お金を知らない子

(1)
電気製品に囲まれて便利な社会で育った子どもが江戸時代に行ったとしたら?
便利なスマホも役には立たないですよね。
 
 
今まで住んでいた社会のシステムがまったく違うシステムの社会に行ったとしたら?
そんなドラマや映画はいっぱいありました。
 
 
今回は
未来で実現するであろうお金のない社会からお金の要る社会へ子どもが迷い込んでしまう話です。
 
 
主人公は男の子が良いのか女の子が良いのか?
何歳が良いのかを考えていたら「12歳の男子」
と思い付きました。
 
 
「12歳の少年が世界を変える!?」
という小説に合わせました(笑)
社会のシステムはなんとなくわかる男の子です。
名前はやっぱり「稔君」にしょう。(笑)
 
 
迷い込んだ場所はどんな場所にする?
そして
どんなことに不思議を感じるんだろう?

主人公:希望稔(きぼうみのる)
店長:大空健司(おおぞらけんじ)
店長の息子:大空優希(おおぞらゆうき)
優希の幼友達:心(こころ)



(2)
稔君は「希望稔」という小学6年生の男の子です。
家族でスキー場に遊びに来て、一人でスノボーを使って遊んでいたところ凹地に落ちて気を失い気がついて元に戻ってみたら誰もいない。
 
 
「スキー場に誰もいないなんてどういうこと?」
焦った稔はさっそくスマホを取り出して父親に電話してみた。
「あ!お父さん?」
「稔どこへ行ったんだ。みんな心配してるぞ」
「スキー場には誰もいないじゃないの」
「あ~そうか」
 
 
お父さんにはすぐわかったようです。
「あのね、心配しなくて良いよ」
「僕はどうなったの?」
「違う次元に行ってるんだよ」
「え~!そうなの?」
「心配しなくても戻れるから安心して」
「すぐ戻れるの?」
「すぐ戻れるけど、どうする?」
「どうするって?」
「違う次元でいろいろ冒険してみるのはどう?」
お父さんは稔に体験して欲しかったようです。
 
 
「何を冒険するの?」
「そっちの世界は一つ前の次元だと思うんだよ」
「それが僕にはわからないよ」
「学校で歴史を学ぶより体験で学んだほうが良いと思うんだよ」
「なるほどね」
「帰るのはいつでも出来るから心配しないで」
「うん。わかった」
「でも、スマホだけは無くさないでくれよ」
「疑問に思ったんだけどね何で電話できるの?」
「最近通信技術が新しくなったんだよ」
「へ~そんなんだ」
稔はそれが何だか聞く気にはなれなかった。
聞いたところで理解するはずが無かったらである。
 
(3) 
電話を切った稔は
「さて、これからどうすれば良いの?」
とつぶやきながらゲレンデのレストランに向かった。


稔はレストランに近付いて違和感を感じた。
異様な臭いであった。
それは建物の裏側から漂う生ゴミの異臭である。
気になっていたが
「とりあえず何か食べよう」と。
 
 
入り口に立つとドアが開かない。
何度かかかとを上げたり下ろしたり。
しばらくすると店員がやって来てドアを開けた。
「このドアは自動ドアじゃないの?」
「停電になったら困るから自動じゃないんだよ」
「山の中だから?」
「そうなんだよ。ところで一人なの?」
「はい」
「食事をするの?」
「はい。お願いします」
「お金は持ってるの?」
「お金って何ですか?」
「え~?」
 
 
稔はレストランでは
「食事をお願いします」と言えば食べることが出来ると思っていた。
 
 
「店長」
「何だ」
「この子はお金を持っていないんですけど」
店員はお金を持たない子どもの対応に困っていた。
 
 
店長が近付いて
「坊や、お金を払わないで食べるつもりだったの?」
「お金を払うって?」
「どうなってるんだこの子は」
 
 
稔は次元が違うことは知っていたけど、お金の話はまったく知らなかった。
ましてやお金という物が無いと食事が出来ない。
何を話してよいのか稔には思い付かなかった。
 
 
信じてもらえるかわからなかったけど稔は本当のことを話すことにした。
 
 
「あの~。僕はお金のない世界から来たんです」
「え~!何言ってるんだ君は?」
店長と店員は驚いた。
「本当なんです」
これ以上聞いたところでどうにもならないと判断した店長は「とにかく座りなさい」と稔に言って店員は稔をテーブルに案内した。


(4)
テーブルに案内されて稔は座った。
そして店内を見渡して
「お客さんはいないの?」
そう言うと店長が
「昨日から猛吹雪でね入山禁止になってるんだよ」
どうりでスキー場に人がいなかったと気付いた。
 
 
「お金は要らないから何を食べたいの?」
店長がやさしく言ってくれた。
「ありがとうございます。カレーをお願いします」
「よしわかった。飛び切り美味いのを作るよ」
「ありがとうございます」
店長は厨房へ行き店員は水を持って来てくれた。
 
 
「ところで君はどこに帰るの?」
「あの~帰る所が無いんです」
「それじゃあ困るだろう?」
「本当は帰れるんですけど」
「じゃあ帰れば良いじゃないか」
「お父さんがしばらく体験してみなさいって」
「なんだか無責任なお父さんだな~(笑)」
「何でも体験しろって言われるんです(笑)」
 
 
そこへ店長がカレーを持って来てくれた。
「さ~、君だけに作ったカレーだから美味いぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
稔は空いたお腹を満たすために食べ始めた。
「美味しい~♪」
「そうだろう?」
 
 
店長は稔の行儀の良さに興味を持った。
お金のない世界ではどんな教育を受けたんだろう?
レストランの経営はどんな仕組みなんだろう?
いろいろ聞いてみたくなった。
 
 
「なあ、稔君。しばらくうちに来ないか?」
「うちって?」
「僕の家にも君のような男の子がいるんだ」
「何年生?」
「中学一年生なんだけどね」
「僕より一つ上なんですね」
「違う世界の話も聞きたいし。どうだろう?」
「はい。よろこんでお邪魔します」
「よしわかった。今日はこれで店を閉めよう」
 
 
入山禁止の山から三人は山から下りることにした。


(5)
山から下りる道中、店長はどうしても聞いてみたいことを稔に質問してみた。
 
 
「レストランはどんな経営をしているの?」
「経営って何ですか?」
「そうか、お金が無いのなら経営は無いな(笑)」
「でも、レストランはいっぱいありますよ」
「レストランではどんな食事を出しているの?」
「店長さんの所と同じですよ。でも臭くないです」
「え?臭くないって?」
「レストランに入る前に臭かったです」
「あ~あれは厨房の裏にある生ゴミが原因だね」
「どうして生ゴミがあるんですか?」
「あれはゴミとして定期的に業者に出すんだよ」
 
