健忘録【11】定期入院で爆笑の連続🤣🤣🤣

定期的にリツキサン投与のために一泊だけの入院をしていた。

普段は学校に通い、抗体薬であるこの薬は外来ではなくて入院で投与というルールがあったので、サクッと投与して翌日には帰った。

入院時は、毎回心電図を取り、確か当日の朝採血してB細胞というリンパ球の数を調べた。

何も問題がなければ、抗ヒスタミン薬と解熱剤を前投与して、フルモニターでリツキサンを入れて、翌日何もなかったかのように帰るだけの超簡単な一泊。

遡ること何年??

元々他の薬の投薬の際に外来で点滴を受けていた私。主治医の計らいで、よく時間外や土日に入院病棟の談話室でサクッと点滴をして帰っていた。

まぁ、副作用も大してない薬....... と言いかけたが、そういえば、点滴の晩には発熱と頭痛、噴射性嘔吐でトイレに間に合わずに吐物が爆撃のような惨事を...... ということもちょくちょくあった。

ということで、その晩はホテルに泊まることもしばしば.......

実際、ちょっとその辺で放水機が爆発したような吐物なんぞ噴射したら、誰がどうやって片付けるかは問題だ。

けど、こういうことがなければ、点滴したのも忘れるほど元気だ。

というわけで、病棟の看護師と仲良くなった😊

再び時空を飛び越えて今に戻る。

よく話していたのは、二人かな?

一人はフィリピン出身で育ちは〇〇。小太り(Panchoと同じ体型)で、めっちゃ陽気な男性看護師。

彼のモットーは『楽しく』ということで、会えば冗談を言わないことはなかった。

会うのが楽しみなくらい、明るくて楽しい性格。

もう一人も男性看護師だが、彼は痩せ型の現地人っぽかった。後に分かったのだが、実は、彼は直ぐ北にある、ほぼ同民族の国出身の看護師だった。

彼も陽気で、会えば笑わないことはなかった。

一人目のフィリピン人看護師が意図的に笑で患者にプラスのエネルギーを与えようとするのとは対照的に、二人目は一切笑いを取ろうとは意識していない。

けど、ふとした発言やふとした動作が、めちゃくちゃ面白いのだ。

本人は、何故笑いが取れるのか疑問っぽかったが、笑いが巻き起こると一緒に笑って根明だった。

ということで、毎月の点滴治療はそれなりに時間や労力を要したが、あんまり苦にはならなかった。

まぁ、この辺の時は私もプライベートの患者だった。だから、最初は一般患者よりも敢えて優しくしてくれていたのかもしれない。

しかし、親しくなってからは、純粋に人と人としてなんだか会うたびにお互い笑っていた。

話した内容とかは、正確に覚えていないのが非常に残念だ。

けど、この人間関係が既に構築されていたことも重なり、リツキサン入院はルーチンかつ日常からのバカンス的雰囲気....... バカンスは、流石に盛りすぎか.......

とはいえ、本当に日常の延長上の上げ膳下げ膳でただお泊まりの場所が違うだけの一泊二日と化していた。

この時は、電動車椅子ではあったものの、自立していた。

本当に、ただ病院に行って、点滴の針(ルート)を入れてもらった後に、ルーチンと化した検査をして、モニターを装着し、爆睡して起きるだけ。

((そっか、ちょくちょく点滴後は喘息の軽発作起こしてたっけね。けど、喘息で入院が伸びたのは数えるほどだった。喉元過ぎれば熱さを忘れすぎ?🤣🤣🤣))

覚えているほとんどが、入退院時の友人医師らとのやりとりや親しくなった看護師との楽しい会話だけだ。

お風呂も必ず入れた。これは、基本的に全ての患者が朝サクッとシャワーを浴びてた。

朝退院前にサクっとポータブルトイレのタイヤ付きプラスチックチェアーの外枠にヒョイっと乗った。

シャワー室に連れて行ってもらい、その間看護師は他の仕事をしている。

終わったら、ナースコールで知らせて、トイレの外枠のただのタイヤのついた椅子を押してベッドに連れ帰ってくれる。

患者は立たないから、転倒リスクもない。看護師も移乗を手伝う必要がなくて、その分の仕事は存在すらしないし、事故も怪我もない。

タオルは病院のものが使い放題なので、サクッと体を拭いたら、あとは洗濯物を全てシャワー脇のリネンボックスに突っ込むだけ。

で、帰宅前にまた看護師と笑い話をしたら、ただ帰るだけ。

医療費がタダないし前払いの国だったので、退院したら、本当にただただ荷物を持って帰るだけなんだなぁ。

いや〜、良い時代🤣

本当、時間が経って、一番記憶に残ってるのは、楽しい思い出だけだよね。

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