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【小説】デスメタル乳首破壊光線【後編】

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7.謎の誘拐犯

 カーティスを誘拐されるのは別に構わない。大した情報ももたず、役には立たなかっただろう。無駄飯喰らいが減って助かる。引き取ってくれてありがとう。あとで返してもらうかもしれないが、いまはどうでもいいやつだった。

 重要なのは誘拐犯ゆうかいはんの方、防護服ぼうごふくの連中だ。バーで老人が語っていた『宇宙人』はこいつらに違いない。行方不明のデスメタル連中をさらった奴ら。ブルータル・ジャックの遺産いさんへの手がかりをつぶしているのはこの誘拐犯ゆうかいはんだ。ひょっとすると、ジャックの公的情報こうてきじょうほうを消したのもこいつらの仕業しわざかもしれない。
 いずれにしても、デスメタルバンドを誘拐ゆうかいするなんて、ただでむと思っているのか?

 だが、ストームトルーパーめいた奴らをとっ捕まえようにも、奴らはマシンガンで武装していた。一方、俺たちは丸腰まるごしだ。楽器はガレージの中に置きっぱなし。銃は持たない主義だ。手には買い物袋とスナック菓子、フライドチキンがあるだけだった。
 ソリッドマンに、なんとかできないかと確認したが、やつは首を横に振った。スーパーマンじみた脅威の筋力を持つソリッドマンだが、残念ながら防弾仕様のボディは持ち合わせていなかった。

 俺たちは命知らずを自負している。だが、丸腰でマシンガンを持った奴らに跳びかかったりはしない。命知らずとバカは違う。

 そういうわけで、俺たちはフライドチキンをかじりながら、遠巻きにぼんやりと、誘拐犯を見送る運びとなった。それにしても奴らは手際が良かった。かなりの数を誘拐して、場数を踏んでいるに違いないと見た。

「あいつら、なんだったんだ」
 サンダーボルトはチキンの骨を放り捨て、白いバンの行列が走り去った、北の方角を見つめた。

「なにものか知らないが、明らかにデスメタルバンドを狙って誘拐している」

 ラスベガスでランダムに誘拐した相手が偶然デスメタル野郎でした、なんてことがそうそう続くわけがない。デスメタルバンドだけを集中的に拉致しているのは間違いない。だが、なんのためにデスメタルバンドを? 俺達は別段金持ちが多いわけでもない。風呂に入らないやつもいる。そんな奴らを誘拐する目的は一体何だ? 考えているうちに、俺は昔聞いた噂話を思い出した。

◆◆◆

 第二次大戦中、ナチスドイツはオカルトのパワーを戦争に利用しようとした、というのは有名な話だ。我らが合衆国でも、オカルトに対抗しようと、様々な研究がなされたという。超能力少年の育成とか呪術とか、そういう胡散臭うさんくさいやつだ。
 第二次大戦が終焉を迎え、ソ連との冷戦れいせんが始まっても、研究は続いていた。その中には、こんな試みも含まれていたという。すなわち、デスメタルの軍事利用ぐんじりよう

 まさかとは思うが、デスメタル軍事利用研究は今も続けられているのではないか? そのためにデスメタルバンドを片っ端から誘拐しているのではないか? すこしばかり考えてみたが、あまりにバカバカしい話だったので、俺はこのアイデアを頭から蹴りだした。

◆◆◆

「なんにせよ、あいつら捕まえて、拉致の目的と監禁場所を吐かせねえと」
 サンダーボルトの言葉に、ソリッドマンも頷いた。

8.オトリ

 俺はひとりで【BAR 強い圧力鍋】に戻った。酒場に戻ったといっても、ヤケになって酔っ払いに来た訳ではない。これは作戦だ。

「奴らがデスメタルバンドを狙っているのなら、俺たちも奴らのターゲットに含まれているんじゃないか、ってことだ」
「なるほどな、言いたいことが分かったぜ。俺たちをさらいに来たところを、逆にブチのめせばいい。そういうことだな?」

 話が極めて早かった。そういうわけで、俺はおとりに志願した。バーで酒をしこたま飲みながら、防護服の連中が襲ってくるのをのんびり待つ。奴らが俺をさらいに来たところ、隠れていたサンダーボルトとソリッドマンが不意打ちアンブッシュ。捕まえて拷問しようという算段だ。

