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月と陽のあいだに 166
流転の章
カナンへ(2)
会試と殿試に合格して官吏として出仕する者は、まず三か月の研修を受ける。そこで改めて、法律と官吏としての基礎知識と規則を学ぶ。この研修が終わると、会試の合格者はそれぞれの役所に配属される。
一方、殿試の合格者には、さらに数か月間の朝政殿執務室での実習が課される。そしてそれが終わると、春が来る前に各領にある皇衙に配属されて、最低二年間はその地の情勢や民の暮らしを見聞するように求められた。
白玲は、北のアンザリ領の皇衙へ赴任することになった。一緒に赴任するのは、ナーリハイ領の平民出身のオッサムという若者だった。
オッサムは口数の少ない男で、白玲が皇女だというだけで最初から突っかかってきた。お互いに嫌なヤツだと思っていた。
白玲にとって、研修期間は楽なものではなかった。多くの合格者は、白玲の『皇女』という立場に嫉妬し、「女に何ができる」と侮蔑の目を向けた。それを跳ね返すためには、彼らと同じように頑張ったのでは足りなかった。彼らより多く努力して、彼らを超える成果を上げなければならなかった。そんな白玲を見直し、その成果を同情でも憐れみでもなく評価した同僚の一人がオッサムだった。
一方のオッサムは、平民出身でありながら首席合格したために、やっかみと蔑みの的になっていた。そしてそれを実力で跳ね返したところは、白玲と同じだった。
負けん気の塊のような白玲と無愛想なオッサムは、仲が良いとは言えないが、互いのやり方を認めて邪魔をしない程度には親しくなった。
皇衙のあるアンザリ領の領都カナンへは、白玲は一人で赴任するつもりだった。しかし、身辺の安全と宮へ暮らし向きの報告をするために、アルシーと護衛の近衛士官が一人、同行することになった。
「お姫様はお供連れで結構なことだな」
一緒に赴任するオッサムには、さっそく嫌味を言われた。
「護衛の士官は駐在武官だし、アルシーは皇衙の秘書でもあるんだから、私のためだけについてきてくれるわけじゃないわ。あなただって助けてもらうことがあるかもしれないんだから、失礼なことを言わないでね」
平気な顔をして言い返す白玲に、オッサムはぷいと横を向いた。
「そう言えば、ハクシン殿下には赴任のことをおっしゃったんですか?」
馬そりから景色を眺めている白玲に、アルシーがたずねた。
「最後に図書館で会ったときに伝えたわ。便りを出し合うことにしたの」
ずいぶん仲良しになられたんですね、とアルシーが笑った。素敵な子だから、と白玲も微笑んだ。
二人の前に広がる平原は雪に埋もれて、わずかに青みを帯びて輝く丘に、春の気配はまだ遠かった。
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