 
店長は生ゴミは業者に処分をしてもらっていた。
 
 
「稔君の世界では生ゴミはどうしてるの?」
「学校で習ったんだけどね、ファームシティって言っていました」
「ファームって農場とか農園とか言うんだろ?」
「はい、レストランや家庭の生ゴミはすべて農家に送って肥料にして野菜を作っているんです」
「なるほど。循環システムってやつだね」
「生産された野菜はレストランやスーパーへ送るんです」
 
 
「料理の種類は多いのかな?」
「はい。少ないです」
「それじゃあ寂しいじゃないか?」
「いえ、レストランは毎日人がいっぱいですよ」
「どうして?タダだから?(笑)」
「そうじゃなくて、料理教室があるんです」
「レストランで料理教室やるの?」
「はい」
 
 
店長はお金を稼ぐために美味しい料理を作る。
自分の技をわざわざお客さんに教えるなんて。
思い付かなかったのです。
 
 
「どのような方法でやってるの?」
「家庭菜園で作った人は、自分の野菜を持って行き、それを使った料理を教えてもらうんです」
「野菜を持って行かない人はどうするの?」
「お店で余った材料を使って料理をするんです」
「なるほど、それなら無駄なく使えるね(笑)」
 
 
店長はレストランの仕組みの違いに驚いていた。
そして
次のような質問をしてみた。
 
 
「さっき稔君が来たように子供だけで来るの?」
「はい、お腹が空いたらレストランに行きます」
「家ではお母さんが作らないの?」
「料理の苦手なお母さんもいますからね(笑)」
「そっか~。それじゃあお母さん達も楽だね」
「ストレスが無いって言ってましたよ」
「稔君のお母さんも?」
「はい!(笑)」


(6)
店長の質問が続いたあと稔が質問をしてみた。
生い茂る山の坂道を下りながら林の中を指差して


「何かあるみたいだけあれは何ですか?」
「あ~あれは不法投棄のゴミなんだよ」
「ゴミって?」
「誰かが電気製品や廃タイヤなんか捨てるんだ」
「へ~悪い人がいるんですね」
「稔君の世界ではこんなことはないんだろう?」
「はい。ないです」
「要らない物はどうしているんだ?」
「生ゴミのように循環社会になっているんです」


生ゴミ以外の循環はどうなっているんだろう?
店長は改めて稔に聞いてみた。


「稔君の世界ではどのように循環してるの?」
「この間、大規模リサイクルセンターに学校から見学に行ったんです」
「大規模リサイクルセンターって何?」
「すべての要らない製品を回収する所ですよ」
「すべての要らない製品って?」
「さっきのような電気製品や家庭用品すべてです」
「それは無料?あ!お金は無いんだった(笑)」


「それらは回収するの?それとも・・・」
「持って行くのもいいし定期的に回収しますよ」
「それなら資源が無駄なく使えるから安心だね」
「不法投棄を回収する労力がもったいないですね」
「そうなんだよ。何をするにしてもお金が要るんだから初めからセンターを作ったほうが良いね」


「一つ気になったんだけどね車も回収するの?」
「はい。車も回収して中古車が新品のようになるんです。でも新型がよく作られますよ」
「それはどういうこと?」
「いくつかモデルを作って人気投票するんです」
「人気投票で多かった物を生産するってこと?」
「はい。そうなんです。みんな楽しんでいます」
「何だかそっちの世界のほうが楽しそうだな~」
「でも、好みに合わせて改造車もありますよ」
「ますます憧れるな~(笑)」


店長は現実の世界との違いを感じていた。
そろそろ
店長の家に近付いた。


(7)
車は店長の自宅の車庫へ静かに入っていった。
そして玄関を開けると
 
 
「ただいま~」
「おかえりなさい。あれ?この子は?」
店長の息子の優希(ゆうき)君が出迎えた。
「あ~。稔君だ」
「こんばんは」
「こんばんは。君は何年生?」
「僕は小6です」
「そっか~。僕は中一よろしくね」
「こちらこそよろしくお願します」
「さ、どうぞ」
 
 
稔は居間に通された。
そこで稔は店長に質問した。
「まだお名前聞いていなかったんですけど」
「そうだね(笑)僕は大空健司よろしくね」
「僕は希望稔です。よろしくお願いします」
「お母さん。お風呂沸いてる?」
「沸いてるわよ」
「稔君、優希と一緒にお風呂にはいっておいで」
「はい」
 
 
稔と優希がお風呂から上がると食事の準備が整っていた。
「さあ。一緒に晩ご飯を食べよう」
「ありがとうござます。美味しそうだ」
 
 
店長は、美味しく食べながらさっきまでの経緯を妻と子供に説明をした。
妻は半信半疑ではあったが素直な稔を見て疑いの気持ちは薄らいでいた。
夕食が済み店長がお風呂に入っている間稔と優希は人生ゲームをすることになった。
それは
お金のことを稔に理解してもらうことだった。
 
 
「人生ゲームっておもしろそうだね」
「うん。おもしろいよ」
「これ、な~に?」
「これがお金なんだよ。でもおもちゃだけどね」
「ゲームのときだけ使うお金なんだね?」
「そうだよ。じゃあ始めるよ」
「ゲーム版の中にいろいろ書いてあるんだね」
「そうだよ。人生っていろいろお金が要るんだ」
「へ~。怪我とか病気とか入学とか結婚とかいろんなことが書いてある。投資で儲かるとか」
「お金の要る社会はお金がないと何も出来ないんだよ。だから働いてお金を稼ぐんだよ」
「それでレストランで食べるのもお金が要るんだね」
「そうだよ」
 
 
少しずつ理解した稔はゲームを楽しんでいたが。
何度も怪我や病気をしている所に入ったものだから、ついに手持ちのお金が無くなってしまった。
 
 
「お金が無くなったけどゲームセットなの?」
「そうじゃないよ。借金をするんだよ」
「借金って?」
「銀行からお金を借りて、あとから利息と一緒にお金を返すんだよ」
「借金しないとゲームが出来ないの?」
「それが人生ゲームなんだよ」
「生きることと遊びと同じなんだね」
「お金がないと生きていけない社会だからね」
「なんだかお金の要る世界って辛そう」
 
 
稔はお金のない世界のほうが楽しく生きていけると真剣に思った。



(8)
優希は稔に聞いたみたくなった。
「稔君はどんな遊びをしてるの?」
「もちろん人生ゲームはないよ。外遊びが多いよ」
「外で何して遊ぶの?」
「冒険旅行かな?」
「冒険旅行?」
 
