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アップロード、ヒトミさんの場合

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2021年7月の記事一覧

アップロード、ヒトミさんの場合(13)

アップロード、ヒトミさんの場合(13)

まだまだ困難が待ち受けている
 しかしヒトミさんの行く手には、まだまだ困難が待ち受けている。
 新横浜駅で降り、ミコちゃんの家に二泊して、借りていたキャリーバッグと冬服を返す。懐かしい我が家のようなミコちゃんの家で、移動疲れを癒してから、段ボール一箱分の荷物を海辺のシェアハウスに送る。
駅まで送ってくれたミコちゃんとハグをして、電車を二度乗り換えて、一時間半ほどで着いた小さな駅前のロータリ

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アップロード、ヒトミさんの場合(14)

アップロード、ヒトミさんの場合(14)

「この町に友達はいるの?」
 ヒトミさんは裁判所を出て、区役所へ向かった。区役所は、夫婦で住んでいた町から離れたところにあったけれど、夫に遭遇する恐れがないとは言い切れない土地で、ヒトミさんは透明人間になりたいと思いながら足早に歩く。 
 一刻も早く、この土地を過去のものにしたいという思いに囚われているヒトミさんは、区役所で、夫に知られないよう転出したいと申し出た。
 市民課の若い女性職員は馴れて

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アップロード、ヒトミさんの場合(15)

アップロード、ヒトミさんの場合(15)

「生活保護を申請しますか?」

 お正月、ヒトミさんはマチコさんと二人でゆっくりと過ごした。小学生のときに母親を亡くしたマチコさんは、父親が再婚相手と暮らしている実家に帰る気はないらしく、「何だかここが実家なような気がしますねえ」と、穏やかに笑いながら言った。

「そうだね、私たちが実は姉妹で、いまにも両親が買い物から帰って来るといいね」
 ヒトミさんがそう言うと、マチコさんがふと真顔になったので

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アップロード、ヒトミさんの場合(16)

アップロード、ヒトミさんの場合(16)

不信感
 前回欠席だった夫は今回は出席していて、先に夫の話を聞くということで、ヒトミさんは弁護士さんと申立人待合室で待っていた。同じ建物に中に夫がいると思うだけで、恐怖心から吐き気がしてきたけれど耐えた。
 
 待合室は混んでいて、苛立ったり切羽詰まったような人々が、各々の弁護士たちと打ち合わせをしたり、どこかに電話をかけていたりしていたが、何も話すことのないヒトミさんとヒトミさんの弁護士さんは、

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アップロード、ヒトミさんの場合(17)

アップロード、ヒトミさんの場合(17)

連帯感
 社会は、優しい人ばかりで構成されているわけではない。そんなことは当たり前のようにわかっていたはずなのに、いまのヒトミさんの心には、人の悪意がダイレクトに突き刺さり、汚い言葉を聞くと指先が震えて冷たくなってくる。五十年と少し、ヒトミさんはこの悪意に満ちた世界で無事に生きてこられたことが信じられなくなってくる。
 
 でもヒトミさんと仲のいい入居者さんたちは、それらをちゃんとわかってくれてい

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アップロード、ヒトミさんの場合(18)

アップロード、ヒトミさんの場合(18)

需要と供給と昼逃げ
 ところでマチコさんは、土曜日に時々デートに出掛けて行く。マチコさんはすごくモテるのだ。デート相手が三人もいて、マチコさんはふくよかで美しい身体に薄手のワンピースをひらりとまとい、その上に軽いコートを羽織っただけで出掛けて行く。

「寒くないの?」
 心配症のヒトミさんは、お母さんになったような心持ちで聞く。
「大丈夫です、私、脂肪を着てるんで」
 マチコさんは朗らかに答える。

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アップロード、ヒトミさんの場合(19)

アップロード、ヒトミさんの場合(19)

月暦をめくり、春が終わる
 空調の効いた老人ホームには、毎日同じ空気が流れている。入居者さんたちは、外の空気を吸いたいからと、この頃はよく散歩している。空は晴れたり曇ったり、風は冷たかったり生温かったり。もうすぐ春が来る印の強風を、誰もが待ち望んでいるように思われた。

 ヒトミさんにはいま、全ての季節に対応できる服が手元にあったが、奈良で篠田さんにもらった重いウールのコートをいつまでも着ていたい

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アップロード、ヒトミさんの場合(20)

アップロード、ヒトミさんの場合(20)

心療内科
 ヒトミさんの心身に異変が起きたのは夏が終わる頃で、それは突然やってきた。
 
 ヒトミさんが、二〇一号室の山井さんの部屋を掃除していたとき、一昨日の晩にトイレに行く際に転んでしまったという山井さんが、「美容院に行きたいんだけど、ダメって言うのよ」とヒトミさんに愚痴をこぼした。
 
 話を聞いてみると、転んだときに頭を打っているかもしれないから、しばらくは髪を洗うなと看護師のリーダーに命

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アップロード、ヒトミさんの場合(21)

アップロード、ヒトミさんの場合(21)

ヒトミちゃん!
 その日がちょうど、一年前に夫と暮らす家から出奔した日だと気づいたのは、それが故郷の祭りの日だったからだ。

 一年前、ヒトミさんはミコちゃんの家で、その祭りをちらりと観た。ニュース番組の中で流れた故郷の風景は、あのときのヒトミさんには遠過ぎたけれど、いま故郷は、ヒトミさんの足元にある。

 祭りのために、町のホテルは満室だったので、祭りが終わるまで、叔父の住む島へ渡ることにしてい

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