 バーの床には、先程ソリッドマンが殴り飛ばした老人が、相変わらず倒れていた。いびきをしているところを見ると、どうやら生きている。しぶといジジイだ。

 マスターのプリウスは、30年前に死んだ妻とやったという、グランドキャニオンでの露出プレイの話をしていた。世界遺産で露出プレイをするな。

 コロナビールを注文し、ハイネケンを出された。まあ、注文通りに出てこないこともあるだろう。別に構わない。だがこれが5回続き、苛立った俺はプリウスを殴り飛ばして昏倒させた。

 俺はバーカウンターを乗り越えて侵入し、コロナの栓を開け、バーボンとテキーラを一気飲みし、日本製のウイスキーを舐めた。

 ラッパ飲みを続け、そろそろ急性アルコール中毒で死んでもおかしくない量を肝臓に注ぎ、いよいよ足元がおぼつかない。視界はぐるりと一回転し、夢見心地、宙に浮かぶような感覚、俺はカウンターに突っ伏した。

 辺りが騒がしい。目を覚まし、重い頭を持ち上げると、いつの間にか白い防護服の連中が俺を囲んでいる。10人、いや、20人か? 今ひとつ焦点が定まらない。頭が内側から叩かれるようにガンガンと痛む。手にしていたウィスキーの瓶で、とりあえずそいつらの頭を一度づつ叩いてみた。だが大して力が入っていなかったらしく、防護服は動じることもなく、俺を縛り上げる。完璧な酔っぱらいである俺はまるで抵抗できる気がしない。しかしこれも作戦のうちだ。

 バーの壁が爆発するかのごとく吹き飛んだ。ソリッドマンが壁を突き破って酒場に躍り込んだのだ。ソリッドマンは手刀を振るう。圧倒的な膂力が炸裂し、白い防護服の連中に命中していく。ヤツらはマシンガンをぶら下げているが、周囲に味方がいるため、使用できなかった。まさか仲間ごと俺達を撃ち殺すわけにもいかないだろう。狭苦しい店を占領していたストームトルーパーたちは残らず壁に叩きつけられ、意識を失った。

 素手でソリッドマンに抵抗できるやつはおよそ存在しない。ザ・ロックでも無理だ。どうしてもというなら、チャック・ノリスを連れてくるといい。

 俺たちは防護服の連中を縛り上げ、酒を飲みながら、意識を取り戻すのを待った。店は壁も窓も木っ端微塵で、非常に風通しが良く、過ごしやすい環境に様変わりしていた。

 防護服の連中が目を覚ましたところで、俺達は3人がかりで、酒瓶でタコ殴りにした。技術も何もない拷問方法だ。だが、これをやられたら、聞かれてないことまで喋りたくなる。酒瓶は割れ、破片が飛び散り、体中に突き刺さる。顔には少しずつ傷が増えていき、しまいにはズタズタ、鏡を見るのが怖くなるほどにいたましい顔面になってしまう。

 店の洗面所から外した鏡を突きつけながら、おれは懇切丁寧な口調で質問してみた。
「お前らどこの何者だ? 何が面白くてデスメタルバンドなんかを誘拐しているんだ? 早いところ喋らないと、この割れたグラスで口裂け男にしてやるぞ」
「俺たちは空軍所属の特殊部隊だ。デスメタルバンドを誘拐しているのは研究に使うためだ。なんでも喋るからもう顔はやめてくれ。」

 ガラスの破片が大量に顔に刺さった防護服の男は、うんざりしたような表情で答えた。

「空軍だと? まさかエリア51の所属か」
「そうだ。エリア51でデスメタルの軍事利用研究が再開された。貴様らの存在は抹消され、研究材料として一生を過ごすことになる」
 顔面ズタズタ男はニヤリと笑った。かなり不気味な表情だ。
「お前たちはベガスを離れてメキシコにでも逃げた方がいい。軍人に手をだして、ただでは済まないぞ」
「それはこっちのセリフだ。デスメタルバンドに手を出して、無事でいられると思っているのか?」