 
あまりにも思いがけない答えが返って来たので、優希はますます聞いてみたくなった。
 

 
「街の中でも冒険できるの?」
「うん。できるよ」
「どんな冒険するの?」
「学校で習った仕事の種類を見て回ったり、大人がどんな所で遊んでいるのか見るの」
「入ってはいけない所もあるんだろ?」
「もちろんそういう所へは行かないよ」
「今までどんな所がおもしろかったの?」
「楽器を作る所とかおもちゃの工場とかね」
「いいな~、僕も行ってみたいな~」
「この世界も行けるんじゃないの?」
「そんなこと考えたことないんだけど(笑)」
 
 
「冒険するのが楽しいのは自由に行けるからね」
「そっか~、お金がなくても良いからね」
「バスも電車もレストランもホテルも空いていればいつでも自由に使えるから大丈夫だよ」
「それって、親が心配しないの?」
「だからこのスマホを持っているんだよ」
「何それ?」
「携帯電話だけど位置情報がわかるんだよ」
「僕たちは携帯電話しか持っていないよ」
「そっか~まだなんだね」
 
 
「じゃあ家の中にいるより外のほうが楽しいね」
「うん。そうだよ」
「じゃあ遠くまで冒険できるね?」
「夏休みなんか友だちと一緒に旅に出るの」
「いいな~」
「途中で『乗せてやろう』ってタクシーの運転手さんが言ってくれたり、『何か食べて行きなさい』って知らないおばちゃんに言われたりね」
「いいな~」
 
 
それを聞いた優希は一つの疑問を見つけて聞いた。
 
 
「誘拐とか犯罪は心配ないの?」
「誘拐ってな~に?」
「子どもをさらって行くの」
「何のために誘拐するの?」
「身代金目当てで・・・あ!そうか」
 
 
お金のない世界であることに気が付いた優希は身代金という言葉は存在しないと思った。
優希はますますお金のない世界に興味を持った。



(9)
優希は稔に学校について質問してみた。
 
 
「稔君の学校は楽しいの?」
「うん。楽しいよ」
「僕は行きたくない時もあるんだよ」
「どうして行きたくないの?」
「勉強についていけなかったり・・・」
「それと?」
「仲間はずれにあったりね」
「そうなの?」
 
 
「だからね、学校が楽しいってすごいなって」
「僕たちの学校はみんなが教え合うんだよ」
「先生が教えるんじゃないの?」
「先生だけではみんなに教えられないでしょ?」
「そう言われればそうだけど」
「だからね、わかった人がわからない人に教えるの。時々上級生と一緒に勉強することもあるよ」
「上級生と下級生が同じ教室で?」
「そうだよ。上級生は教えることを学ぶんです」
「そっか~。本当に理解しないと教えることが出来ないんだね。伝えることも学べるんだね」
「だから勉強するのが楽しくなるんだよ」
 
 
「それならいじめも無いんじゃないかな?」
「いじめって?」
「人に嫌がることをするんだよ」
「僕たちは小さい頃から『人が喜ぶことをしよう』
 って習ったよ」
「僕たちは『人様に迷惑をかけてはいけません』って習ったよ」
「『してはいけません』と『しましょう』と真反対だね。でも同じことのような気がする」
「迷惑をかけてはいけないと思うから話しかけないようにすることは多いね」
「そうなの?」
 
 
優希はこの会話でお金のない世界をイメージした。
 
 
「小さい頃から人の喜びをしようって言ったよね」
「うん」
「今思い出したんだけどね僕も小さい頃お父さんやお母さんのお手伝いをしたくてね、喜んでくれる笑顔を見るのが嬉しかったよ」
「僕たちもそれを大切にしようと習ったよ」
「やっぱりね。ご褒美はお金じゃないんだね」
「自分が役に立つと思ったらすっごく嬉しいね」
 
 
子どもたちが通う学校での助け合いの学びは社会に出てからも充分活かされる教育であった。



(10)
その晩は稔はたくさんお話して疲れて熟睡した。
翌日健司と妻の声で目が覚めた。
 
 
「大雪じゃないか。今日は山には行けないよ」
「また~?」
「これじゃあ世間も困るんじゃないか?」
「世間より我が家でしょう? 収入激減よ」
「・・・・・」
 
 
レストランの経営者の健司は唯一の収入源であるレストランにお客が来ないことが死活問題だった。
 
 
稔は目をこすりながら優希と二階から降りてきた。
「おはようございます」
稔は夫婦の困った顔を見ながら聞いてみた。
 
 
「どうしたんですか?」
「大雪が降ってるんだよ」
「何か困るんですか?」
「これじゃあレストランにお客が来ないよ」
「ゆっくり休めて良いじゃないですか」
「休んでいたんじゃお金にならないじゃないか」
「あ~。そうでしたね。すみません」
「稔君が誤ることじゃないけどね(笑)」
 
 
中一の優希は学校へ行く準備をしていた。
そこへお母さんが
「食事が出来ているから早めに食べて行ってね」
 
 
稔は不思議そうに聞いてみた
「こんなに大雪なのに学校へ行くの?」
「そうよ。病気なら休むんだけどね」
「え~。僕たちの学校は休んでも良いよ」
「休むとみんなから遅れると困るからね」
「稔君の学校は教え合うから大丈夫だったね」
健司は思い出したように口を挟んだ。
 
 
優希が学校へ行ったあと健司がテレビのスイッチを入れてニュースを見入って一言つぶやいた。
「都会の出勤は大変だな~。みんな遅刻だな」
都会の電車は遅れて駅の構内では大混雑だった。
 
 
健司はゆっくりの朝食を食べたあとコーヒーを飲みながら稔に聞いてみた。
 
 
「なあ稔君、君の世界ではこんな混雑あるの?」
「いえ、ないですよ」
「どうして混雑しないの?」
「大雪や台風の時は出勤しないんです」
「出勤しなくても大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
 
 
健司は何が大丈夫なのか返事に困った。
しばらく考えて
「会社員は会社に行って働くことが仕事だよ」
「家に出たら危ないのに出勤するんですか?」
「出勤しないと働いたことにならないしね(笑)」
「大雪も台風も2,3日で収まるでしょ?」
「そう言われればそうだよな~(笑)」
 
 
「僕たちの世界では働く時間は少ないですよ」
「普通一日8時間だろ?週休二日制で」
「僕たちの世界では一日4時間ですよ」
「どうしてそうなるの?」
「生活に必要なものを生産して流通させるって、学校で経済の勉強しましたよ」
「経済の勉強でもまるっきり違うんだね」
「人生ゲームをやってみて少しわかったんですけどね。お金を使う経済はお金がないと成り立たないんですね」
「ほ~、そこまでわかったんだね。さすが!」
 
