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現代に残る河童伝説、バンブーババとの出会い

チベット・インド旅行記
#42,マナリ

【前回までのあらすじ】ブッダガヤを旅立ったまえだゆうきとサーシャは、インド北部マナリへと辿り着いた。

マナリの村に到着したのはまだ夜も明けやらぬ早朝の5時。

バスのタラップから降り立つと、ざらめのような寝雪が靴底でざくっと音を立てた。
標高2050m、山間の集落はまだ眠りの中。
粉雪の舞う坂道を、サーシャと二人登っていく。

 
山の斜面の少し開けた所にはロッジ風の建物が集まっている。
おそらくゲストハウスだろうがまだどこも開いていない。
仕方がない。暗闇の中、先に温泉へと向かう事にした。

 
マナリの村の温泉は、小さな四角いプール状の浴槽に壁が付いただけのシンプルな露天風呂だ。
受付もなければ入浴料も無い。

壁には様々なヒンドゥー教の神様が掘り込まれていて、温泉というよりは寺院といった雰囲気も漂っている。

細い雪道を歩き、入り口のアーチを潜るとそこには石畳が敷かれていて、まずここで靴を脱ぐ事になる。

素足になったなら、そこからさらに脱衣場までの雪道を歩く。
雪が刺すように痛い。 

 
衣服を置くだけの簡単な脱衣場で服を脱ぎ、角を曲がるとようやく温泉が姿をあらわす。

壁のパイプからぬるま湯がじゃばじゃばと浴槽に注がれている。
水道やシャワーは無いのでそのまま肩まで湯に浸かる。


見上げればまだ暗い空の彼方から、粉雪がぽつらぽつらと降ってきて、湯に落ちては溶けていく。
温泉のぬくみと、外の空気の冷たさがコントラストになって、なかなかオツな温泉タイムである。
 
よくよく見ると、水面にアカやらなんやらがプカプカと浮かんでいたが、それには最後まで気付かないフリをした。

私とサーシャが宿泊したのは、温泉から徒歩数分にあるペンション風のゲストハウス「ネギ」
 
ごま塩頭の気のいい主人ネギは、手料理のタリーを振る舞ってくれたり、薪ストーブに火を起こしてくれたり、滞在中とても細やかにもてなしてくれた。

 
マナリでは、毎朝夜明け前に温泉に浸かり、薪ストーブのある部屋でヨガと座禅をし、ヒマラヤの雪解け水が流れる凍てついた小川で悲鳴を上げながら洗濯をした。

 
ゲストハウスの山道を下った通りにはちょっとした売店が立ち並び、日本語の本が置いてある古本屋もある。
サーシャとぶらぶらと本屋を覗いては、戦利品を手にまた山道を登った。

 

雪を被った杉林の山の向こう、冬の澄んだ青空に、ヒマラヤの山々が凛としてそびえている。

雪解けの水がチロチロと道端を伝う。
午後の陽光がまぶたに優しい。

そんな風に過ごしていたある日の夜、ゲストハウスの主ネギがやって来てこう言った。


「今夜は満月だから、山からバンブーババが下りてくるよ」。

「え?何?
バンブーババ?」

 
思わず聞き返した。

 

ネギの話によると、マナリの山奥のアシュラム(寺院)にはバンブーババというサドゥー(修行僧)が住み着いていて、満月の夜になると麓の村に下りて来て家々を回り、托鉢をするのだそうだ。

 
バンブーババは、その名の通り背の丈ほどもある大きな竹筒の水パイプを抱えていて、ボゴボゴと水パイプをふかした後は、地元の人も聴いた事が無いような不思議な歌を歌うと評判になっている。

 
まるで現代に残る河童伝説。
 

サーシャとネギと三人、バンブーババがやって来るのを心を躍らせて待ち構えた。
(サドゥーは妖怪ではありません)


