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つくれ!展示のファーストインプレッション【展示タイトルの悩み】#05

ライター情報: 岩澤 大地(いわさわ だいち)
科学コミュニケーター。大学院時代の専門分野は生態学。
本展示の企画・リサーチを主に担当。好きなぬか漬けの野菜はきゅうり。


どうも!
日本科学未来館の常設展示「ビジョナリーラボ」で企画・リサーチを担当した科学コミュニケーターの岩澤です。

この記事を読んでくれているみなさんはきっと、この展示を展示場やHPで既に見てくれていることでしょう(そうですよね?)。
【まだ見ていないぞという方はこちらから】
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/visionarieslab/

そんな皆さんにお伺いしたいことが一つ。
どうして皆さんはこの展示やnoteに興味を持ってくれたのでしょうか?
内容?見た目?なんとなく?
いろいろ理由はあると思いますが、多くの方が最初に目を止めたきっかけは、きっとこの展示のタイトル「セカイは微生物に満ちている」ではないでしょうか。

今日は、そんな展示の「顔」といっても過言ではない「展示タイトル」について、それができるまでの紆余曲折も交えながら少しお話ししようと思います。

未来館の展示タイトルはそれいかに?

微生物多様性をテーマにした展示のタイトルを考える。
その上でまず参考にしたのは、日本科学未来館(以下、未来館)の常設展示のタイトルたち。

写真なしでいくつか下にならべてみました。

  • 計算機と自然、計算機の自然

  • アナグラのうた

  • 細胞たち研究開発中

  • 100億人でサバイバル

どうでしょう。
こうして文字だけで並べてみると、キャッチーすぎて展示タイトルだけではどんな展示か想像することは難しいかもしれません。改めて見返してみると、未来館の常設展示のタイトルはなかなか詩的なものが多いようです。

展示タイトルの「使われ方」を意識する

文字情報だけにするとわかりづらい印象のあった未来館の展示タイトル。

では次に、写真と一緒に並べてみると…

未来館の常設展示とそのタイトルたち

どうでしょうか。
写真とセットで表記されると、詩的でキャッチーなタイトルをつけられた展示たちが、急に魅力的に見えてきたかもしれません。
写真とセットになって伝える場合には、むしろ少しわかりづらいタイトルの方が興味を惹く力がありそうです。

少し話がずれますが、個人的にこの現象は漫画やアニメにも通ずるところがあると思っています。
例えば、漫画やアニメの登場人物たちが使う「必殺技」の名前。難しいのにどうしてか覚えているし、なんなら覚えて声にだしたくなってしまう

それには、印象的なシーンとその時に発せられる少し難しい「必殺技名」が関係していると筆者は勝手に思っています。少し難しいからこそ覚えたくなるし、その名の背景をもっと知りたくなる。おたく心をくすぐる仕組みがあるように思えてならないのです。

(最近でいえば、鬼の首を切る漫画ででてくる難しい漢字が羅列された型の名前や、刀をもった死神がでるアニメの長いカタカナの技名がそれにあたるかもしれません。)

展示タイトルがまったくそれにあてはまるというわけではないですが、文字情報のみに縛られて考え、シンプルにしすぎると損をすることは間違いなさそうです。

文字情報だけではない展示タイトルの使われ方としてはもう一つ。
実際の展示場で展示の一部として表記されるということも、もちろん忘れてはいけません。

展示空間にどのようにそのタイトルが表記されるのか。それが来館者の方にどう見え、足を運んでもらうきっかけになりうるか。
そのためには、漢字、カタカナ、ひらがな、英語などをどのように組み合わせて最適な印象を持たせられるのかも考えていく必要があります。

文字で、写真で、展示場で。一度決めたそのタイトルが、それぞれのシーンでどのように機能するのか。それらを丁寧に考慮に入れ、それぞれの仮説のもとに、“良い”展示タイトルを生み出していきます。

いよいよブレスト

さて、いよいよ今回の微生物多様性をテーマにした展示のタイトルを決めていきます。オンラインツールを使って、まずはこれまで制作の議論の中で出てきたキーワードをもとにアイデアをどんどん出していきます。