 
健司はもう少し質問してみた。
「稔君はまだ小学生だから知ってる範囲で教えてくれるかな?」
「はい」
「仕事って多いの少ないの?」
「少ないけど多いです」
「何それ?」



(11)
健司は稔の言葉に唖然とした。
からかっているとは思わないけど何だかなぞなぞの問題を投げかけられているような気になった。


「仕事は少ないけど多いってどういうこと?」
健司は改めて聞いてみた。


「やらなければいけない仕事は少ないんですよ」
「やらなければいけない仕事って?」
「生活に不安がないように必要なものを生産して流通させることが大切なんだって習いました」
「あ~、そういうことね」
健司は納得した。
そして改めて聞いた。


「たしかに必要なものだけなら労働者は余るね。それで労働時間が減るのは納得するんだけど、多い仕事って何だろう?」
「それは、みんなが楽しく暮らせるように新しい仕事を工夫して作るんです」
「新しい仕事ってどんな仕事?」
「それは冬なら冬のレジャーとか人によって楽しみ方が違うでしょ?それをみんなで考えるんです。自分の趣味や楽しみ方を一緒に考えることが仕事としているんです」
「なるほどね~。遊びや趣味がみんなの暮らしに役立つから仕事として成り立つんだね(笑)」


生活に必要な生産と流通が満たされれば、残りの時間を楽しく生きていけるようにみんなが考えることで時間を有効に使う。
健司は労働という概念が違うことに驚いた。


「それで通勤ラッシュというものがないんだね」
「通勤ラッシュって?」
「あ~、さっき言った朝の通勤の混雑だよ」
「そうなんですか」
「会社員って朝出て夕方まで働くのが仕事だから毎日出勤することに義務感を感じているんだよ」
「それで給料をもらって生活するんですね」
「お金がないと生きていけないからね」
「お金って大切なんですね」
「お金は便利な道具だと昔から言われてきたけど稔君の話を聞いていると情けなくなるよ」


稔は「情けなくなる」という言葉に反応した。
なぜ情けなくなるんだろう?
お金のない世界のほうが便利だと思うけど。
稔は健司に聞いてみた。


「どうして情けなくなるんですか?」
「今までお金を使って助け合うことが素晴らしいと思って生きてきたんだけどね。なんだかな~って感じなんだよ」
「なんだかな~って?(笑)」
「お金のある世界って物々交換の世界なんだよ」
「物々交換って?」
「昔はね、自分が欲しい物は自分が持っている物と交換しないと手に入らないんだ。それを物々交換と言っているんだけどね、それでは不便だから物の代わりにお金というものを使って交換しているんだよ」
「それで人生ゲームの理由がわかりました」
「どういうふうに?」
「お金が無くなったら借金してでもゲームに参加しなくっちゃいけないって」
「そういうことだね(笑)」



(12)
健司はお金のない世界の仕組みに興味を持つ一方、
今回のように自然災害の対応に興味を示した。


「なあ稔君、大雪が降った時は自宅待機だけど、大震災や大洪水の時なんかどうしてるんだ?」
「震災や洪水はあるけど大きな被害はないです」
「大きな被害がないのはどうしてなんだい?」
「それは簡単ですよ。震災や洪水が起きそうな所ってあらかじめわかっているでしょ?、だから安全な場所で住んでいるんです」


「安全な場所でも危険になることもあるだろ?」
「はい、そういう時はまた場所を変えるんです」
「そんなに自由に変えることは出来るの?」
「はい、できますよ」
「所有権はどうなってるんだ?」
「所有権って?」
「家も土地も自分以外の人に使ってはいけないの」
「あ~それなら使用権というのを習いました」
「使用権って?」
「自分が使っているものは守られるって」
「あ~なるほどね」
「だから誰も使っていない土地や建物は使いたい人がいたら自由に使って良いんです。でも管理義務はあるって言ってました」


所有権が無くても使用権はある。
たしかに使用権だけでも成り立つに違いない。
健司はなんとなく納得した。


「やっぱり考え方が一歩進んでいる気がするね」
「この世界では自由に移転が出来ないんですね」
「そうなんだよ。せめて公民館に避難するくらいだから長期間になれば不自由な生活だよ」
「それは一時的に避難する時ですか?」
「そうだよ」
「僕たちの世界では避難場所は多いですよ」
「どんな所が避難場所になってるの?」
「ホテルでしょ、旅館でしょ、映画館でしょ、ゲームセンターでしょ、演芸場でしょ・・・」
「チョット待ってよ。こんな場所が避難場所?」


健司は避難場所が娯楽設備であることにびっくりして思考が止まってしまった。


「なんでこんな所が避難場所になるの?」
「それはね、多くの人が不安にならないようにって言ってました。それに退屈しないでしょ?」
「そやあそうだけど。まいったな~(笑)」


健司が驚いたのも無理はなく
お金の要る世界ではありえないことであり、行政が率先してやっても「税金の無駄使い」だと非難されることは想像出来ることだった。



(13)
二人が話に夢中になっていると突然テレビの画面が真っ黒になって照明も消えた。
 
 
「あれ。停電になったんじゃないか?」
「そうね。近所のガソリンスタンドの照明も消えてるから停電みたいよ」
 
 
稔は夫婦で右往左往している状況を見て聞いた。
「停電ってすぐ治らないんですか?」
「電力会社の作業次第だね」
「このお家は自家発電してないんですか?」
「我が家はお金にゆとりがなくてね(苦笑)」
「ゆとりのあるお家は自家発電してるんですか?」
「そうだよ。太陽光発電とかやってるね」
「そうなんですか」
 
 
健司は自分の世界と稔の世界の電気はどのように違いがあるのか聞いてみた。
 
 
「稔君の世界では電気はどうなってるの?」
「ほとんどの家は自家発電していますよ」
「やっぱり太陽光発電なの?」
「いえ、それは少ないです」
「じゃあ、どんな自家発電なの?」
「フリーエネルギー発電って言ってます」
「どんな仕組みなの?」
「僕は詳しく知らないんですけどね。空間にあるエネルギーを使っているんだって習いました」
「へ~、それなら害もなく無尽蔵に使えるんだ」
 
 
健司はよくわからないのになんとなく納得した。
そして
気になる原子力発電のことを聞いてみた。
 
 
「原子力発電ってあるの?」
「学校で習ったことがあるけど、原子力発電が作られる前にフリーエネルギー発電が実用化されたそうです。原子力発電って放射能が怖いって
 言ってました」
「そうだろうね。現実の世界では原発事故で本当に困っているんだよ」
「僕たちの世界では子ども達が水力発電を作って遊んでますよ」
「小川でも水利権というのがあって勝手に水力発電を作ってはいけないんじゃないの?」
 
