見出し画像

月と陽のあいだに 164

流転の章

オラフ(3)

 宿駅に落ち着いたオラフは、真面目な働きぶりで親方の信頼を得た。
 白玲の馬車を見送ってから三か月後、オラフはユイルハイへ向かう馬車を見送った。今度は馬車の窓に薄絹はなく、毛皮の帽子を被った娘の横顔がチラリと見えたが、それが白玲かどうかはわからなかった。やがて雪が降り始めると、宿駅の馬を使う旅人はめっきり減ったが、オラフはその冬をこの宿駅で過ごした。

 やがてアラムの花の便りとともに、白玲が官試を受けるという知らせがサージから届いた。領試は人が多すぎるから、狙うなら会試だという助言もついていた。領試は狭き門だが、白玲ならきっと合格するだろう。そう思ったオラフは、準備を始めた。

 会試が行われる数日前、オラフは親方に休みを取りたいと申し出た。去年働き始めてから、オラフはほとんど休みをとっていない。親方は快く認めて、ユイルハイまで宿駅の馬を使うことを許した。

 会試の朝、オラフは小さな布包みを抱えて試験会場を目指した。包みの中の壺には油が満たされ、導火線代わりに紙のこよりが仕込まれていた。
 受験者の見送りの人々に混じって、オラフは白玲の姿を探した。
 しばらく待つと、護衛の騎馬に守られた馬車から、黒髪の娘が降りてきた。男ばかりの受験者の中で若い娘は目立ったから、人混みの中に自然と道ができた。
 オラフはまわりの人々をかき分けて前へ進んだ。導火線に火種を押しつけ、壺の布を外した時だった。目の前にぽっかりと空いた隙間から、白玲の姿が見えた。付き添っていた身なりの良い男が、その肩を抱き寄せると何ごとかささやいた。
 全身の血が一気に頭に上って、オラフの体がぐらりと揺れた。一瞬目を閉じて息を整えると、オラフは白玲目がけて壺を投げた。

 ガッシャーン!
 壺が割れて油が飛び散り、火花がそれに燃え移った。焦げ臭い匂いが広がって、まわりにいた人々から悲鳴が上がった。オラフは逃げ惑う人々に紛れて走り出した。一度だけ振り返ると、白玲はすでに建物に入るところだった。
「失敗か……」
 胸に広がった苦い思いの下で、ほっとした気持ちが揺れたのに気づいた。オラフは顔を歪めると、足早に人混みから遠ざかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?