと思います。
まず、らーめんのAFURIについては、「なんかコンビニでカップラーメンが売られているなぁ」ぐらいの感じでしか存じ上げておらず申し訳ありません。
AFURI株式会社による最初の商標登録(登録5342603)が2010年7月30日になされています。この登録商標の指定商品等は43類宿泊施設の提供~等となっており、らーめん屋さんを直接示すものではありません。

最初から、らーめん屋さんではなかったのかもしれません。会社名自体が「AFURI株式会社」ですから、この「AFURI」という言葉に対する想いが強いのかもしれません。
そうすると、ネット上の第三者による「異業種を叩くな」といった主張は的外れである可能性が高いです。

AFURI株式会社の上記のサイトによれば、最初は2001年に「ZUND-BAR」を厚木にオープンし、その後2003年「AFURI 恵比寿」(らーめん店)を恵比寿にOPENしたようです。
公式サイトでは、『「ZUND-BAR」のらーめんをより多くのお客様に味わっていただくため、オープンキッチン・カウンターで提供するスタイルで開業。』とあり、BARで提供したらーめんが好評だったので、らーめん店を出店し成功した、といったストーリーが推測されます。
2016年にはアメリカのポートランド、2019年にはシンガポールにも出店しています。

問題の「清酒」に関する最初の商標登録(第6245408号)は、2020年4月14日にされています。


https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2019-058625/D3EF77B33476933352BE8CC0B76008D472532C855FCE6D3B8B06F9A01CFB590D/40/ja

自社の商品・役務が有名になってくると、主な事業領域のみならず、様々な事業領域で登録商標を取得することが必要になってきます。
特に、BARからスタートした会社ということですから、酒類の商標について配慮することは当然かと思います。

一方の吉川醸造も創業は大正元年と古いですが

清酒「雨降(AFURI)」については、2021年に立ち上げ、海外での賞を受賞されています。

つまり、「AFURI」という表示に関しては、吉川醸造の方が明らかに後発組ということですね。

この時点で、らーめん店を海外展開していたAFURI株式会社は「むむ」っとなったかもしれません。日本のみならず、いずれ海外でぶつかる可能性が出てきています。紛争の火種は生まれていたわけです。

吉川醸造は、漢字の「雨降」について、指定商品を「清酒」とする商標登録(第6409633号)を2021年6月30日に得ています。
AFURI株式会社の登録商標(第6245408号)とは、指定商品が「清酒」で同一ですから、商標同士が非類似であった(共存できた)ということです。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2021-009325/D76232492C96035EF878C24CEAD31862F0ECC378439051C053D991F9B7ADCB1C/40/ja

2022年9月2日には、今度はAFURI株式会社側で「清酒」について商標登録(第6609896号)を得ています。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2022-050962/CD5532C88CE519187CF9283E6E4657BCA4640506AF92027F1EE85D67AA66678F/40/ja

さらにダメ押しでAFURI株式会社は2022年1月30日にも「清酒」について商標登録(第6646765号)を得ています。


https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2022-082763/AF32B8422F94B16D72269FF9CC72CAB619EC1CA936982FA774B681155B76ADF9/40/ja

これは見た目は違いますが「アフリ」と読めますね。

さらに2023年3月6日にも清酒について商標登録出願(商願2023-23182)をしています(現時点で未登録)。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2023-023182/6BBEDC7788DECE3FCB802CC5D674A121004006229A1EA3171E7E80A2E98C9986/40/ja


「清酒」に「アフリ」「AFURI」については絶対に使用させないといった意志を感じます。

これに遅れること約一週間、吉川醸造側も清酒について2件の商標登録出願(商願2023-32269,商願2023-32281)をしています。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2023-032269/591839C72997AE4D84EC2ADD961E77C925A6AD2595D1BA4E8C8F953AB65C13E7/40/ja


https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2023-032281/150CD76E5C76DF11F561D07E25C7CA29505D604DA30143734D206C2C4D2AEA11/40/ja