 
健司は言い終わってふと気が付いた。
お金のない世界では水利権なんてあるわけがない。
案の定、稔はなんとなく意味がわかったので
 
 
「誰でも勝手に水力発電を作っても良いんですよでもね、周りに迷惑をかけてはいけないけど」
「田舎の小川では手作りの発電機が活躍だね?」
「はい。街灯とか害獣を寄せ付けない照明の電気とか田んぼに水を汲み上げるポンプとかにね」
「やっぱり電気って自然の恵みなんだな~」
「お金の要る世界って不自由なんですね」
 
 
健司は稔にそう言われると自由って何だ?
と思った。



(14)
お金のない世界が自由なのか?
お金の要る世界が自由なのか?
健司はもう少し深く考えてみた。
 
 
「なあ稔君、稔君がこの世界を見て何を感じる?」
「何を感じるって?」
「僕たちはお金のお陰で便利になったと思っていたんだけどね、稔君の世界の話を聞いているとなんだか不自由を感じるんだよ」
「そうですね。僕もそう思います」
 
 
健司はお金のお陰で交換システムを便利にしたことは人類の叡智だと信じていた。
稔は思い付いたように健司に聞いてみた。
 
 
「さっき物々交換が便利になったって言ってましたよね。お金のお陰でって」
「そうだよ。あ~そうか」
 
 
健司は何かに気付いた。
 
 
「稔君の世界では交換システムはないんだ」
「僕もそう思いました(笑)」
 
 
健司はパソコンのスイッチを入れた。
インターネットで何かを調べようと。
 
 
「何か調べるんですか?」
「うん。お金の役割を調べて見るんだよ」
「お金の役割って知っているんじゃないですか?」
「まだわからないことがあるんじゃないかってね」
「簡単なことじゃないんですね」
「ハハハハ・・・お!これはどうだ?」
「何かわかりましたか?」
「経済学者がこんなことを書いてるよ」
「どんなことですか?」
「お金は自由を得るための道具であるって」
「お金がないと自由になれないってことですか?」
「そういうことらしい(笑)」
 
 
現実としてお金がないと何も得ることが出来ない。
交換システムだからである。
稔は交換システムの必要性を健司に聞いてみた。
  
 
「どうして交換システムがあるんですか?」
「そうだよな~。交換システムは昔からあったからね。それが当たり前だと思っていたから疑問にも思わなかったな~(笑)」
「僕たちが習った経済とは違うんですね」
「そうだね。経済活動ってお金の流通がメインだからお金のない経済活動って考えられないね」
「だからお金がないと何も出来ないんですね?」
「そうだよな~やっぱり不便だよな~」
「お金を持っている人だけが自由って感じ?」
「そう思いたくないけどそうかもしれないね」
 
 
稔は自分なりにお金の要る社会を考えてみた。
この社会では分かち合いは簡単ではないこと。
健司にはその思いを伝えなかった。



(15)
健司は入院中の父親のことが気になった。


「停電だと入院してる親父は大丈夫かな?」
「そうね、病院は停電に対応出来るだろうけど」
「長時間停電だと困るんじゃないかな?」
「チョット行ってみようか」
「そのほうが良いんじゃないの?」


稔は深刻に話し合っている健司夫婦の会話が気になって健司に聞いてみた。


「健司さんのお父さんはどんな病気なんですか?」
「糖尿病と肝臓を患っているんだよ」
「重い病気なんですか?」
「いや。来週退院するから大丈夫だよ」
「僕も付いて行って良いですか?」
「良いけど、病院だよ」
「はい、いろんな所を見てみたいんです」
「わかった。じゃあ一緒に行こうか」
「はい」


道路は除雪したので通れるようになっていた。
病院へ向かう途中、健司はお金のない世界の病院について聞いたみた。


「稔君の世界では治療費も入院費も要らないから患者さんは多いんだろうね?」
「いえ、少ないですよ」
「え~、どうして?」
「病気にならないように気を付けているんです」
「どうやって?」
「健康を害するものは作ってはいけないって習いました。それとストレスが溜まらないように仕事も自由に変えることが出来るんです」
「なるほどね、お金を稼ぐんじゃないからね」


「誰でも体の調子が悪かったらすぐ病院へ行くんです」
「じゃあ患者さんは多いんじゃないか?」
「病気にならないように行くんです(笑)」
「ものは言いようだな(笑)」
「でもほとんどの人は治療しないんです」
「じゃあどうするの?」
「整体やお灸やハリなどに仕分けするんです」
「なんだか予防医療みたいな感じだね」
「はい。病気にならない工夫って言ってました」
「それじゃあ、本当の病人は少ないんだね」
「はい」


話をしている間に病院に着いた。
病院の中では非常用電源を使って明るかった。
二人で病室に行くと4人部屋の窓際のベッドに座って健司の父親が新聞を読んでいた。


「親父元気そうじゃないの」
「お~来たか。おや?優希じゃないのか」
「あ~、わけあって預かっている子だよ」
「こんにちは、稔といいます」
「はい、こんにちは。君はどこから来たの?」


健司も稔もどうやって説明したら良いのか?
悩んでいたけど簡単にいきさつだけ伝えた。


「俺はよくわからんが(笑)ゆっくりしなさい」
「はい、ありがとうございます」
「ところで健司、老人ホームの広告を見ていたんだけどな、今の預金ではかなり足らないじゃないかと思うんだよ」
「老人ホームはまだ先で良いんじゃないの?」
「今のうちから予定を立てておかなくっちゃお金の都合があるだろ?」
「それもそうだね」
「ところで稔君、君の世界では老人ホームなんてあるのかな?」
「あるけど老人ホームというより、老人世帯専用の団地で小さな病院と幼稚園が同じ敷地にあるんです」
「そりゃあ安心だね。しかも幼児も一緒だし」
「お年寄も元気で遊んでますよ(笑)」



(16)
健司は父親の気持ちを考えて稔に聞いてみた。
なぜなら健司は父親と同居していないからだ。


「稔君の世界も核家族なの?」
「核家族って?」
「結婚したら親と離れて家庭を作るんだよ」
「お爺ちゃんやお婆ちゃんとは別に暮らすの?」
「そうだよ」
「なんだか寂しいですね」
「結婚したら別の巣を作る。鳥みたいだね(笑)」


