自分で自分を満たす

前回までの【他人との距離感】に対する思考回路とは少し変わって、今回は、【自分自身に向けた価値観】について発信する。具体的に言うと【自分で自分を満たす生き方】について。『自ら求めるようになった私』の思考変化を紐解いていく。

今の私は、率直に言うと、『以前の様な働き方を自分で変えたこと』によって『自分の稼ぎが少ない自分』に対する【劣等感】は未だにある。しかし、『その分、自分で自分の身の回りの事を出来るように努力する自分』に対する【満足感】を日々自覚している。また、これまでとは違う、『新たに自己成長をするための貴重な時間にしたい』とか『自分の過去の生き様を肯定したい』気持ちは強くなった。【周りの人達を頼りに生きる私】じゃなくて、【自分で自分を充実させて生きる私】で在りたい。

先日、以前の悩みだった【会社の人との距離感】について、友達と話す機会があった。その時に『自分が心から納得出来る、胸を張って人に話が出来る話では無いな』って自分で思った。聞いていた友達も、『確かに、100%自分ベースな思考じゃなくて、そこに都合よく彼の存在を当てはめてるみたいだよね。会社の人からの誘いに乗る・乗らないは、ちゃんと自分を理由にしたいところだよね』って話してくれた。
ここで大事にしたいことは、『彼の為に、彼に対する罪悪感じゃないよ。私が私の望むことを選択するんだよ』って話。彼が居なければ、【自分の時間】として、飲みも遊びもバンバン行くだろう。実際行ってきた。けれど今は、【自分で自分の生活を維持すること】を叶えたい。それが、『自分の分と一緒に彼のご飯を作ることや洗濯すること』に、『たまたま繋がってるだけなのかな』って気がしてきた。
これまでの【自分の時間=友達と過ごす時間】の思考が、【自分の時間=今自分がやりたいことをやる時間】の思考になった。『別に、彼の為に家にいることを望む訳じゃない』って話。そして、そもそも『今は、私自身が会社の人や友達との時間を求めていない』っていう『自分の素直な気持ちに納得』出来る。その事実を、私は今、受け入れられる。

少し前の私なら、きっと難しかったと思う。何故なら、『ずっと友達が欲しかった』し、【それを叶えられた証】が、『友達との時間を楽しいと思うことだと信じていた』からだ。実際、それを『楽しい』と思っていたし、『自ら望んでいた』のも事実。その理由は、『私が極端に友達を信じて頼って過ごしていたから』だと今は思う。『私が楽しく生きるため』に、『私を満たしてくれる友達がいる現実』に満足していた。そんな時間を過ごす中で、【私が私なりに得たこと、体験、思い出】は、もちろん『今の私にとっても、大切な時間と経験だった』と思っている。だって、過去は過去だから消えないし、無くならないから。だから、今も私の中でもちゃんと活きている。
ただ、そんな時間を過ごしていても、【年齢や環境等による価値観の変化】が故に、『人間誰しも、きっと変わっていくものなんだ』と実感するようになった。そして、だんだんと、『話が合わなくなったり、心地よい関係ではなくなったり、時には真逆な意見が衝突したり』なんて現実になった。そんな現実は、『今の私の状態に似ているんじゃないか』って正直思っている。

結局のところ、これまでの私は、『自分が心地良く過ごせる人達に満たされて生きてきた』訳だ。つまり、そんな生き方では、『自分が周りに合わせ続ける』とか『それが難しくなったら、自分を満たしてくれる人を次から次へと求めて探す』とか。また、そんな選択をしたところで【時間がかかる】ようなら【自暴自棄】とか【承認欲求の塊】みたいな自分が想像出来る。そんなんでは、きっと、『いつまで経っても大人になれない』とか『自分の1度きりの人生を楽しめない』気がしてきた。だから私は、直近1ヶ月程、【自分で自分を満たす生き方】を身につけたい気持ちを持って、『あえて1人の時間を増やす』ようにしている。
『暇だから友達に電話する』とか『時間を合わせて友達と予定を立てる』とかを、意識的にやめて過ごしている。別に、『私には友達がいないと思う』とか『不貞腐れて家にずっと引きこもり』なんてことは一切ない。むしろ『自分が1人でも楽しめる、興味を持てること』に対する意識を向けている。難しくても、【根気よく自分を鼓舞する気持ち】で『情緒安定を求める』為に、我ながら努力しているつもりだ。
実際、家の中では、配信系の新たなジャンルを開拓したり、無理の無い範囲で新たな料理に挑戦したりしている。他にも、今更だけど、家事を日々楽しくするための模様替えを考えたり、新たな快適グッズを購入しては組み立て・配置したり。【全てに対して1人で悩んで選んで実行しているよ】って話。

上手くいくことばかりではもちろんない。けれど、【やってみて分かることや得られること】のおかげで、『自分自身が1番満たされている』って実感出来る。ふとした時に、『あの友達、今何してるかな?』なんて頭に浮かぶこともある。だけど、確実に毎日では無い。でも、『これくらいの感覚が心地よいのかもしれない』とか『今までが頻繁過ぎたのかな?』なんて思うようになった。実際、そんな風に【自分の時間】を過ごしてみたところで、『自分自身がネガティブな印象は、本当に特にない』って感じだ。

【友達は友達の人生】なのだから、『友達の価値観で友達の時間を過ごすだけ』のこと。私も同じで、【私は私の人生】なのだから、『私の価値観で私の時間を過ごす』って話な訳ね。『自分で言って、自分でなるほど』って納得出来る。

でも、そもそもの話、私も友達も共通で、【まずは、自分で自分を満たす】ことこそが『大事なんじゃないかな?』っと思う。それが『出来るからこそ成り立つ互いの関係なのかな?』って感覚。でなければ、これまでの私のように『すぐ、簡単に友達を求めてしまう』気がする。『それで成り立つ間は、互いにそれで良い』かもしれない。でも、【それだけが友達な訳ではない】ってことを、私は今回身をもって勉強したと思っている。

今思う私にとっての友達は、『これまた思い込み過ぎるのは良くない』ことは重々承知の上なので、何となくブログに残しておこう。一言で言うと【互いに違うからこそ高め合える】【互いの成長を認め合える】【互いを尊敬し合える】みたいな感じ。ちょっとカッコよく表現し過ぎてる気はするけど、『まずはそんな自分になること』を目標として、日々を過ごしたいと思う。

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