 俺は割れたグラスでストームトルーパーの口を引き裂いた。

 空軍がデスメタルバンドをねらっているだと? 俺は昔から大の軍人嫌いだ。平和のためとうそぶいて、人殺しの準備をするカスどもめ。

9.ラスベガスの狂人たち

 俺には兄貴がいた。15歳上だった。年が離れているので、一緒に過ごした時間はそう多くはない。ギターの弾き方の基本を教わったくらいしか、子供の頃の思い出はない。

 兄貴は成人すると同時に、友人たちとカジノに行った。随分勝ったらしい。ビギナーズラックというやつだ。そこからどっぷりとギャンブルにのめり込んだ。結果どうなったかは想像に難くないだろう。だんだんと負けが込んでいき、借金がいつの間にか膨れ上がり、兄貴はタチの悪い連中に追われるようになった。そんな折、中東で戦争が始まった。イラク戦争。9・11の報復というやつだ。

 借金取りから逃れるため、兄貴は陸軍に志願した。何週間かの訓練の後、前線に送られた。2度目の派兵から帰ってきた兄貴は別人のようだった。日焼けし、筋肉がつき、パッと見た感じはむしろ健康そうだった。だが、目はどんよりと、虚ろだった。心身のかみあっていない感じに、俺は子供ながらにイヤな予感を覚えた。

 兄貴は夜、寝ながら叫び声を上げた。あまりの絶叫、何事かと寝床に様子を見に行った俺の首を、兄貴は鬼の形相で絞め上げた。兄貴は昼、通りに出ると、少しの音にも怯えた素振りを見せた。車のタイヤがバーストした音を聞いたときには、木の陰に身を隠すようにして、滝のように汗をかいていた。
 兄貴はまるで、戦場で常に危険にさらされているかのような振る舞いをみせていた。俺は、兄貴はここにいながら、こころを戦場においてきてしまったんじゃないか、そんなふうに思った。

 俺は兄貴を医者に連れて行った。精神科だ。嫌がるかと思ったが、兄貴は素直に一緒に病院へ行った。自分がおかしくなっていることを自覚していたのだろう。

 診断は、心的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDというやつだった。トラウマが終わること無く心身をさいなみ続ける、そういう症状だと、俺はネットで調べた。まさに兄貴の状態にあてはまると思った。

 ある日、学校から帰ると、玄関先に兄貴の脳みそが飛び散っていた。ショットガンをくわえ、引き金を引いて、自分の頭をふっ飛ばしたのだ。足元にはウイスキーの空き瓶が転がっていた。俺は3時間、その場に立ち尽くしていた。あの光景は今も脳裏に焼き付いている。

 戦地で何があったのか、俺は知らない。兄貴は何も語らなかった。
 俺は想像した。前線に送られた兄貴はどんな光景を見たのか。人を殺したのか。殺されそうになったのか。
 恐怖と緊張に、罪悪感に、眠れぬほど苛まれ続けたのだろう。殺し、殺される日々に、兄貴のこころは耐えられなかったのだろう。

 正気で殺し合いをやれる人間はいない。
 狂ってしまうか、もしくは、もともと狂っていたのか。

 はした金のために命を何度も賭けて対バンする俺達は、デスメタルバンドの連中は、一体正気なのか?
 もともと狂っていたのか。
 それとも、兄貴の死体を見たあの日、俺はイカれてしまったのか?
 
◆◆◆

「実際、正気でできることじゃねえな」
 サンダーボルトはつぶやいた。

「軍の施設に乗り込むなんてのは。算数ができる脳みそ持ってるやつはやらないはずだ」
「でもやるだろ?」
「当然だ」

 サンダーボルトは間髪入れずに同意する。ソリッドマンも力強く頷く。
 命の目方めかたを正しく計れなくなってしまった奴ら。それがデスメタルバンドだ。俺たちは死など恐れない。殺すことを厭わない。

「デスメタル研究なんてふざけたことしやがって。基地ごと爆破してやるぜ。そんで借金返済、ついでに捕まった連中を解放して恩を売る。一石三鳥だな」

 俺たちは普段から世話になっている楽器店に強盗に入った。軍事基地襲撃の下準備だ。失った楽器や機材を調達しなければならない。店主のジョセフは、恩知らず共が、と喚いていたが、知ったことではない。こっちは今から内戦を起こすのだ。

◆◆◆
 
 壊れかけのキャンピングカーが進む。
 ベガスを出て、北へ。舗装された真っ黒い道を走る。ダッシュボードに、前世紀の遺物、CDを発見した。車に内蔵されていたステレオにディスクを挿入する。
 再生された音楽はひどい音割れとノイズ。スピーカーが壊れているのだろうか。それともCDの劣化か。普通ならとても聞けたものではなかった。だが、俺たちはその壊れ具合を楽しんだ。