「僕たちはお爺ちゃんやお婆ちゃんと一緒だよ」
「そういえば昔は大家族だったな~」
「大家族って?」
「稔君たちのように年寄りから赤ちゃんまで同じ家で一緒に暮らすことなんだよ」
「どうしてそういうのをしないんですか?」
「夫婦でも喧嘩するんだからお婆ちゃんと嫁さんが一緒に暮らすとトラブルが多くなるからね」
「そうなんですか。ほとんどのお家では台所やお風呂は二つずつあるんですよ」
「それじゃあお金は・・・・」


健司はお金のない世界の話だったと思い出した。
誰もがストレスのないような生活をするにはどうすれば良いのかを考えられる世界だと思った。


「稔君はお爺ちゃんと遊んだりするの?」
「はい。お爺ちゃんの体験話を聞くのが好きです」
「そっか~、僕は親父とはあまり話さないな~」
「どうして?」
「親父の自慢話を聞くのはストレスかな?(笑)」
「そうだろうな(笑)」


そこへ父親も会話に参加した。
父親も自慢話が多いのは知っていた。
そしてお爺ちゃんの体験話が好きな理由を聞いた。


「どうして体験話が好きなの?」
「それはね、僕が大人になってどんな仕事が僕に向いているのか考えるのがワクワクするんです」
「なるほどね~。お金を稼ぐ必要がないからね」
「それがわかると自分の進路がわかるでしょ?」
「どんな学校へ行ったら良いかってことね」
「そうなんです」
「大家族には良い面が多いんだね」


「とろこで、親父のことは安全だとわかったからひとまず家に帰ろうか」
「はい」
「来週は退院だから迎えに来てくれよ」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃあ」


健司と稔は病院をあとにした。



(17)
帰路の途中で健司は病院での会話を思い出した。
稔の進学はどのようにして決めているのか?
自分の息子の進学は大丈夫だろうか?
そして稔に質門をしてみた。


「さっき稔君は進路を考えるのが楽しいって言っていたよね。進学はどのように決めてるの?」
「お爺ちゃんから体験談で聞いたお仕事とか学校で習った社会の仕事を参考にするんです」
「それだけで決めるの?」
「それだけじゃあわからないから冒険旅行でいろいろな会社に行って体験したりするんです」
「それなら決めやすいね」
「はい。でも働いても転職する人もいますよ」


「それだけしっかり決めても転職する人いるの?」
「はい。違うのもやってみたいって言ってました」
「会社は困らないのかな~?」
「必要な量を生産すれば大丈夫だそうです」
「そりゃあそうだよね。利益を上げる必要なんかないんだから。会社に迷惑なんてかけないね」


誰にも迷惑をかけずに転職できる自由さに健司はうらやましくもあった。


「それで進学はどのようになってるの?」
「中学を卒業したら専門学校へ行く人が多いです」
「どうして専門学校へ行くの?」
「自分がどんな仕事が向いているのかを専門的に学校へ行って体験するんです」
「社会に入る前に技術を身に付けるんだね?」
「専門学校でも転校できるんですよ」
「それじゃあ専門の意味がないじゃないか?」
「いろんな技術を身に付けておくのも良いんです」
「マルチ的人間だね(笑)」
「え?」
「何でもやれる人になるってことだよ」
「あ~そうですね。そういうことです」


「稔君の世界では教育費も無いから良いよな~」
「そうですね。何でも体験できるから楽しいです」
「入学試験ってあるの?」
「入学試験って?」
「学校には入る人数が決まってるんだよ。だから試験を受けて点数の高い人から決まった人数だけ学校に入れるんだよ」
「へ~。そんなことをするんですか」
「そうだよ」
「僕たちの学校では自由に入れるんです。でもね卒業する時試験があるんです。知識や技術が身に付いているかの試験です」
「ほ~そのほうが納得できるな~(笑)」


健司はコックとして働いていてそう思った。
専門学校で一人前になって欲しいと。


「それ以上の学びを望む人はどうなるの?」
「専門学校へ行ってももっと上を目指す人は大学とか行ってもっと高度の勉強するんです」
「そっか~惰性で大学行くんじゃないんだね」
「惰性でって?」
「みんなが大学行くから自分も行くって感じね」
「そうなんですか。自分は自分なのにね(笑)」
「そうだね~」


会話が弾んでいる間に車は自宅に着いた。



(18)
家の中に入ると停電は回復していた。
居間のテレビでは国会中継が放送されていた。
大雪に対する対応を議論しているようだった。
国家予算が足りないから除雪作業も行き届かない。
国会中継は予算委員会だった。


健司は稔に政治に興味はあるのか聞いてみた。


「なあ稔君」
「はい」
「君たちは政治に興味はあるの?」
「はい、お父さんが僕にも意見を聞きますよ」
「お父さんが子供に意見を聞くの?」
「はい、子供の意見も聞いたほうが良いって」
「どうしてだろう?」
「大人は政治家に提案することになってるんです」
「それは僕たちの世界でも同じだな~(笑)」
「テレビ画面には予算委員会って書いてあるけど予算委員会って何ですか?」
「限られた予算でお金の使い方を議論するんだけどね。政策が正しくされているかのチェックでもあるんだよ」
「お金の使い方で政策が決まるんですか?」
「早い話がそういうことだろうね」


お金の要る世界ではやるべきことがなかなか出来ないことに気が付いた。
そして健司に聞いてみた。


「それならやって欲しい政策はなかなか出来ないってことなんですか?」
「そうなんだよ。政策の違う議員を選挙で選ぶことでやって欲しい政策をやってもらうんだ」
「僕たちも民主主義とか国民主権とか習いました」
「そうだろうね」
「でも、やるべきことはすぐにやっています」
「それがお金の要る社会と唯一の違いなんだね」
「誰もが困ることのないように子供たちの意見も聞くようにしているんだって言ってました」
「いいな~。お金の要る社会では困った人を助けるシステムなんだよ」
「困ったら助けるのは当たり前ですもんね」
「でも、お金がなくて困ってる人は多いんだけどね」
「複雑な社会なんですね」


「で、子供の意見を聞いた大人はどうするの?」
「地区の議員さんに提案書を出すんです」
「それで?」
「議員さんが似たような内容の提案を一つにして国会で議論して急ぐことと急がないことに分類してから実行するって習いました」
「なるほどね。予算というものがないから必要と思われることはすべて出来るんだね」
「はい。これが国民主権だと言ってました」
「政党なんてあるの?」
「政党って?」
「同じ考え方を持っている議員の集まりだよ」
「そんなの無いですよ」
「どうして?」
「みんな国民のために働いているんでしょ?」
「そう言われてみればそうだよな~(笑)」