そうして、あたりも静まり返った夜10時。
ギィとゲストハウスのドアが開いた。

バンブーババが入って来たのだ。

ヒンドゥー教の修行僧サドゥーは、その教えと修行の実践の為、髪の毛や髭を切らないまま一生を過ごす。


バンブーババも例外ではなく、頭の上にモップを乗せているんじゃないかというぐらいの、もっさもさのドレッドヘアーと髭をたくわえ、枯葉色の袈裟をまとい、背中にはガンダムバズーカほどの大きな竹筒を背負っている。

 
ババは、私たちが待つ薪ストーブのリビングまでやってくると軽く挨拶を交わし、地べたにあぐらをかいて座り込んだ。
 
 
ババはうつむいたままブツブツとヒンドゥー教のマントラ(真言)を唱えている。
 
私たちは神妙な顔つきでそれを聞き入っている。


そして読経が終わると、ババは大きな竹筒を体の正面に構え、ディジュリドゥ(アボリジニーの民族楽器)を吹くような姿勢で水タバコを燻らせはじめた。

長い竹筒の真ん中ぐらいにパイプがはまる小さな穴が開けられており、そこにパイプを差し込んで大きく息を吸い込むのだ。
 
全長1メートル半はある巨大な水パイプを吸い込んだババのお腹は大きく膨らんだ後、ぶおーと音を立てながらババは天井に向かって煙を吐いていく。

 
頭を垂れ、事の成り行きを見守る私とサーシャ。
ネギもありがたそうに頭を垂れている。

  
そんな儀式を二度三度繰り返しただろうか、ババは竹筒を脇に置き、目を閉じたまま体を揺らし始めた。
 
 
ババの口からお経のような、旋律のような、不思議なメロディーが流れてくる。

 

そっと耳をそばだてる。

 


…え~を~
…い~て~
…るこ~お~



「ん?」
聞き覚えのあるフレーズに思わず首を傾げた。

 

サーシャとネギは、ありがたそうに手を合わせている。
 
 

…みだが~
…ぼれ~ない…おおに~

 


まさか…これは…。
思わず身を乗り出して聴く。

 


…いだす~…つのひ~
…ぼっちのよる~

「ババ!それ、『上を向いて歩こう!』」

 
サーシャとネギがびくっとして私の方を見た。
ババもこちらを見ている。


「いや…、だから…、
それ、『上を向いて歩こう!』」


 
私は慌てて部屋からギターを持ってくるとチューニングを合わせてギターを鳴らした。
 
えっと、確かGだったかな…。

 

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日
一人ぼっちの夜

作詞作曲・坂本九

 
 
事態が全く飲み込めないでぽかんとしているサーシャとネギ。
「え?何?何でユーキが歌ってるの?」
畏怖の眼差しで私をじっと見つめている。

 

一方、ババは全てを分かったかのように優しく微笑むと、そっと私の旋律にユニゾンを重ねた。

 
 
幸せは雲の上に
幸せは空の上に

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く
一人ぼっちの夜…
 

話によると、バンブーババはインドの人ではなくタイの生まれなのだそうだ。

 
若い頃、タイのラジオから流れてきた「スキヤキ」の歌を口ずさんでいたババ。
 
ある時出家を志し、山を越え、国境を越え、ここマナリの地に流れ着き、山奥の寺でサドゥーとして生きる事になったのだそうだ。

 
バンブーババと私はがっしりと握手を交わし、そしてババはまた山に帰っていった。

 


ババの居なくなったリビングに薪ストーブの火がチロチロと燃えている。
さっきまでの出来事がまるで夢のように、ゆらゆらと影だけが揺れている。

 

「もしかしたら、ユーキがマナリにやって来たのは、バンブーババに会う為だったのかもしれないな」。

 
サーシャがぽつりと言った。

 

確かに。
世の中、不思議な事もあるものである。

 

サーシャは妙に得心したかのように言葉を繋いだ。


「そろそろ俺たちも次の土地に行くべき時なのかもな…。
よし、次の目的地はヨガの聖地、『リシュケシ』だ!」

 

ヨガの聖地、リシュケシ…。
サーシャと二人、修行の旅は続く。

→リシュケシュ編に続く


【チベット・インド旅行記】#43,リシュケシュ編はこちら!


【チベット・インド旅行記】#41,ブッダガヤ④へはこちら!


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