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キッチンに立つ人には敬意を払うべき|『グレート・インディアン・キッチン』

Twitterで流れてきて、「うわ〜これは観なければならない映画だ!」とビビビと来てたインド映画『グレート・インディアン・キッチン』を鑑賞しました。

購入したパンフレット。充実した内容で買って損なし!

インド、ケーララ州北部を舞台に、ある一組の夫婦の姿を通して、インドの中流階級に根強く残る家父長制やミソジミー(女性嫌悪、女性蔑視)を鋭く描いた一作。
本作は配信限定の作品で、(映画祭を除いて)劇場にて一般公開されるのは日本のみだそうです。大手から配信を断れたが、インド本国でも女性観客の支持を得て、口コミで話題と評判が広がり、大手配信メディアも遅れて配信するに至ったという経緯があります。

わたしは映画に登場するごはんが好きで(不味そうなものも含めて)、劇中に登場する調理シーンやキッチン、厨房を観るのも好きです。ただ本作に限っては、キッチンという場所がある人※にとってはまさに監獄のような場所になってしまい、悲しくてムカついて、とんでもない感情にさせる名作でした。

※本作では女性が主人公ですが、監督は男性です。しかも監督自身が奥様の妊娠中に家事を担ったことから着想を得ているので、上記では「女性にとって」ではなく「ある人にとっては」と記載しました。

(C)Cinema Cooks, (C)Mankind Cinemas, (C)Symmetry Cinemas

高位カーストの男女がお見合いで結婚するシーンから映画が始まります。冒頭は幸せな未来を感じさせ、まさにグルメドキュメンタリーのように鮮やかで楽しい料理シーンが映し出されます。

夫は由緒ある家柄の出身で、伝統的な邸宅に暮らしている一方、中東育ちで教育もあり、モダンな生活様式になじんだ妻は、一生懸命に家事をこなそうとします。しかし次第に、奉仕し続ける毎日に疑問を持ち始める…。

毎日の朝食、昼食、夕食を作るルーティン自体は素晴らしく美しい作業だと思う。しかしそこに敬意や尊厳、愛情がない場合は、ただの過酷労働の何者でもない。料理を作る喜びも食事の楽しさも、感じることが一切できなくなってしまう。

出来立てを要求する夫。お前が取りに来いや

本作は内容やテーマがクローズアップされていますが、映画として単純に描き方や脚本が上手だと感じました。忙しいながらも家事をこなすやりがいを感じさせる冒頭から、ただ食べるだけの男たち(しかも食後のテーブルは汚れ放題)とキッチンに残った汚れ物、汚水の処理などが、何度も重ねて描かれ、徐々に不穏な雰囲気を帯びてくるルーティンの捉え方が秀逸です。

男たちにとっては妻が突然キレたと思うかもしれないが突然ではない。毎日の積み重ねが原因なのだが、果たしてそれが理解されるのか怪しいなと思う。

鑑賞中、何度も「お前がやれや」と心の中で言ってしまい、わたしの中の殺し屋が仕事をしそうになった。
家で食事のマナーを守らない夫は、外食時にはきちんとマナーを守る。それを妻に冗談でも指摘されると夜まで不機嫌で話をしようとしない。中盤に登場するブラックティーおじさん(親戚)は強烈だが、実際にこういう人はいるので、もはやホラーです。

恥かしながら映画を観るまで知らなかったのですが、インドで生理は不浄なものと見なされる考え方が今もあるそう。本作の主人公は生理中は部屋に閉じ込められ、外はおろか家の中を歩くことを禁じられます。思い出すだけで涙が出そうです。

ラストは希望がある終わり方で幕を閉じます。
彼女は中流階級の出身で、自分で選択をすることができましたが、この選択ができない女性も多くいるはず。そして彼女のような行動を望まない女性もいるはずです。しかしいずれにしろ、そこには必ず尊厳と、自分で選べる選択肢があるべきです。
虐げられたキッチンは地獄だが、自ら望んで立つキッチンはコックピットであり、気分転換の場であり、食という幸せを作れる場所。ふだんのごはん映画ではここまで考えることが出来ないので、とても貴重な映画を鑑賞できて本当によかったと思っています。

▼▼『グレート・インディアン・キッチン』に登場するごはん▼▼

本作の公式パンフレットが800円という一般的な価格なのですが、プロダクションノートのほかに、文化人類学者・古賀万由里さんコラムや、文化背景を知れるトリビアなど、非常に充実した素晴らしいパンフでした!

その中で、南インドのケーララ州出身のタレント・ラジオDJのサニー・フランシスさんによる劇中に登場する料理解説もあり、これが読んでいてすごく面白かったです。(こういう情報を載せてくれるパンフは助かるなぁ)

公式パンフレットには料理解説もあり

劇中、細い白いビーフンのようなものが気になっていたのですが、「イディヤッパム」という料理でした。米を挽いた粉とココナッツのすりおろし、水、油を混ぜて練り、専用の器具で麺のように絞り出し、蒸し器で蒸す、というなんと手間のかかること!いつか食べてみたいけれども。

ココナツ・チャトニは公式Twitterでも紹介がありました。写真のように石臼で潰す作業も大変そうなのですが、ココナツを削る作業もめちゃ大変そうだった…。

日本のカレーは作り置き&冷凍で、時間を置く方が美味しいと思ったりもしますが、暑い南インドのカレーは野菜やスパイスなどフレッシュさが重要なようで、朝から女性たちは手間のかかる料理を一から作っていました。

料理シーンを真上から撮影するカットが多く、食材や料理方法がよく分かる。ドーサ(南インドの甘くないパンケーキ)を作るシーンは何度も描かれます。

引用:https://feminisminindia.com/2021/02/01/the-great-indian-kitchen-nimisha-sajayan/

ウニ・アッパム(ウンニアッパム)というたこ焼きのような揚げ菓子は、冒頭に登場します。以前、インドの食ドキュメンタリーを観たときも感じましたが、インド料理はかなりたくさんの油やバターを使いますよね。カロリーがすごそう!


上映劇場も少ない作品なのですが、時間のある方はぜひ鑑賞してほしいし、このような映画がインドから発信されていることを、ぜひ知っていただけたら嬉しいです。


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