5-1.最後の恋愛

※この記事はリクエストで急いで書いたので、誤字脱字等あったらすみません。いつもスキ、サポートありがとうございます。


 彼と出会ったのは、社会人になってからだ。趣味のイベントでお世話になっている知人の後輩で、ずっと顔を知っていたが最初の二年くらいは挨拶のみで、話をしたこともなかった。
 彼は私の三番目の彼氏なのだが、出会った頃の私は二番目と付き合っていた。私は、優等生で、優しそうで、真面目な「生徒会長」のような人が好みで、誠実さにしか惹かれない。実際に、二番目の彼氏は優しくて誠実で成績優秀な、自治会の会長だった。
 一方彼は、優しい人だが、いつも作業着のような恰好をしていて、車にお金をかけていて、怖そうな外見の仲間とつるみ、ヤンチャそうな印象を持っていたので、全くタイプではなかった。
 私は、二番目の彼と四年も付き合ったが、結婚適齢期の二十六歳の時、捨てられてしまった。実は二十四歳の時、口約束だが婚約をしたのに、破棄されたのだ。理由はその際は告げられず、「別れたい」「結婚はできない」と言われるばかりで、納得できずにただただ傷ついていた。きっと私の病気のことだろうと思った。それが結婚の足かせになるなら、相手にも失礼なので、もう男性と付き合うのはやめようと誓った。

 それなのに、例の知人に「彼氏と別れた」と告げた途端に、彼が私に話しかけにくるようになったのである。好みではないし、もう男性と付き合う気がなかったので、私は少し迷惑に感じつつ対応していた。
 私を見つけると必ず声をかけてくれて、この後遊びに行こう!とか、ご飯に行こう!と誘ってくれた。

「そこに段差があるよ。気を付けてね」
「天気予報では今夜は冷えるらしいから、陽が落ちる前に帰ろう」
 彼は、いつも紳士的に接してくれて、「暑くない?」「疲れてない?」「お腹空いてる?」と、気を使ってくれた。荷物を持ってくれたり、階段では手を差し伸べてくれたり、エレベーターや重たいドアを押さえていてくれたり、不安な時にアイコンタクトをくれたり、困った時はさりげなくフォローしてくれて、こんなにも全ての動作でいちいち大事にされたことは初めてだった。ヤンチャだと思っていたのでギャップの大きさに驚いた。
 半年間は何の進展もなく、時々連絡が来て、約束をすると家に迎えにきて、ただ楽しい時間を過ごして、帰りは家まで送ってくれた。あまりに親切にしてくれるので、いつも「今日こそは高額な壺を買わされてしまう」とドキドキしていた。
 付き合う気がないのなら、約束をすべきではないのだが、彼は誘い方が上手で「この間のお礼がしたい」とか、話の流れで「じゃあ気分転換に〇〇に行こう」とか「俺と会うのは嫌?」などと言われて非常に断りにくく、押しの強さがちょうどいい人だった。

 ある日のデートで夕方に映画を見た。アナと雪の女王だ。アナが王子と結ばれそうになるところでワクワクした。もうとっくに彼のことが好きだった。
 すると、食事の予約をしている店に歩いて向かっている最中に、彼が急に告白をした。ムードのない道端で、突然である。
「食前に!?」
 私は驚いた。これから食事に行くのに、フラれたら食事はどうするんだ!?と思ったからだ。そして、お断りをする気満々だった。
「え、それはごめんなさい。私達、今付き合うと、結婚を考える年でしょう?私は結婚はできません」
「どうして?」
「私は複雑な家庭で育って、精神的におかしいと思うのです」
「君はストレスに弱そうだし、怖がりな感じがする。でも変だと思わないよ。周りの顔色が気になって、気を使い過ぎて疲れているんだろう。俺には気を使わなくていいよ。安心できる相手として見てほしい」
「そ、それに親も変な人達なんです。結婚は家と家のつながりでしょう?絶対に迷惑をかけてしまいます」
「それは会ってみないと分からないし、親は子の幸せを望んでいるものだから、案外うまくいくかもしれないよ。君が親から離れるきっかけにもなる。それにうちの親は、人付きが上手だよ」
「あと、私心臓の病気なんです。黙っていてごめんなさい。きっと前の彼も、一生私と暮らせるか不安になったんだと思う」
「知ってたよ。周りの人から聞いたよ。でも、人に弱さを見せずに頑張ってる姿が好きだよ。前の彼氏にそう言われたの?」
「言われてはいません」
「じゃあ、違うかもしれないよ。治らないの?」
「今のところ…」
「そう。じゃあ、尚更君には俺が必要だよ」
「……え?」
「君の言う『変なご両親』は今は元気だろうけど、これから年老いて片親になって、その親が死ぬまで、病気の身で一人で介護するの?そのあとずっと一人で生きていくの?一人で死ぬの?そういう人生を望んでいるの?好きな人がいない、恋愛のチャンスがないなら仕方ないけれど、アタックしてくる人がいるうちは『結婚できない』『付き合えない』なんて決めなくていいんじゃない?」
「それは……」
「苦しいことを分け合える相手は沢山いた方がいいよ。恋人でも、友達でも、職場の人でもいい。愚痴を聞いてもらうだけでも救われることがある。困ってることが多ければ多い程、頼れる人を増やすんだ。分散すれば、頼られる人も負担が減るからね。そして、需要がある時は自分も助ける側に回る。それが依存しない関係性だよ。俺は君に頼ってほしいけど、俺に依存しろって言ってるんじゃない。俺にも、君の困っている話を聞く権利を分けてよ。できれば、友達よりも、少し多めに」
 こうして、どんどん論破されていった。
「とりあえず、寒いからお店に行こう。今夜はおでんが美味しいお店だよ。俺が我慢できずにこんなところで話し始めたのが悪かった。君の身体が冷えてしまう。ごめんね。急ごう」
「私……あなたのことが、好きなんです」
「よかった。まず、結婚じゃなくて、恋人を楽しもう。君はいつも先のことを考え過ぎている。でもね、未来の心配事は、実際は半分も起きないからね。先回りして怖がらないこと」
「はい」

 お付き合いを始めてからも、彼はずっと紳士的な態度で接してくれた。私が入院・手術になった時も、毎日ニコニコしながらお見舞いに通ってくれたし、うちの両親とも上手くやっていた。そしてプラトニックな関係だった。
 楽しすぎて怖かった。優しすぎて怖かった。こういう人が、結婚後にモラハラ男に豹変するのではないかと不安に思った。信用はしていたけれど、信じきれない何かを抱えている自分が嫌だった。

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