健司は小学6年生から学ぶことが寂しかった。



(19)
健司は政治の違いを知って次の疑問が湧いてきた。
日本国内の状況はなんとなくわかったが世界との関係について聞いてみたくなった。


「稔君。君の話はとても参考になるんだけどね、
 世界との関係はどうなってるんだろう?」
「世界との関係って?」
「日本は平和な国なんだよ。その平和を守るために自衛隊という軍事力を持っているんだけどね世界とは表向きは平和な経済活動をしているのに領土を奪われないように軍隊があるんだ」
「怖い話ですね。僕が習った歴史でも戦争や軍隊の話は知ってます。でも今は戦争になることがないから警察だけあります」
「警察だけ?」
「社会に迷惑をかけたりする人はいますから」
「そうだよね」


警察の必要性はなんとなくわかったものの軍隊が無くなるってどういうことなんだろう?
領土問題なんか無くなるはずはない。
そんな疑問が湧いてきた。


「なあ稔君、どうして軍隊が要らないんだ?」
「平和だからですよ」
「そりゃあ日本だって平和だけど領土の侵略って心配ないの?」
「侵略してどうするんですか?」
「そりゃあ・・・・」


健司はそれから先の言葉に詰まった。
稔には言い難い言葉だと思ったからである。
稔は健司の気持ちを察して話し始めた。


「平和って互いを必要としあってるんです」
「世界が助け合うとか言っているけどね」
「僕たちもそう習いました。助け合うということは助けてもらうという内向きの気持ちになる人もいるって聞きました。だから『みんながいないとこの世界は成り立たない』と言うことが良いんじゃないかって言ってました」
「なるほどね。互いの国も互いの国民も必要としあう関係なら相手に困ることはしないね(笑)」
「国境はあるけど自由に行き来できるんですよ」
「そりゃあ良いね」


稔は子供たちの国際交流も話した。


「年に何回か世界中の友だちとホームステイをするんですよ。言語を習ったり文化交流もしたりして楽しいです。日本文化に興味を持っている外国の人は多いです」
「それなら戦争なんて有り得ないよな~」
「はい。国境はあるけど無いようなものですね」
「それでも国境はあるの?」
「はい。文化を守るんだって言ってました」
「なるほどね。地方の良さを大切にする文化だね」


健司は軍事力で平和を守る方法に疑問を持った。
日本の平和は世界平和で守られるのではないか?



(20)
健司は稔の話を聞き終わって現実の生活を考えた。
今はお金の要る世界でなんとか生きていかなくてはならない。
息子の優希のために働かなくてはいけないし、進学のために貯金もしなければいけない。
父親の老人ホームへ入るための準備金は要るし、自分たちの老後のためにもお金を貯めなければ。
頭を抱えながら稔に聞いてみた。
 
 
「なあ稔君。小学生の君に聞いたところでどうにもなるわけじゃないけどね」
「何ですか?」
「お金の要る世界を稔君のような世界にするにはどうすれば良いと思う?」
「え~、そんなこと僕にはわからないです」
「だろうね~」
 
 
「世の中からいきなりお金を無くすなんて出来ないんでしょ?」
「そりゃあダメだよ。混乱すると思うよ」
「それなら世界平和を実現するのはどうです?」
「世界平和なんて実現しないだろう」
「どうしてですか?」
「人類史上で世界平和なんて実現しなかったんだから、簡単に実現できるとは思えないよ」
「でも平和活動はあるんでしょ?」
「そりゃあ国連というのがあって平和活動はやっているよ」
「国連って?」
「世界中の国がお金を出し合って困っている人たちを助けている団体だよ」
 
 
「それを活用すれば良いじゃないですか」
「だから困っている人たちを助けてるって」
「それを大きくするんですよ。困っている人たちを助けることも大切だけど誰も困ることのない世界を作るんです」
「どうやって?」
「今より人を増やして世界中の技術を使えば良いと思うんですけど」
「そりゃあとんでもないお金が要るね(笑)」
「そうでしたね(笑)」
 
 
健司はそのときあることをひらめいた。
世界平和が実現すればお金のない世界は実現する。
そうだとしたら
今あるありったけのお金を使えば良いじゃないか。
 
 
「稔君。君の考えた作戦は成功するかもしれないよ」
「どう言うことですか?」
「お金のない世界を実現するためにありったけのお金を使えば良いじゃないか?」
「そうですね(笑)」
 
 
健司は世界平和は実現出来るかもしれない、そして稔の世界のようなお金のない世界も実現出来る可能性を感じていた。



(21)
健司は思い出したようにキッチンへ行った。
いつも飲んでいるサプリメントを取りに行った。


「健司さん、何ですか?それ」
「サプリメントなんだよ」
「サプリメントって?」
「栄養補助食品のことだよ」
「錠剤なのに食品って言うんですか(笑)」
「そう言われれば変だね(笑)」


「食事で足らない栄養をそれで補うんですね」
「そうだよ。稔君の世界ではこんなの無いの?」
「似たものはありますよ」
「似たものって?」
「薬品を作ってる工場が農業と漁業と一緒に健康を維持するための食品を作って病院へ持って行くんです」
「そう言えば稔君が言ってたよね。病気にならないように病院へ行くんだって」
「そうなんです。体の調子が悪くなったら原因を調べて、もしも栄養不足が原因だったら不足する栄養を補う飲み物をもらうんです」
「そりゃあ良いね~」


健司はレストランのオーナーだが毎日立って仕事をするために腰や膝に支障が出ているようだった。


「稔君の世界ではテレビコマーシャルってあるの?」
「コマーシャルって何ですか?」
「生産者が消費者に買って欲しくてテレビで宣伝して商品の素晴らしいことを知らせるんだよ」
「へ~そうなんですか。僕たちの世界にもありますよ。買ってもらうためじゃないけど(笑)」
「だよね(笑)」
「こんなものを作りましたよって知らせるんです」


「なるほどね。売るためではなく知らせるためか」
「はい、それを見てアイデアを募集するんです」
「いろんな人の意見を取り入れて新しい物を作るんだね。消費者参加型の製品作りなんだね」
「そうなんです。だからいろいろあるんです」
「いろいろって?」
「車なんか色もデザインも好みが違うでしょ?」
「だね。でも資源を使い過ぎるんじゃないの?」
「でも、すべてリサイクルセンターで回収して資源を無駄なく使うんですよ」
「そう言えば大規模リサイクルセンターですべてを再利用するって言ってたね。納得(笑)」


会話が盛り上がっている時に優希が帰ってきた。
幼友達の心(こころ)という女の子と一緒だった。




(22)
「ただいま~」
「優希君おかえり~」
「稔君まだいてくれたんだね」
「うん」
「友だち連れて帰ったよ」
「こんにちは。僕は稔です」
「こんにちは。私は心。優希君の幼友達よ」
「稔君の話をしたら稔君に会いたいんだって」
「そうですか」


