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唐仁原昌子
2024年9月29日 21:05
その日も、僕はうまく飛べなかった。 窓の外、もうずいぶん低くなった月が夜空の端にぶら下がる。薄くかかった雲が月の光を受けて、ぼんやりと滲んで見える。 滲んで見えるのは、雲のせいであって涙のせいではない。決して。 このまま寝るにはあまりに気持ちがささくれている。よくないなと思った僕は、すんと鼻を鳴らし、少しだけ散歩に行くことにした。 できるだけ静かにかんぬきを外すが、そのコトンとい
2024年9月22日 21:05
八時過ぎ。いつもの時間。 いつもの電車、いつもの車両。 ホームから改札までの通路、私の少し後から雑踏に紛れて近づいてくるのは、聞き馴染みのある鍵やキーホルダーがチャリチャリと擦れる音。 たまたま、あいつの「いつも」と私の「いつも」が一致しているように見せかけるため、私は今日も細心の注意を払う。 歩く速度は早すぎず遅すぎず、程よいそのペースを掴めたのは、いつのことだっただろう。
2024年9月15日 21:38
八時過ぎ。いつもの時間。 いつもの電車、いつもの車両。 ホームから改札までの通路、俺の少し前を行くいつもの制服。 たまたま、あいつの「いつも」と俺の「いつも」が一致しているだけで、それ以上でも以下でもない。 改札を出てすぐにある、コンビニの前を過ぎるあたりで俺はあいつに追いつく。そのまま追い越そうとする俺に、あいつは気がついて声をかけてくる。「あ、鈴浦おはよ」「…おう、おはよ
2024年9月8日 23:18
夕暮れでオレンジ色に染まったホーム。 蒸し暑い、夏の終わりの空気。 放課後に少し残って今日提出締め切りだった課題をしていたおかげで、一番混んでいる下校のタイミングは過ぎている。 そのため、いつもよりホームの上は人が少ない。いつもごった返している駅を利用しているから、まるで知らない場所のような気がしてくる。 そんなホームの片隅にあるベンチで、ぼーっと電車を待っていたら、不意に甘い香り
2024年9月1日 21:26
そのクジラは、太陽の明かりも届かないくらい、深い海をゆっくり泳いでいた。 いつだって泳ぎながら、仲間たちとたくさん話をして、これまでの時間で知り得た多くの歌を歌う。 寄せては返す波のように、ひたすらに繰り返される日々の中で、誰かから聞いたことがある。 いろんな命が交差する広い海の中には、それぞれが「存在しやすい場所」というものがあるらしい。 出会うべき命たちが、出会うべきときに出