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実は私よりお元気だったであろうおばさま(2012年43歳)

とにかく夏が鬼門である。
年々増す暑さに、年々立ち向かう気力体力も薄れ、このところは「呼吸だけで精一杯」とやられっ放し。
熱中症も、程度こそ違えど毎年恒例で、冷却枕の上で覚悟を決めた私は、「我が人生、本当に大変だったけど、それでも何だかんだ楽しかった。ありがとう、ありがとう……」とひとり涙を滲ませ、辞世のポエムを詠む。

そう、夏は生命が脅かされるデンジャラスシーズン。
人生最大の宿敵なのである。



だが!よりによって、この年のとある夏の日、私は新たにパート勤めを始めようと決意したのである。
広告代理店で週1回位のアルバイト(楽しい)もしていたし、イラストのお仕事もちょいちょいしていたのに、更に追加しようとしたのだ。

理由は「全く足りていないであろう、社会性を埋めるため」。
当時、私は集団行動が出来ない自分を、憎々しいまでにどうしても、どーしても許せなかった。
その怒りが暑さへのイライラに乗っかって、爆発的に頂点に達したのである。

激しい自己嫌悪は、暑さで心身が参っていようがなんだろうが、私を煽り続けた。
血眼になって求人情報を探す。
結果、フリー求人誌の一番小さな枠に掲載されていた、個人経営であろう不動産屋さんを採択。
場所は電車で30分ほどの駅近であった。

早速電話で問い合わせると、応対した男性の声は、どことなく抑揚を押し殺したような重々しいトーン。
……瞬間、何かがひっかかる。
しかし、男性は住所や電話番号も尋ねることなく、非常にあっさり「ひとまず履歴書を郵送して下さい」とおっしゃったので、「ハイ」と答え終了。

が、やはりひっかかり続けた私は、履歴書を不動産屋さんのポストに直接投函することにした。まずは外観だけでも確認しておこうと思ったのだ。
それが判断材料になるかどうかは微妙だが……。
と言うことで、翌午前。ありとあらゆる毛穴からとめどなく流れる汗を拭いながら、虫の息で電車に乗り込んだ。

ありがたいことに、車内は割と空いていた。
速やかにドア隣の席にしなだれかかる。
反動で立ちのぼる、己のもわっとした熱気。
そこに、涼やかな風が縦横無尽に駆け巡る……。それはもう天国だった。

「ああ、なんてちょうど良い湿度と室温なんだ……ここに住みたい……」
久方ぶりの快適さに、たちまちリフレッシュした我が体力ゲージはモリモリ回復。眠れるだけのエネルギーがたまると、連日の熱帯夜で睡眠不足な脳はウトウトし始めた。

しばらくすると、電車はどこかの駅に止まり、乗客がどっとなだれ込んで来た。
その喧騒でわずかに意識が戻り、車内アナウンスにて駅名を確認する。そして、うっすら開けた目で何気なく見上げると……目の前には、窮屈そうに立っておられるおばさまの姿が!

ハッと目を見開いた私。反射的に「あ!どうぞ!」と、ものすごい勢いで立ち上がった。
おばさまは、その猛烈っぷりにかなりビックリされたようだったが、笑いながらおっしゃった。
「大丈夫!!そんなに乗らないから。もうすぐだから!ありがとうございます」
笑顔が嬉しかった。
ただ、こちらとしては、勢い勇んだ手前どうにも引っ込みがつかず、
「私もそんなに乗っていないので(事実あと3駅、10分位)、どうぞ!」
とひと押し。すると、「そう?じゃあ、ありがとう!」と、とても嬉しそうに座って下さった。

席を立ったのち、私はそ知らぬ顔でおばさまの向かって右手に立った。(※いつもは、席を譲った後、変な気を遣わせないよう離れた場所に立つのだが、混んでいたので出来ず)
程なくひとつ先の駅に到着し、おばさまがまだ座っておられることにホッとする。
『あ、1駅だけの乗車じゃなくて良かった~!1駅だと、逆に座ったり立ったりで忙しいもんね……』

……更に電車に揺られる。「まもなく▲▲駅に到着」というアナウンスが流れた。
視界の隅には、バッグを持ち直したりして、降りる準備をされ始めたおばさまの姿。
私は、おばさまが通りやすいよう、スペースを空ける心の準備をした。

やがて電車は緩やかに減速。
おばさまは笑顔で私を見上げ、「本当にありがとう!」と早々に腰を少し浮かされた。
……とその時、すかさず私の左側、少し離れた所に動く影。
チラと見ると、サラリーマン風の男性が「この空くであろう席」へ体の向きを変え、ゆらゆら揺れながら、それとなく近寄ろうとされていた。

そんな動向を、明敏に察知されたご様子のおばさま。何故か即座にスクッと立ち上がられた。
そしてなんと、さりげなく男性に背を向け、せき止めるかの如く肩で力強くブロックし、「さ!座って、早く!どうぞ!」と、私を空席へ促して下さったのだ!