 窓の外では段々と太陽が沈んでゆく。黒いアスファルトだけが日中の熱気を保ち続けている。周囲には何もない。地平線に見える小高い山へ向かう。2時間ほど走り、山をいくつか超えると、舗装路は途絶えた。

 キャンピングカーはゆっくりと踏みしめるように未舗装の荒れ地に入る。トレーラーに積んだ重たい機材が車の重心をゆさぶる。

 どこもかしこもがガタつくキャンピングカー。フレームはとうの昔、手に入れたときからヨレてしまっていた。今や塗装も剥がれ、サビだらけ。死に体、だが今なお動き続ける。まるでゾンビのようだった。

「こいつとも今日でおさらばかもな」
 サンダーボルトはカバーの割れたシートを撫で、郷愁をにじませながら呟いた。
 数年前、敵対バンドによって家を爆破されたサンダーボルトは、数ヶ月の間、このキャンピングカーで暮らしていた。当時は雨漏りするこの車に文句たらたらだったが、それでも少しは愛着を抱いたのだろう。

 不意に車内が静かになった。音楽とも言い難い、死にぞこないのわめき声を放っていたスピーカーも、ついに寿命を迎えたのだろう。俺たちは胸の前で十字を切った。レストアンドピース。

 パソコンが燃え、ビルが焼かれ、スピーカーも完全に死んだ。車は走っているのが不思議なくらいのロートルときている。日は沈んだ。すべての物事はいずれ終わりを迎えるのだ。そんなことを考えずにはいられなかった。もし生きて帰れたとしても、このバンドの終わりも近いのかもしれない。
 サンダーボルトとソリッドマンも同じことを考えていたのか、神妙な面持ちで、すっかり暗くなった荒野を見つめていた。

 進入禁止区域の50メートル手前で車を停めた。
 米国空軍ネリス試験訓練場、すなわちエリア51が、目と鼻の先にある。
 車を降り、運転で固まった体をぐいと伸ばす。
 機材をトレーラーから降ろし、車の側面にアンプを、上部にドラムを設置する。走行時の衝撃で落下しないよう、しっかりと固定する。

 深夜のネバダ州レイチェル、その荒野。
 ベガスのカジノやホテルの猥雑な空気は、もはや遥か遠くにある。
 気温はひと桁、冷たく澄んだ夜空。
 星々の光がよく見えた。
 静かな夜だ。
 その静寂は今から粉砕される。 

 いまからここで行われるのは、歴史上最狂のライブイベントだ。
 キャンピングカーの天井に乗って、演奏しながら軍の施設に突っ込む。
 囚われたデスメタル野郎共を開放する。
 バスティーユ牢獄襲撃なんぞ目じゃない。
 阻止しようとする奴は、地獄に直葬されることになる。

 「サンダーボルト。ソリッドマン。準備はいいか」
 聞くまでもない、そう思いながらも、俺は尋ねた。
 「任せろ」
 短く一言、だが力強い言葉がサンダーボルトから返ってくる。
 ソリッドマンは小さくうなずき、サングラスを外すと、指の関節をバキバキと鳴らした。
 
 演奏開始。

10.デスメタル乳首破壊光線


 爆音を轟かせながら、オンボロキャンピングカーが侵入禁止エリアに踏み入った。運転席には誰もいないが、サンダーボルトの能力で操縦する。

 哨戒中の兵士がキャンピングカーの進行方向に飛び出し、小銃をこちらに向けて構えた。
 大口を開けて、こちらに何か喚いている。
 演奏でなにも聞こえやしないが、動くな、止まれ、演奏をやめろ、とかそんなところだろう。
 職務に熱心だな、憲兵さん。感心するぜ。だが無駄だ。
 俺はデスメタルの力で乳首から破壊光線を出せる。俺たちの行く手を阻もうというのならば。この力で地獄に送ってやる。

 二筋の乳首破壊光線が、ネバダの夜空を切り裂くように、真っ直ぐの軌跡を描く。
 次の瞬間、兵士の胴に、頭に、2つのデカい風穴が開く。人の形を失った兵士は荒野に崩れ落ちる。
 ダメ押しに、キャンピングカーのタイヤがその死体を踏み潰す。