微生物、共生、多様性や都市がキーワードとして挙がっています。

ん~。ピンと来るようでこない。
伝えたいことをストレートに、かつ目を引くキャッチーさも持たせる
それを両立したタイトルを生み出すのは容易ではありません。

この死屍累々のアイデアがあってこそ良いタイトルが生まれるのです。

こういう時は改めて、自分たちが展示を通して伝えたかったメッセージに立ち戻ります。何が伝えたいのかがぼやければ、タイトルももちろんぼやけるからです。

私たちが展示場で伝えたかったことは大きく2つ。

  1. 多様な微生物に囲まれて私たちは生活しているということ

  2. 彼らと無理なく共生していくにはどうすればいいのかということ

そのメッセージに基づきながら、改めて良いと思ったものにメンバーそれぞれが数表ずつ投票していきます。

最終的に生き残ったキーワードたち

ん~、しかしどうもキーワードが真面目です。
実直で真面目で素直で堅実なチーム性があだとなっているようです。

そんな中、制作メンバーの一人が気になる文言を見つけます。
「Microbes actually」
どういう意味でしょうか。

提案者であるビジョナリー(監修者)の伊藤さんに聞いたところ、映画『Love actually』の冒頭、さまざまな人たちが空港で愛する人と再会するシーンで、名俳優ヒュー・グラントのナレーションの最後に「 If you look for it, I've got a sneaky feeling you'll find that love actually is all around. 」という一節があり、とても気に入っているとのこと。

そこからヒントをもらい、愛も微生物も目に見えないものを感じるという観点から、LoveをMicrobes(微生物)に変えてみたとのことでした。

そう、この瞬間メンバー全員が確信します。
これだ!」と。
目に見えない微生物たちが満ち満ちているこの世界で、彼らへのリスペクト(≒Love)を持ちながら共生していく。まさにこの展示のための言葉のように思えました。

タイトル決定の瞬間(でもここからも長い)

前半部分で偉そうに「いい展示タイトルとは」を語っておきながらこういうのはなんですが、チーム全体として「これだ!」となる瞬間以上に素晴らしいモノは生まれないのが制作のさがだったりします。

正直に話すのなら、今回の展示タイトルも、ビジョナリーも含めたチームのそれぞれが「これだ!」となったのがこのタイトルに決めた何よりの理由です。

(言い訳として:「これだ!」という確信を持つために、前半で語ったタイトルの使われ方を頭に入れておくことや、展示メッセージの再認識が重要なんだと思います)

なぜこれが良いと思ったのか、そしてさらに良い表現はないのか。タイトルをよりよくするために議論はまだまだ続き...

ついに展示タイトルが決まる

紆余曲折の後に産み落とされた、最終的な展示タイトルがこちら。

「セカイは微生物に満ちている」
(Microbes actually are all around)

さきほどの2つの展示メッセージを包含しつつ、キャッチーな展示タイトルとなったのではないかと思います。

英題は『Love actually』をオマージュし、日本語はそれをもとに、私たちが微生物に囲まれて生活していることをよりストレートに表現しています。
“セカイ”は 漢字の世界からカタカナにすることで、グローバルという意味での世界と個人それぞれの世界の2重の意味を持たせつつ、語呂感のよさにもつながっていそうです。
(”世界”にするか”セカイ”にするかはかなり悩みましたが...)

そんなこんなで、ようやくこだわりの詰まったこの展示タイトルが完成したわけです。

終わりに

こうして決まった展示タイトル「セカイは微生物に満ちている」。
展示公開以降、展示場はもちろんのこと、紙面やWEBページなどさまざまなシーンで目にすることがあります

実際の展示場の様子

それぞれ、このタイトルがどのような影響を与えているかはこれから精査しなければいけません。
その一方、多くの方に興味を持っていただけていることは一つポジティブな指標として捉えてもいいかもしれません(これは甘々ですが)。

そろそろまとめに入ろうというところで、このnoteの最初に書いた「タイトルは展示の顔である」というのに立ち戻ってみたいと思います。

タイトルが展示の顔であることは間違いないです。そこでさらに、もう少し私自身の仕事である科学コミュニケーションに近そうな言葉で表すならなんと言えるか。
個人的には、展示のタイトルは「まだ見ぬ来館者との最初のコミュニケーションの場」と言えるのではないかと思います。

つらいことに、どんなに素晴らしい空間を造っても、興味を持ってもらえなければそこに訪れてもらえないし、対話も起こりません。

興味を惹き、展示のメッセージや世界観を簡潔に伝え、展示場の対話につなげる。その役割を担う展示タイトルは、まさしく来館者と展示・科学の最初のコミュニケーションの場だと考えられます。

だからこそ、単語ひとつ、助詞ひとつ、語感ひとつ、すべて手を抜くわけにはいかないのです。
(まさか「セカイで」か「セカイに」かを決めるのに半日ミーティングするとは思っていませんでしたが)

長くなりましたが、つまり何が言いたいのかというと、
「セカイは微生物に満ちている」ってめっちゃよくない?
ってことです。おわり。


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