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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2020年9月の記事一覧

それで君は幸せになれるの? ~ショートショート~

「またあかんかった!」  電話口の友人は今日も元気だ。私は見ていたアニメの音量を下げて、彼女の話に耳を傾ける。どうやらまた、男とうまくいかなかったらしい。 「またかよ~。ほんまあほやな」 「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」  喚くくらいならやめればいいのにと思う。彼女はいつもいつも、だいたい同じ経緯でだめになっているのだから。だから私は笑いながらそれを指摘する。 「すぐヤるからやん?」 「いやだってまあ、楽しいし、求められたら嬉しいやん?」  返答に苦笑いし

不幸だなんて誰が決めたの ~ショートショート~

「またあかんかった!」  叫んだのは、私。26歳のいい年した大人が自宅で電話に向かって喚いているわけだ。電話の向こうにいる10年来の友人は、私の台詞に苦笑を返してきた。 「またかよ~。ほんまあほやな」 「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」  私はつい先日の合コンで会った男と、いわゆるイイ感じになっていたところだった。ところがそこで、ぷっつりと連絡が途切れて、今に至る。  男にフラれて、――フラれるほどの仲にもなっていないのだけれど――、とにかく関係が駄目になっ

留学生 ~ショートショート~

 私には恋人がいる。その恋人は、付き合って僅か1週間で海外留学に行ってしまったけれども。  見送りの日、彼はぎりぎりまで群衆の中で私の手を握っていた。その温もりを残り香のようにして、私は何も変わらない毎日を過ごしている。 「櫻井さん?」  アパートの廊下で、ひとりの男性に話しかけられた。このアパートは私の通う大学の学生が多く住んでいるところで、私はこの廊下の突き当りに部屋を借りている。声を掛けられたのは部屋に戻る途中だった。 「はい?」  私の3つほど手前の部屋から出てきた

あめのこおひい ~ショートショート~

 雨の日は嫌いだ。  あの日、初めて勇気を持って告げた「いやです」の言葉が頭でリフレインする。その後に続く、あなたの「ごめん」も。 ◆◇◆◇ 「雨の日は珈琲を飲むといいらしい。香りが立つんだって」  嬉しそうに報告するあなたは、どこでそんな知識を手に入れたのやら。紅茶党の私はたいして興味もなく、ふうんと返しただけだったけれど。  香りなら紅茶の方がいいと思う。フレーバーティーというのも今流行っているから、本当に色々な香りがあって飽きない。  私の素っ気ない態度にもめげずに

好キダト言ヘズ 好キダト言ハレズ サウイフモノニ ワタシハ ~ショートショート~

 縞子(こうこ)は、流行りの肉食女子だ。気になる人がいれば自分からガンガン話しかけに行くし、その場の主導権は握りたい。多少強引にでも自分のペースに巻き込む。これができるだけのコミュニケーション能力は培ってきたし、だいたいの人からは好感を持ってもらえるだけの愛嬌もある。  そんな縞子だからよく、モテそう、だとか、彼氏いそう、だとか言われる。「え~、募集中なんですけど~」と、おどけて答えるようにはしているけれど、内心では苦虫を嚙み潰している。  それができたら苦労はないのだ。

嘘つきは泥棒のはじまり ~ショートショート~

「嘘ばっかりつかないで」  君はよく僕にそう言う。泣き出しそうで、でも決して泣かない。きらきら光る瞳がきれいだなあ、なんて僕はいつもぼんやりと思う。 「嘘なんてついてないよ」 「嘘つき!」  即座に断定される。  君には何でもすぐばれちゃうんだなあ。でも仕方ない。それが僕の癖なんだから。  ずっとずっと、君には嘘しかついてないんだから。  あの春の日、君にであったその日から。 ◆◇◆◇    高校のときと比べて随分長い春休みも、今回で3回目だ。順調にいけばあと1回か

ホットケーキが食べたい ~ショートショート~

 ホットケーキが食べたい。不意にそう思うときがある。 「なんで! なんでできないの!」  ヒステリックに怒鳴る上司。泣いている後輩。後輩は私の1年後に入社して、私も色々と面倒を見てきた。 「これもう全部やり直し! 今から! 今もう14時でこの資料は16時には提出しないといけないの! どうすんのよ!」  わんわんと響く声ではないけれど、きんきんと頭にくる声で、同じ島で少し離れたところに自席を持つ私にも、その声は聞こえた。そんなにスケジュールがタイトなら、喚く前に仕事を割り振れ