 タイヤが拾うオフロードのデコボコに突き上げを喰らいながら、俺たちは演奏を続ける。

 三角屋根の見張り台から、やたらとまぶしいサーチライトが照射される。ついでにアサルトライフルでこっちに照準をつけてきているのだろう。国内で人を撃ち殺すチャンスが回ってきたな、おめでとう、スナイパーさん。だが無駄だ。
 乳首破壊光線がスナイパーの下方へ突き刺さる。見張り台の脚の鉄骨をバターの如く溶解する。
 見張り台は飴細工のようにグニャリと曲がる。勢いよく崩壊し、巨大な砂煙をあげた。
 落下していく狙撃手が空中で手足をばたつかせているのが見えた。狙撃手が地面に激突する前に、俺は乳首破壊光線を食らわせてやった。地面にぶつかると痛いだろうから、親切心を発揮して、その前に殺してやったのだ。
 キャンピングカーでその横を走り抜ける。

「侵入車両、武器、いや、楽器を捨てて停止しろーッ!!」
 デカいメガホンと機関銃をルーフに搭載したジープが3台、キャンピングカーを追跡してきた。
 助手席の兵士は身を乗り出し、マシンガンをこちらに向ける。荒れた地面に揺られながら、必死で狙いを定めようとするのが見て取れる。だが無駄だ。
 ジープの車体表面を、2本の光線がなぞる。
 次の瞬間、ジープはキレイに3等分、バラバラになって爆発した。
 吹き上がる炎とそれが照らし出す黒煙を尻目に、キャンピングカーは荒野をひた走る。
 
 このエリア51近辺にはいつも、未確認飛行物体を見に来たアホな観光客がいる。
 この光を見て、奴ら、さぞかしエキサイトしていることだろう。
 UFOを見た、宇宙人は地球に来ていたんだ、ってな。
 だが実際、お前らが見てる光は宇宙人も地球人も等しく灰にする、デスメタル乳首破壊光線だ。

 こうして基地の外にいた警備は全滅した。当然の結果だ。通常火器で万全のデスメタルバンドに敵うわけがない。だからこそ、エリア51の連中は、デスメタルの軍事利用などという、くだらない企みを考えたのだろう。

 基地のシャッターに乳首破壊光線で穴を開ける。乳首破壊光線の前には、装甲も、壁も、盾も、シャッターも、シェルターも、何もかもが無力だ。阻むことは叶わない。俺の乳首から出る光線は、すべてを貫き、焼き尽くす。

 シャッターの向こうには兵士がズラリと待ち構えていた。だが無駄だ。乳首破壊光線でまとめて蒸発させた。熱気とともに立ち込める血煙を押しのけて、キャンピングカーは進み続ける。基地の内部、航空機の格納庫やバックヤードなど、車両が入れる場所をひとまわり走り、目につくやつは皆殺しにした。容赦はしない。先に手を出したのはこいつらだ。

 演奏しながら巡航し続けていると、進行方向に白衣の男女数名がいた。白衣を着ているからにはおそらくデスメタル研究をしている連中だろう。サンダーボルトは車のスピードを落とさず、全員まとめて轢いた。

 いよいよあらかた殺し終えたところで、男が現れた。ひげと勲章を大量に身につけた、地位のありそうな男だ。この基地の責任者だろうか。白旗を降っている。降伏を意味するジェスチャーだ。俺たちは降伏しようという人間をいきなり殺すほど野蛮ではない。演奏を停止し、車を止めて、屋根から降りた。そして男を殴り飛ばした。

「降伏だ、やめてくれ」
 男は呻いた。

11.空軍大将ホアマン

「誘拐したデスメタルバンドがこの基地内にいるはずだな。解放しろ。あと金を出せ。多ければ多いほどいい。全部出せ。」
 俺は明快に要求を述べた。

 実のところ、俺たちは限界が近かった。デスメタル能力を短時間で乱発しすぎたのだ。サンダーボルトの皮膚は自らの電撃で火傷まみれになっている。俺の乳首も結構ギリギリだった。このタイミングで敵のトップを抑えられたのは幸運だった。あとは要求を飲ませるだけだ。だが、

