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田中あき子
2023年2月27日 23:30
波濤の章キタイの翁(3)「さあ、組み立て作業をお見せしましょう」微笑ましいやり取りを見ていたヤズドが、組み立て場の扉を開いた。 着任直後に見た時に工事中だった建物は完成して、部品の組み立てが始まっていた。 長い腕の先に大きな滑車をつけた吊り上げ機が何台も並び、巻き上げられる綱の先には、さまざまな形に組まれた船の部品がゆっくり動いていた。釘を打ち付ける金槌の音、作業を指示する監督の声が、高
2023年2月24日 23:41
波濤の章キタイの翁(2) 四月も半ばを過ぎて雪解けが進むと、白玲とオッサムは農村の視察を始めた。 温暖な輝陽国の農村で育った白玲にとって、アンザリ領の農村の厳しさは、想像を超えたものだった。ルーン川の沖積平野に広がる農地は平坦だが、寒さのために米はほとんど収穫できず、麦や雑穀、芋類が主な作物だった。度重なる冷害に備えるために、皇衙の技官が寒さに強い作物の栽培を勧めたが、その成果は全ての領地に
2023年2月23日 23:03
波濤の章キタイの翁(1) 着任してふた月ほど過ぎた頃、白玲はトーランを伴って、カナン郊外の村を訪ねた。キタイの翁は、細い運河に面した小さな家に妻と二人で住んでいた。老夫婦は、白玲とトーランを喜んで迎えてくれた。 頬に魔除けの入れ墨のある翁はテンライと名乗り、前歯の欠けた口を開けてよく笑った。テンライの妻も人の良い老女で、白玲たちのために茶菓の用意をしたり、テンライの言葉で聞き取りにくいところ
2023年2月22日 11:22
波濤の章アンザリ領 カナンガンはルーン川の河口に位置し、河川水運と同時に氷海沿岸の漁業の拠点になっていた。川岸に沿って、大きな倉庫や水産物の加工場が並び、その中でも一際目を引く建物が、白玲たちが目指す造船所だった。 造船所の敷地に入った白玲は、積み上げられた木材を見て、思わずため息をついてしまった。水に浮かぶ大型船が、どこにもなかったからだ。「試作船は完成しましたが、本当に造りたい船は、
2023年2月19日 17:19
波濤の章アンザリ領(1) 月蛾国の最北にあるアンザリ領は冬が長い。南部のカシャンやナーリハイで雪解けが始まる頃になっても、大地は深い雪に覆われている。白玲とオッサムが、アンザリ領の領都カナンの皇衙に着任したのは、そんな時期だった。 着任早々、皇衙を預かる領事は、白玲とオッサムにルーン川沿岸の視察を命じた。 月蛾国随一の大河ルーン川は、国のほぼ中央を南から北へ流れて氷海へそそぐ。冬季には、
2023年2月14日 22:43
波濤の章湖州(2) 陽帝の親書を携えた使節は、南湖太守に当てつけるように、南湖鎮から内海を渡る道を進んだ。表立って使節を阻止できない太守は、使節を歓待するふりをしながら、陽帝の真意を探ろうと画策した。その一方で、月蛾国のナーリハイ辺境伯にも密使を送り、使節の暗殺を依頼した。 しかし月蛾宮と事を構えたくないナーリハイ伯は、のらりくらりと返事を先延ばしして、その間に陽帝の使節はナーリハイ領を通過
2023年2月10日 11:43
波濤の章湖州(1) 白玲がカナンの街に足を踏み入れた頃、輝陽国では水面下で攻防が続いていた。 暁光山宮から派遣された巡察使が湖州に入り、二十年ほど前まで遡って、暗紫関の通過記録と南湖鎮の港の記録を調べ始めたのだった。 南湖太守は突然の査察に異議を申し立て、その意図を明らかにするように迫った。しかし巡察使は「陽帝陛下の勅命で仔細は言えぬ」の一点張りだった。これに対して南湖太守は、表立って反
2023年2月7日 22:36
波濤の章漂流者 白玲が月蛾国へやってくる前々年の夏、氷海沿岸を大嵐が襲った。 激しい風雨が三日三晩続き、荒れ狂った波が繰り返し岸辺に押し寄せた。嵐が去った後、砂浜は波に削られ、海岸線はすっかり変わっていた。 数日後、ようやく穏やかになった波打ち際に、三人の男を乗せた小舟が漂着した。船底に横たわっていたのは、キタイ国の男たちだった。浜辺に海藻拾いに来た子どもたちが発見し、村人が手厚く介抱し
2023年2月5日 22:18
流転の章カナンへ(2) 会試と殿試に合格して官吏として出仕する者は、まず三か月の研修を受ける。そこで改めて、法律と官吏としての基礎知識と規則を学ぶ。この研修が終わると、会試の合格者はそれぞれの役所に配属される。 一方、殿試の合格者には、さらに数か月間の朝政殿執務室での実習が課される。そしてそれが終わると、春が来る前に各領にある皇衙に配属されて、最低二年間はその地の情勢や民の暮らしを見聞するよ
2023年2月4日 16:41
流転の章カナンへ(1) 殿試の合格発表の日、白玲はアルシーと一緒に外朝の広場へ向かった。 広場にはすでに多くの人が集まっていて、合格者の名前を書いた掲示板が掲げられるのを、今かいまかと待っていた。やがて大きな木の板を抱えた官吏が、ひしめく人々を下がらせて掲示板を立てた。 我先にと名前を探す人々の後で、白玲は立ったまま動けずにいた。「どうなさいました? 早く見に行きましょう」アルシーが腕
2023年2月1日 10:43
流転の章オラフ(3) 宿駅に落ち着いたオラフは、真面目な働きぶりで親方の信頼を得た。 白玲の馬車を見送ってから三か月後、オラフはユイルハイへ向かう馬車を見送った。今度は馬車の窓に薄絹はなく、毛皮の帽子を被った娘の横顔がチラリと見えたが、それが白玲かどうかはわからなかった。やがて雪が降り始めると、宿駅の馬を使う旅人はめっきり減ったが、オラフはその冬をこの宿駅で過ごした。 やがてアラムの花の