心は稔が自由に暮らせる世界の人だと優希から聞いて興味本位で稔に会って話をしたがっていた。
子どもたちは居間に行って温かいココアを飲みながら会話の花を咲かすことになった。
そして心が会話の口火を切った。


「ねえ、稔君本当にお金って無いの?」
「うん、そうだよ。ここに来て初めて知ったよ」
「へ~、やっぱりそうなんだ~(笑)」
「だろ?稔君の世界はいいな~って思うよ」
「じゃあ、聞いてみたいことがあるんだけどね」
「何です?」
「バレンタインチョコなんてもらったりする?」
「バレンタインチョコって何?」
「女子が好きな男子にチョコレートをあげるの」
「何で?」
「愛の告白ね(笑)」
「へ~そうなんだ」
「な~んだ知らないの?」
「愛の告白なんてすごいね」


稔は子どもでも愛の告白をするのに驚いた。
そして興味本位で逆に聞いてみた。


「愛の告白ってなぜするの?」
「自分が好きだということを知って欲しいのよ」
「へ~そうなんだ」
「稔君たちはどうしてるの?」
「僕たちは時々パーティをやってるよ」
「好きな人達だけで?」
「いろいろだよ」
「いろいろって?」
「クラブの仲間とか冒険仲間とかクラス仲間とか」
「冒険仲間って優希君から聞いた冒険旅行ね?」
「うん、そうだよ」


「パーティがいっぱいあるとお金が大変ね・・・あっそうかお金は要らないんだった(笑)」
「ごちそうはたくさん無いけど楽しいよ(笑)」
「いいな~。その中で告白出来るんだ(笑)」
「好きな人も自然とカップルになってるよ」
「こういうのって大人の人たちもやってるの?」
「そうだよ。恋人を選ぶのにも良いみたいです」
「そうよね~結婚も子育てもお金は要らないんだし、安心して恋愛ができるってわけよね」


心は稔の話を聞いて住みたい世界であった。
そういう世界が早く実現すれば良いのにと願った。
そして次の質問を投げかけてみた。


「ねえねえ、結婚相手ってどうやって決めるの?」
「そんなの子どもにわかるわけないじゃないか」
優希が口を挟んだ。
「結婚は自由だって言ってたよ」
「なんだ、答えるんかい(笑)」
「そうだろうね~。お金のために我慢しなきゃいけない私たちの世界より自由なんだと思う」


心はうらやましそうにつぶやいた。




(23)
優希は心と稔の会話を聞きながら稔に聞いてみたいことを見つけた。
そして
稔に聞いてみた。


「ねえ稔君。稔君の夢って何?」
「夢ですか~?いま思っていることはね。社会の役に立つものを何か発明したいってことです」
「なんだかすごい話だね」
「すごくないですよ。アイデアを出すことが好きなんです。学校の授業でもアイデアを出し合う授業があってみんなと話し合うのも好きです」
「へ~僕たちはお金をたくさん稼いで大きな家に住んだり高級車に乗ることが夢にしている友達が多いよ」


「やっぱりお金をたくさん稼ぐことなんですね」
「お金持ちになることが成功者だと言ってるよ」
「へ~、お金持ちにならないと成功者になれないの?尊敬される人だけじゃないんだね」
「夢や目標を持って実現することが成功だって」
「それは僕たちは達成者たと聞いたよ」
「なるほどね~表現のし方がちがうんだ~」


優希はお金の要る世界とお金のない世界の違いは何度も聞いて理解したつもりだったが生き方まで違うとは想像できなかった。


「稔君の世界では人生が楽しくなる気がするね」
「うん。おもちゃのお金で遊ぶ人生ゲームをやってみて思ったんだけどね、お金がないと出来ないなんて大変だな~って思ったよ」
「そうだよな~。お金を稼ぐことで精一杯だよ」
「なんだか中年のおっさんが愚痴を言ってるみたいだな~(笑)」


健司が話の途中で口を挟んだ。
稔の世界の話はみんなが興味を持ったがこれ以上稔を預かっていては親御さんが心配するであろうと健司はこれで終わりにしようと思った。


「さあ、今日はこれくらいにして明日は晴れるから山に行くよ。稔君も一緒に行くか?」
「はい。一緒に行ってお父さんに連絡します」
「よし。わかった」


その日の夕飯は稔も心も一緒に稔との送別会と称してお別れパーティをやった。
優希も心も「稔君の世界に連れて行って」と稔に頼んでいたが、もちろんそれは出来ることではなかった。


翌朝優希は学校へ出る前稔に言った。


「稔君、すごく楽しかったよ。ありがとう。僕はこちらの世界で少しでも稔君のような世界になれるように頑張るよ」
「うん。僕もすごく勉強になったよ。ありがとう。毎日の当たり前の生活が素晴らしいことにも気が付いたよ。いつまでも元気でいてね」
「うん。ありがとう。稔君もね。じゃあバイバイ」
「バイバイ」


二人の別れが終わって健司は山の上のレストランに稔と向かった。
途中、稔は涙ぐみながら健司に言った。


「健司さんありがとうございました。すごく良い勉強になりました。今の生活に感謝しなければいけないな~って思いました」
「そうだねー。お金の要る世界は苦労が多いけどどちらの世界も生きていることに感謝だね」
「はい。本当にありがとうございました」


稔は山上レストランに着くと父親に電話をした。


「お~!稔か?もう良いのか?」
「うん。いっぱい楽しんだよ」
「そっか~。良かったね。じゃあ気を失った所で待っててくれないか。帰れるようにするから」
「うん。わかった」


稔は健司と店員にお別れの挨拶をして約束の場所に向かった。
そして
周りが光った途端、人が多いスキー場に戻った。
なぜそのようになったのかは稔にはわからない。
それより元の世界に戻れたのが嬉しかった。


その後
稔が社会人として働く頃嬉しいニュースを見た。
「一つ前の世界が世界平和を実現しました」という内容であった。


そして
世界平和が実現するきっかけは「12歳の少年が世界を変える」という小説で主人公は稔という少年だった。
稔はそのとき思った。
「健司さんや優希君が頑張ったに違いない」と。



「12歳の少年が世界を変える!?」
http://ncode.syosetu.com/n3484dq/
「ユーチューブ用」
https://www.youtube.com/watch?v=FlHQy_KQfQQ&list=PL9UJQ57g66PEB7zZpGHYsvNzZJPCl_3ct



おわり
2020年3月12日完結

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