「だめだ」
「お前、降伏しておいて、だめだ、とはどういうことだ。ふざけるんじゃねえぞ、ひげジジイ」
 サンダーボルトはキレた。

「だめだ」
「痛めつけねえとわからねえみたいだな」
「違う、このひげジジイの目的は時間稼ぎだ」
 ふざけたジジイだ。思い通りには行かせない。

「捕まってる奴らを探してきてくれ、サンダーボルト。その間に俺とソリッドマンでこいつに一から十まで喋らせてやる」

 サンダーボルトが走り去っていくのを見送り、本格的にインタビューを開始する。

「金を出せ」
「だめだ」
 ソリッドマンが右手の小指をひきちぎる。

「金を出せ」
「だめだ」
 ソリッドマンが右手首をひきちぎる。

「金を出せ」
「だめだ」
 ソリッドマンが右の肘をひきちぎる。

「早いところ金を出すことをおすすめする。さもないと、5分以内に四肢が無くなるぞ。」
 俺は真摯な忠告を与えた。だが、髭面の責任者は首を振った。

「私は空軍大将、ジェラルド・ホアマンだ。どうしてこんなことをする。軍事基地に乗り込んで、祖国を守る軍人を殺すとは」
「おしゃべりがしたいわけじゃないが、教えてやる。お前がデスメタルバンドを誘拐するなんてふざけた真似をしたからだ。許されると思うなよクソヒゲオヤジ」
「まて、貴様らとて、対バンで大量のデスメタルバンドを殺しているだろう。自分たちのやっていることは棚上げか?」
「話をそらすな。今はお前のやったことを話してるんだ。俺達が何人殺そうが関係ない。」

 話しているうちにだんだん煙たくなってきた。煙幕でも張られたかと思ったが、周囲を見回してもその様子はない。
 ふと視線を落とすと、俺の乳首から煙が出ていた。

◆◆◆

 数年前、デスメタル産業医に言われたことを思い出す。

「乳首破壊光線を放つのは、一日3回、週に7回程度に抑える必要があります」
「抑えないとどうなる?」
「デスメタル能力には、未知の部分が多い。確かなことは言えませんが、乳首が破壊される、最悪死ぬ、といったことが考えられます」
「なるほど」
「治せない可能性もあります。乳首を酷使しないように心がけて、健康なデスメタルライフを送ってください」

 すこしばかり、医者から聞いていたのとは違う状況が発生している。俺の両乳首から煙が出ている。

◆◆◆

 特に痛みはない。だが、気が散って仕方がない。煙を止めようと試みたが、方法が分からなかった。
 どうしろというんだ。乳首から煙が出ているんだぞ。

「どうやら乳首に限界が来たようだな」
 ホアマンはほくそ笑んだ。
「デスメタル能力を使えない貴様らなど、我々の相手ではない。降伏し実験材料となるか、死ぬか、選ぶがいい」
 ホアマンが左腕を振り上げる合図をすると同時に、俺達は銃を持った兵士に包囲された。まだこんなに戦力が生き残っていたとは油断した。

 実際、俺の乳首は限界を迎えていた。気を抜くといつ取れて地面に落ちてもおかしくない。乳首を酷使しすぎてしまった。また使えるようになるかは分からないが、今日乳首破壊光線を出すことは、もはや不可能だろう。

 俺たちは楽器を置き、両手を掲げた。降伏を意味するジェスチャーだ。
 こうなっては、俺にもソリッドマンにもできることは無い。だが、まだ最強の切り札が残っていた。。

 俺たちとは全く別の場所から、鋭いエレキギターの音が響き渡った。熟練の指さばきが奏でるメロディアスな音楽。そしてデスメタル能力が発動する。

 俺たちを包囲していた兵士たちは、一瞬動揺した素振りを見せ、そして股間を押さえた。デザート迷彩のタクティカルパンツが勢いよく血に染まっていく。信じられないという表情で崩れ落ちていく兵士たち。少し遅れて、ホアマンの股間から、破裂音がした。どいつもこいつも絶望の表情だ。当然だが。

「これはお前たちが捕らえていた男のデスメタル能力だ」

 ジョニー・”イラ■チオ”・ドーソン。この男はデスメタルの力で敵のチ■ポを爆発させる事ができる。
 ラスベガスで最も危険な男、両足義足の歴戦の男はサンダーボルトに解放され、最強最悪の能力を遺憾なく発揮していた。こうして、米国空軍ネリス試験訓練場の兵士はもれなく戦闘不能となった。なにせ、ペニスが爆発させられたんだからな。

