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【第4話】調査票設計の工夫 ~比較のしやすさとローカライズ~

グローバル市場でのマーケティングリサーチ(以下、グローバル調査)のプロセスや重要ポイントを全6回で解説する本連載。
前回は消費者に対するアンケート調査の回答結果を事例として、国・地域による回答傾向と、それに伴って弊社のお客様からよくいただくグローバル調査で生じる質問・課題についてご紹介しました。
今回は、その課題を踏まえ、「調査票の設計」段階において留意したい点について解説します。調査票の作成には専門的な技術が要求されますが、グローバル調査においても基本部分は自国(1か国)調査と同じです。そこで、本記事では特にグローバル調査だからこそ考慮したい点に絞ってご紹介します。


1.「尺度で評価する質問」を比較・解釈しやすくするには?

日本と他の国・地域で同じ質問を聴取して回答スコアを比較する場合、比較的極端な回答傾向(とても買いたい/全く買いたくない、など)がある国・地域と、比較的中間的な回答傾向(どちらとも言えない、やや買いたい、など)がある国・地域のスコアの比較について、グローバル調査を行う際によく質問をいただきます。(前回記事で紹介したケース1)

グローバル調査の結果についていただく質問例

こうした問題への対処法にも色々なものがありますが、ここでは調査票の設計段階で対応できる工夫をご紹介します。それぞれに利点と注意すべきポイントがありますので、詳しく解説していきたいと思います。

▎工夫その1:競合品など、他の商品の購入意向も測定して、相対比較する

利点:商品X以外に、上の図の商品M・Nのような競合商品についても購入興味を尋ねておくことで、商品Xの相対的な強さがわかりやすくなります。
注意点:あくまでも、それぞれの国の中での商品X・M・N間の差であり、比較している商品M・Nも国によって人気や購入意向は異なります。

▎工夫その2:購入したい商品を1つだけ選んでもらう

購入したい商品を1つだけ、または、1~3位など順位をつけてもらうことで、データを解釈しやすくします。

利点:どの国も同じ条件となり、特に複雑なデータ加工などをすることなく比較しやすくなります。
注意点:選ばれた商品に対して非常に強い購入ニーズがあるのか、それとも強いて選べばその商品になるだけなのか(実際にそこまで欲しいわけではないのか)といった「購入に対する熱意の度合い」は、これだけでは正確には判断しづらい部分があります。

2.「複数回答形式」の設問を比較・解釈しやすくするには?

グローバル調査を行う際によくいただく質問の2つ目に、複数回答設問で多く選択する傾向がある国・地域では、多くの選択肢が一定以上のスコアとなり、商品の特性や魅力がどう認識されているのか、その強弱が見極めにくい点があります(前回記事で紹介したケース2)。これについても調査設計に工夫をすることで、データを解釈しやすくします。

グローバル調査の結果についていただく質問例

▎工夫その1:複数回答と単一回答などを組み合わせる

複数回答で尋ねた後に、単一回答または「特に重要なものを3つまで」のように選択個数に制限をつける質問を続けることで、データを解釈しやすくします。

利点:全体像を二段階で掴むことで、結果の濃淡がよりはっきり見えてきます。
注意点:「最も重要な理由」を尋ねても、例えば「価格が安かったから」など非常に予想しやすいものが上位となり、新たな発見につながりにくいこともあり得ます。ただし、これは質問や選択肢の作り方を工夫するなどの点でも改善は可能です。

▎工夫その2:比較対象となる商品を測定して、相対比較する

利点:商品Yの相対的な特徴がわかりやすくなります。
注意点:この場合も、消費者にブランド間の差異が明確に認識されていないことには、比較をしても意味のある差が見いだしにくい場合があります(商品Yのことはよく知っていても、商品Sのことは知らない回答者が多い場合など)。

▎工夫その3:複数回答ではなく、1つ1つの項目を尺度(スケール)で尋ねる

利点:複数回答よりは、評価の強弱が見えやすくなることがあります。
注意点:評価項目数が非常に多いと、結果の見極めが難しくなる場合があります。

3.設問形式の決定に最も重要なこととは!?

