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「幻想」のありか

「湾岸線浜浦駅高架下4:00A.M.(土、日除ク)」という、長くて奇妙なタイトルの舞台を見たのは大学3年の頃、2017年だった。

下北沢のザ・スズナリで上演されたこの作品を、私は計4回観たが、まだ観たりなかった。今でも頻繁に思い出しては、ああまた観たいなと思う。26年間のうちで、今のところ1番「刺さった」舞台だった。

劇団燐光群がこの作品を公演していた数日間、私はお客様のお迎え、客席の片付け、お見送りというお手伝いのようなことをしながら、作品を観せてもらっていた。

本番前、ストレッチ(なのかヨガなのか)を始める女優さんや、あの空間に漂っていたお香のような不思議な香り、差し入れのお菓子の山、ジョギングをして帰ってきたという俳優さん。

言われたこと以外は何をしたらいいか分からず、居心地の悪さを持て余して、ただロビーに立っていた。

演劇を自分がやろうとは考えてもみず、役者さんや裏方さんたちを、別世界の住人のように思った。


不思議な舞台だった。

登場人物には名前がなく、肩書きも年齢も、家族構成も不明だ。ある高架下に宿っているらしい彼らは、互いをアイドルの名で呼び合う。(松田聖子は知っているが、佐良直美は知らなかった。)

不穏な雨、カセットから流れ出す昔のアイドルの音楽、爆破した製菓工場からはキャラメルの雨が降る。舞台の隅にある本物の金魚の水槽。(この水の中で、役者は顔を洗ったり、アーモンドチョコレートを浸したりする)

暗転が幕代わりだ。幽霊電車が走るゆっくりとしたリズムのピアノ音楽が、段々と大きく、やがては腹で震えるほどにまで大きくなる。(そして不意に明るくなる、無意識の底から引き摺り出されるように。)あの時の闇は、本物の、自分の鼻がなくなったと錯覚するような、そういう種類の闇だった。

役者の声を、台詞のリズムを、今でもよく覚えている。

線路の行き止まりのような場所にたどり着く。終わりの言葉を頭に胸に刻みつけるように見た。

ユメヲミル…
アンタハユメニデテコナイ…
ハシッテルハシッテル…

キメタ…
キョウハアンタノユメヲミヨウ…

頭の中で、台詞を反芻する。

どこにも「ない」あの場所へ、どうにかしてたどり着けないものか、私はまだ諦めきれずにいる。

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