 女性兵士など、ペニスをもたないやつもいたが、そいつ等は飛んできたカラスに目玉をえぐられた。鳥を操るバードマンの能力だ。つまり、敵さんは、金玉か目ん玉か、いずれにせよタマを破壊されたことになる。

 拉致監禁されていたデスメタルバンドは、サンダーボルトの手でめでたく全員解放された。
 俺たちとジョニー・”イラ■チオ”・ドーソンは、お互いに感謝し、健闘を称え合った。だが、のんびりしてもいられない。
 他の基地から応援の特殊部隊が押し寄せて来る可能性は十分考えられる。一刻も早く退散しなければならない。

 車両をかっぱらい、デスメタル野郎どもは静かな夜の荒野へ解き放たれていった。
 奴らは、明日にはまた俺たちの敵となり、対バンで戦うことになるかもしれない。解放せず、放っておく道もあった。だが、殺し合ってこそデスメタルだ。俺たちは正気でいられない。

 いよいよ崩壊寸前のキャンピングカーに乗り込み、俺たちはエリア51を後にした。
 この車も、俺たちのバンドも、いつ終わってもおかしくない。だが、それは今ではない。破滅の刻まで止まることはない。こんな形でしか生きられない。正気じゃないと言うやつもいるだろう。その通りだ。俺たちは正気でいられない。

 俺達は正気で生きられない。

12.アウトロ

『次のニュースです、ラスベガスの新たなホテル建設に―』

 俺たちはここ数日、【BAR 強い圧力鍋】で、コロナビールをあおりながらテレビを眺め、ニュースサイトをチェックしていた。エリア51での出来事がニュースになっていないか確認するためだ。公開指名手配されたりしていたらマズい。

 だが、ネット上にもテレビにも、情報は一切出ていなかった。
 デスメタルバンドの拉致監禁はなかったことにしたい、そういうことだろうか。それとも秘密裏に俺たちを探しているのだろうか。だとしたら、いつ特殊部隊が送り込まれてもおかしくはない。俺たちはそれだけのことをした。

 俺たちは空軍基地から武器を盗み、裏でさばいて金を作った。債務を返済してありあまる金額だ。トマホークミサイルは一発100万ドルの値がついた。だが、そのままでは金は使えない。マネーロンダリングする必要がある。洗い終えるまでの間は、金を使うことも演奏機材を揃え直すこともできない。メキシコに逃亡するのも無理だ。

 俺達は死こそ恐れないが、いきなり撃ち殺されるのを大歓迎しているわけでもない。突然軍が襲ってこないかと、若干不安な気分になりながら、ドリトスをつまむくらいしかやることがなく、【強い圧力鍋】に入り浸っていた。

 コロナビールの瓶を50本ばかり空にして、ソリッドマンは酔いつぶれた。
 サンダーボルトも俺も、アルコールがぐるりと回った、働かない頭でぼんやりとテレビを眺めていた。
 そのとき、奇妙なニュースが流れた。あまりの奇妙さに、酒に酔って頭がイカれたのか、そう思ったほどだ。

「次のニュースです。デスメタルバンドのメンバーが両乳首を破壊され、殺害される事件が発生しました。最近、同様の手口の事件が相次いでいます。事件の発生場所はいずれもラスベガス近郊であること、手口の類似性などから、警察は同一犯の犯行と見て捜査を進めています。」

 とんでもないBREAKING NEWSだった。
 デスメタルバンドをやっているやつの乳首が破壊された挙げ句に殺害されただと? かなり残虐な連続殺人事件だ。SNSを見ると、世間はイカレた変態の仕業だと思っているようだった。
 だが、どう考えても犯人の狙いは俺だ。犯人はデスメタル乳首破壊光線の使い手を狙っている。間違いない。

 一体どんな理由で俺を殺したいと思っているのか。俺は恨みを買うような事をした覚えはまったくない。いや、少しはあるかもしれない。俺は山ほど恨みを買っている。
 エリア51の空軍関係者か、それとも対バンで殺した奴らの遺族だろうか。ただの狂人かもしれない。
 
 どんなやつが来ようが、関係ない。俺はデスメタルの力で乳首から破壊光線を出せる。跡形残さず消し飛ばしてやる。

【デスメタル乳首破壊光線・完 / デスメタル乳首破壊事件に続く?】

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