調査票の設計段階においても、工夫できることが色々あることをご覧いただけたかと思います。そして同時に、どの方法でもメリットとデメリットがあるので、完璧な方法はないということも事実だと思います。

では、最終的に設問形式はどう決定するのがよいのでしょうか?
分析時に用いる統計手法が決まっている場合、分析に適した形式のデータが取れるようにしておく必要はあります。ただし、その上で最も重要なポイントは、常に「この設問で最も明らかにしたいことは何なのか」「この設問から得たデータを後でどのように活用したいのか(意思決定の用途)」という調査の目的、さらにはマーケティング施策の目的に立ち返って、優先度の高い情報・低い情報を取捨選択することだと言えます。迷ったら、もとの趣旨・主目的を振り返りましょう。

4.質問・選択肢を、対象地域の事情に合わせる(ローカライズする)には?

ここまでは、同じ質問・選択肢に対する回答結果をできるだけ同じ条件で簡単に比較するために、調査票の設計段階でできる工夫を見てきました。

他方、調査や質問の目的によっては、むしろ質問文や選択肢をできるだけ各国・地域の特有事情に合ったものに調整することが求められる場合も非常に多いです。これを「ローカライズ」と呼ぶことにしましょう。

▎例1:収入や利用サービスを尋ねる質問(通貨単位や市場の主要プレイヤーをローカライズ)

複数国を対象とした調査で、それぞれ回答者の収入(所得)を尋ねたい場合、日本向けであれば、下記のような質問文・選択肢の設問が考えられます。

これが他の国、例えばベトナムで実施する調査票だったら、すぐに作れるでしょうか。本連載の第1回でも触れたように、自国について持っているデータや感覚の量と比べて、他国・地域についてのそれらは少ないため、難しく感じられます。

具体的にはまず1点目に、もちろん通貨単位が異なります。ベトナムの調査であれば、円ではなく、ドンにする必要があります。
2点目に、ベトナムの収入実態に合うように選択肢を作ることは簡単ではありません。そのためには、本連載の第2回でご紹介した「二次データ」の活用などが有効です。
さらに、3点目に考慮する点として、日本の慣例で考えれば世帯収入といえば一般的に「年収」で表現・把握すると思いますが、世帯収入に「月収」が用いられる国も多くあります。ベトナムもその1つですので、アンケートでも「月収」として尋ねることが多いです。

こうしたローカライズは、金額や地名などを尋ねる質問以外にも、ブランド名、商品・サービス名、店舗名など、その国・地域の主要プレイヤーに合わせた選択肢を提示する質問を作成する際には重要です。
普段使用しているSNSを尋ねる質問であれば、例えば日本と中国ではシェアの高いサービスが異なりますので、それぞれに合った選択肢を提示することが必要です。

▎例2:アルコール飲料に関する質問(法・制度・文化に応じたローカライズ)

色々な国で共通設問として、「日頃よく飲む飲み物は何ですか?」といった飲料ジャンルの質問をする場合を考えてみましょう。できるだけ全ての対象地域で共通に尋ねたいですが、イスラム文化圏の地域では一般的に飲酒は禁止されているため、該当する国・地域でこの質問をする際には、選択肢からアルコール飲料の選択肢は通常除いてローカライズします。

また、複数の国で「アルコール飲料に関するインタビュー調査」の実施企画を立てているとします。この場合、国・地域によって飲酒可能となる年齢が異なりますので、対象者として呼べる方の最低年齢条件が調査実施地域によって異なってきます。これは調査票ではなく、いわば「調査企画のローカライズ」と言えるでしょう。こうした、法・制度・文化などに応じたローカライズもグローバル調査特有の注意点です。

5.まとめ

今回は、グローバル調査の調査票設計のポイントとして、国・地域による回答傾向を踏まえた上での工夫や、調査対象地域に即した内容にローカライズするためのポイントをご紹介しました。

繰り返しにはなりますが、調査票設計において唯一絶対の正解方法というものはなく、何かの側面を重視して設問設計をすると、別の何かの情報が失われるといったトレードオフが発生せざるを得ない場合が多くあります。重要なのは、調査・マーケティングの目的に最も沿うデータを得るにはどうすればよいか、という基本原則に立ち返って優先すべき基準を選択し、かつ、対象地域の回答者に答えやすいものになっているかという視点で考えることです。

次回は、グローバル調査の「実施・運用場面」に関連するポイントについてご紹介していきます。

この記事を書いた人

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