あっけにとられる、男性と私……。
男性は背も高く、なかなかガッシリとした体型である。
しかし、それをも凌駕するおばさまの迫力と妙技に思わずタジタジ……。
決まりが悪そうにその席を断念された。

一方、未だ棒立ちの私。……が、すぐにハッと我に返り、いただいたご厚意を無にせぬよう、急いでお礼を告げ着席した。

その様子に、安心したような笑みを浮かべられたおばさま。
「では、ありがとうね!」と言葉を残し、人の波に流されながら去って行かれた。
あっという間に消えゆくお姿……。
熱いものがどめどなくこみあげた私は、走り出す車内からひたすら感激と感謝を捧げた……。

いやぁ、それにしても大先輩のエネルギーの素晴らしさよ。
なんて素敵でカッコイイのか!
「きっと、私なんかよりバイタリティーに溢れておられたんだろうな……」
そう思うと、席を譲った自分がちょっと可笑しくなった。
「そうだよ。大先輩だって頑張っていらっしゃるのだ!私も頑張ろう!」
私は降車に向け、心のふんどしを締め直した。
そして勢いをつけ、灼熱のホームへと降り立ったのだった。


見知らぬ方にこんなにも守っていただけたなんて、本当に感謝感激🥹。
ちなみに私が長袖なのは、冷房対策。
暑さも苦手だが、長時間の冷房も苦手なので、車内では必ず着用するようにしている。



余談その1:パート申し込みをしようとした不動産屋さんの外観

先述の不動産屋さんは、雑居ビルの一室に入っていた。
ちょっと驚いたのが、静かに固く閉ざされていた、真っ黒な鉄製の扉。
その威圧とも思える重厚感にただならぬ何かを感じた私は、大変失礼ながら、履歴書をポストに投函することなく帰宅したのだった。
まあ、単に気のせいだったかもしれないが、納得のいく判断が出来たので、やはり訪れてみて良かったと思っている。


余談その2:過去に席をお譲りした時のお話

学生時代、電車とバスそれぞれで、おばさまに席をお譲りした時のこと。
お二方とも「ありがとう!」と嬉しそうに座られた後、「荷物、良かったら持つから!ほら、ここに置いて😊」と、ちゃんと膝の上にスペースまで作って下さった。
皆さん、本当に素敵です!(*゚ω゚*) 


余談その3:席を譲られたくない方もいらっしゃる

このことは何かで読んで知ってはいたが、実際に生の声を聞いた時はちょっと衝撃であった。

聞いたのは、ライター時代(2016年 47歳)。上司のようなおじさまと参加した、クライアントさんや編集プロダクションさん(顔なじみの皆さん)との小規模な打ち合わせでのことであった。
そこで、おじさま(70歳位?個人で企画・コンサル会社を経営。白髪)が、とある話の流れで突如憤慨されたのだ。
「この間、電車で席を譲られて不愉快だった!」と。

ちなみにおじさまは、かなりのボンボン(純日本家屋のご実家に、鯉が泳ぐ池があると他の方が教えて下さった)で、かなりの高学歴。通常は至って上品で穏やかなので、よほどのことだったのだろう。
若者のスニーカーや時計を上手に取り入れた“はずしコーデ”をされるおしゃれさんでもあったので、相当カッガリされたのかもしれない。

……うーん、でもよ?そうなってくると、席をお譲りする行為自体が難しいものになってしまう。
譲る側としては、純粋に相手を大切に想う気持ちから生じる行為なんだと思うんだけどなぁ……。
……とまあ、物事には様々な見解が生じるのが世の常。
私としては、自分が元気な時は、出来る限りこれからも果敢に譲っていこうと思っている。
そしていつか譲られる時が来たら、ありがたく遠慮なく、笑顔で座らせていただこうと思っている。


余談その4:仲よき事は美しきかな

電車やバスの車内で、他の方々が席の譲り合いをされている姿を見るととても嬉しくなる。
更に言えば、路上で車が「対向車や歩行者」に道を譲っているのを見かけるのも嬉しい。まるで我がことのように「譲ってくれてありがとう」と心の中でしみじみ感謝する。
ほんと、みなさんありがとうございます。私は嬉しいです((>ω< ))


余談その5:実は大きい酷暑のメリット

夏が鬼門なので、酷暑は本当に辛いが、メリットもある。
それは「断捨離がものすごく進む」ことである。
毎度毎度熱中症になりかけて死を覚悟するので、いつ「その日」が来てもいいように、猛暑日の合間などちょっとでも気温が下がった時、取り憑かれたようにザババーッと身辺整理をするのだ。

おまけに、心の断捨離も加速。
「命あるうちに絶対にやっておきたい事は何か」「本当はどうしたいのか」が明確化され、義務やしがらみよりもそれらを優先する自分にすんなり許可を出してあげられたり、あらゆるものを出し惜しみすることが減ったりした。

こうして、年を追うごとに「自分自身で作り上げていたリミッター」はどんどん解除され、もう不毛だと思うことには、一秒たりとも時間をかけられないように。
逆に、自分が「コレ!」と思った事には、大小問わず、失敗してもいいから、思いっきり全力で取り組むようになった。
そう、まるで生まれ変わったように……。

いやぁ、「人生の終了地点」を自覚するって素晴らしい。
宿敵酷暑よ!ほんと毎年憎々しいけれど、そんな流れを与えてくれてありがとう!



他には、卵を三角コーナーに割り入れるなどなど……(粗末にしてごめんなさい…)。どんだけ脳がボーッとするんだという話である。



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