こちらは漢字から一歩踏み込んで「AFURI」、「あふり」との表示がなされています。実際の酒瓶のラベルにはこの「AFURI」が表示されているようです。逆に言えばこの表示が無ければ商標は類似しない、共存できるということです。
それでも「AFURI」を小さく付さなければならない事情というのはやはり海外の顧客意識でしょうから、どちらかといえば吉川醸造側の都合といえるかもしれません。
今回のもめごとは、この小さな「AFURI」をめぐってのことです。

冒頭の記事によれば、出訴前に2社での協議は行われていたとのことですから、この出願のタイミングの近さから、この時点で2社での話し合いが始まっていた可能性は考えられます。

2023年5月には日清食品からカップ麺が販売されています。私が最初にAFURIを認識したのもこれだと思います。

2023年3月の時点ですでに商標出願合戦が生じていますので、カップ麺の発売は著名性を高めるための一策であった可能性もあります。

そして、今般、吉川醸造としては本件係争に関して声明を発表するという事態に至ったようです。

このようにして整理してみると、どちら側にも言い分がある、そのように行動する理屈があるというのは理解できるかと思います。
AFURI株式会社からすれば、2000年代初めから事業を始め、それを有名にしたという自負がある。
一方で吉川醸造側からすれば、「AFURI」はもともと地名にちなんだもので、一社に独占されるものではないと考えられる。
ということかと思います。

2.炎上のメカニズム

現時点でAFURI株式会社による商標権侵害訴訟は正当な権利行使であり、安易な気持ちで第三者が非難してよいものではないでしょう。

しかし、先日の「ゆっくり茶番劇」商標事件のように、ネットではこうした商標権の権利行使は簡単に炎上してしまいます。

ひとつは素人でも「わかりやすい」ということ
もうひとつは「阿夫利山」という地名にちなんだものは、みんなのものであるから独占することは許されない→強欲な商標権者を叩くことは「社会的な正義」に基づく正当な主張であると「個人的な正義感」による情動的な行動を正当化しやすいことです。
このあたりは稲穂健市先生の「こうして知財は炎上する」や、

著者がPatent誌編集長として企画し稲穂先生に執筆頂いた2つの記事
「商標登録出願にかかる炎上事例に関する考察」と「商標登録出願にかかる炎上事例の今後」をご覧ください。

https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3487

https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4142

3.地名にちなんだ商標の過去の事件

地名にちなんだ商標に関する事件で、最も有名な事件として「ジョージア事件」があります。

ジョージア事件では「GEORGIA」に関し、単なる生産地に過ぎないとうことで商標法3条1項3号に該当し、商標登録できないものであるとの判断がなされましたが、「GEORGIA」が著名であったこともありその後3条2項による登録が認められたということです。

今回の事件では複数の登録商標があり、関係がやや複雑ですが、「AFURI/阿夫利」とされた登録商標については、「阿夫利」という文字が表示されていますから、「阿夫利山で湧き出た水を用いて製造した清酒」という考え方がなされれば、ジョージア事件と同じ判断ができるかもしれません。
一方でアルファベットの「AFURI」については阿夫利山との関係ははっきりとせず、これのみの商標については判断が分かれるかもしれません。音だけなら「アフリカ」とも似ていますし。こればかりは断言するような予想はできません。

4.今回の教訓

今回当事者のそれぞれの行動からそれぞれ学べることがあります。
AFURI株式会社の行動からは、知財法上は別に間違った行動をしていないが、それによって世間的なイメージに影響があった。ということでしょう。このあたりは我々弁理士も肝に銘じて、総合的に顧客にアドバイスをする必要があると思います。

また、吉川醸造側の行動からは、やはり商品販売前のネーミング決定時には登録商標調査をしておくべきだった。ということに尽きるかと思います。
「AFURI」が地名にちなむもので、それに対する正当性について第三者を味方につけやすいとしても、他社の知的財産権についての考慮が甘かった可能性は指摘されます。

どちらかが悪者ということは無く、どっちもどっちという印象です。
生温かく見守っていきましょう。

前川知的財産事務所
弁理士 砥綿洋佑