世界が終わったその後に② ~ショートショート~

 ①はこちら。  ――もう終わった世界で、僕たちは夕陽を見ている。 「できた」  ロイがそう言ったのは、太陽がちょっと赤くなったくらいで、ネイラはロイの足にもたれて眠ってしまっていた。 「本当だ。すごい」  僕が拾った壊れたロープは、そりゃあ完璧じゃないだろうけど、ちゃんとロープに戻っていた。  ロイは、ちょっと疲れた様子で、でもとても満足そうに笑っていた。そのままロープを持って立ち上がるから、ネイラが起きてしまった。 「おにーちゃ?」  寝ぼけながら手を伸ばすネイラの頭

世界が終わったその後に① ~ショートショート~

 ――昨日、世界が終わった。 「あーん。もう、そっちの取ってよう!」  ネイラはもう言って、持っている棒で水面をつついた。その棒は僕の背ほどもあって、ぐわんぐわんと弛んで上下する。瓦の上を進んでいたロイが、無表情でその棒をぐいっと押さえた。 「ノア。それよりもロープ」  言われて、あ、と僕は思い出す。ごわごわとした太いロープは、もうすぐ手が届きそうなところにある。 「ご、ごめん。ちょっと待って」  左手を水面から飛び出た電柱に掛けて身体のバランスを取りながら、水の下で揺れる

力も愛も ~ショートショート~

「これはね、愛があるからなんだよ」  あたしを追い詰めたあと、君は必ずそう言う。  あたしは涙を拭って、肯定の言葉を呟く。   「これだけしても一緒にいてくれるって実感したいんだ」 「だからね」 「他のだれかが君を痛めつけたら、おれは怒るよ」  なんて君は勝手で  なんて大きくて  なんて強いんだろう。  あたしはまた涙を拭って、肯定の息を吐く。 「君を痛めつけていいのはおれだけで」 「おれが痛めつけていいのは、君だけなんだから」  嗚呼、なんて満足気なの。

コンプレックス  〜ショートショート〜

「化粧しないと人になんて会えないよ」  それが、真奈子の口癖だった。  実際、彼女の素顔を見たことはない。お泊まりをしても、風呂に入った後化粧をして、皆が眠ってしまってから化粧を落として、誰より早く起きて化粧をする。それが真奈子という女だ。  付き合う男にもそうなの?  と、1度興味本位で訊いたことがある。返ってきた侮蔑の眼差しが忘れられない。  きっと彼女にとってそれは、聞くまでもない当たり前のことなのだろうと理解した。  そんな真奈子とは高校生の時からの付き合いで、

曖昧の一幕 ~ショートショート~

「なんや、まだ2合目くらいやん」  目の前に来るなり、俊哉はそう言ってちょっと笑った。  私は一瞬きょとんとする。2合目? 私今ワイン飲んでるんですけど?  それが、日本酒の量を指すのではなく、登山に例えてなのだと分かるまでに2秒ほどかかった。  その間に俊哉は空いた椅子に腰を下ろす。  先ほどまで、私は友人と飲んでいた。既婚者である友人は、「旦那が待ってるから」という私にとっては羨ましさしか生まれないような理由で、終電よりも早く帰った。夕方からスタートしたふたりの飲み会は

悪趣味な ~ショートショート~

「ねえ。あたしといて、シアワセ?」 カレは答える。 「幸せだよ」 真っ直ぐに、あたしの目を見て。 カレはいつも素直に、率直に、あたしに答えをくれる。 微笑みかけて、唇を合わせる。 その勢いのまま身体を重ねる。 カレとのそれは、いつも最高に甘くて、あたしは何度も悦びに啼く。 そしてお互い満足して、脚を絡めて眠る。いつものルーティン。 眠りに落ちたカレの傍からそっと抜け出す。 「さようなら」 と、声に出せないまま。 終電はもうない。 タクシーを拾って、その中でひっそりと