【小説】デスメタル乳首破壊光線【前編】
あらすじ
1.イントロ
バンドの練習に行くと、メンバーの二人はすでに肩慣らしを始めていた。俺は二人に声をかけてギターケースを下ろし、防音室の隣の部屋に入った。
狭苦しい事務室でPCの電源ボタンを押す。十数年モノのPCは、殺してくれと悲鳴を上げながら起動した。この断末魔にインスパイアされて書いた歌詞は1つや2つではない。3分ほど聴き入ってから目を開けると、モニターには青空と農場の緑。
メーラーを立ち上げ、出演や対バンの依頼がないかザッとチェック―――一通のメールに目が止まる。
その差出人の名は『ブルータル・ジャック』。
2週間ほど前に対バンしたデスメタルバンドのボーカルだ。デスメタルの力で竜巻を発生させ、ライブハウスの天井を30マイル先まで吹き飛ばした迷惑極まりない奴だった。だが死んだ。俺が乳首破壊光線で焼死体にした。間違いない。乳首にまだ手応えが残っている。なぜ奴からメールが?
マウスを動かす。メール本文を開くと一語、『vengeance』。
報復。
穏やかでないが、謎は解けた。誰かがジャックのメールアカウントを使ったのだろう。
俺はこのメールを見て嬉しくなった。
というのも、ジャックが破壊したライブハウスの修繕費は、俺たちに請求されているのだ。対バン相手を皆殺しにする痛恨のミス。ひとり生かして帰すつもりがしくじった。結果、全額こちら持ち。
だが縁故者が復讐にくるならば。捕らえて金を出させれば良い。
ほくそ笑んでいるとPCが大きな金切り声を上げて、発火した。プラスチックのケースが溶解し、細い煙をひとすじ上げる。オンボロPCが天に召される時が来たか。俺は胸の前で十字を切った。レストインピース。
部屋の隅にある小型冷蔵庫からコロナビールの瓶を一本取り出す。栓を抜き、半分ほどPCに注いで鎮火した。残りは喉に流し込んだ。よく冷えたビール。ネバダの夏の暑さを吹き飛ばす爽快感だった。
だが、このとき俺はドジを踏んでいた。このPCの発火は寿命ではなく、デスメタル能力による攻撃であることに、俺は気づかなかったのだ。
2.イカレたメンバー紹介するぜ
防音室に戻り、メンバーの二人にメールについて話した。
「練習の後、BARで飲みながら対策を考えるってのはどうだ」
これで満場一致。
あとから考えると、こんな悠長なことを言っている場合ではなかったが、今更言っても遅い。全員で合わせるのは今日が初めての新曲があった。拷問相手から肉を剥いで、目の前で豚に食わせることがテーマの曲だ。スポティファイでかなりの再生回数が期待できる内容だった。クオリティを上げるため、いつも以上に練習時間を取りたかったのだ。
そういうわけで、時間をかけてセッションをしている間に、俺たちのバンド【ex-Death】のメンバーを紹介しておく。
ベース担当のサンダーボルトは、デスメタルの力で全身から電撃を放つことができる。対バン相手を感電死させることについて、こいつの右に出るものは存在しない。
マサチューセッツ工科大に通っていたが、教授をクロコゲに感電死させ、退学になった。当人は事故だと主張している。本当かは知らない。
金髪に染めすぎて髪が痛み放題の男で、もう10年以上同じレザージャケットを着続けている。
ドラム担当のソリッドマンは口がきけない。だが、それをどうこう言うやつは、圧倒的なドラムスキルで黙らせた。それでも黙らないやつはソリッドマンの拳を喰らい、下アゴを木っ端微塵に粉砕された。奴ら、もう一生まともに喋れないだろう。
2メートル近い長身に分厚いガタイ、剃り込みの入った坊主頭。演奏しているとき以外はオレンジ色のサングラスをかけている厳つい男だ。
俺、ヴォーカル&ギター担当のエーテルは、デスメタルの力で乳首から破壊光線を出せる。防げるやつはまずいない。俺と対バンしたやつは、およそ三分の一が死んだ。もう三分の一は田舎へ帰った。腰抜けが多すぎる。
俺にギターを教えてくれたのは、年の離れた兄貴だった。兄貴は散弾銃で自分の頭を吹き飛ばして、死んだ。
この3人でデスメタルバンドを組んでいる。普段は町外れのボロいビル、2階の防音室に集まって練習する。そして、ベガスの場末のライブハウス【荒くれ者ども】で対バンに明け暮れているというわけだ。
ラスベガス。カジノの街。享楽の街。金が集まる。金があらゆるものを引き寄せる。あらゆる娯楽がここにある。ギャンブルだけじゃない。地下ボクシング、ストリップ、違法薬物、そしてデスメタル。血を見たい奴らを楽しませる。デスメタル能力で殺し合う。命をかけて金を稼ぐ。
俺たちがバンドを結成してから10年の歳月が過ぎ、俺たちの資金は尽きかけていた。死んだブルータル・ジャックが起こした竜巻が、ライブハウスを破壊したせいで。
3.Vengeance:報復 その1
練習を終え、額を拭う。普段の練習とは比較にならないほど汗をかいていた。Tシャツが重く感じるほどだ。
それにしても満足感のあるセッションだった。すべてが噛み合っている、なめらかに、繊細に、しかし力強い、そんな感覚だった。喉の調子もここ数年なかった仕上がりだ。新曲はきっといいものになる。俺たちはしばしの間余韻に浸った。
「それにしても暑い。暑すぎる。冷蔵庫に何本かビールが残ってたよな。あれ飲んでからBARに行こうぜ」
サンダーボルトは立ち上がり、防音室から出ようと、右手でドアノブを握る。そして次の瞬間、
「アアあああああああッついッ!!!!!!」
叫びながら、ドアノブに弾かれるように飛び退いた。
「何事だ?」
俺はサンダーボルトがふざけているのだと思った。ソリッドマンも眉をひそめながら、右手を抱えて呻く男を見つめた。
「大丈夫か? ビールなら俺が取ってきてやるよ……「待て、ドアノブに触るな!」
事務室に向かおうとする俺をサンダーボルトが鋭く制止した。
「ドアノブに触るんじゃない、熱いんだ! ものすごく熱い、ドアノブの常識を超える温度だぜ!」
サンダーボルトは右手をこちらに開いて見せた。その手のひらは、先ほどまで繊細なベース演奏をしていた人間の手とは思えないほど、赤く腫れ上がっていた。
「さっきパソコンが燃えたって言ってたよな、エーテル。それはパソコンの寿命なんかじゃねえぞ。デスメタル攻撃だ」
「それじゃあ……、この暑さは、まさかドアの向こうは……」
額に汗が滲む。ソリッドマンも合点がいったという表情で、青ざめながら壁から離れた。
防音室の出入り口は一つ。そのドアノブが燃えるように熱されている。発火のデスメタル攻撃。意味するところは単純明快。
このビルが燃えている。
俺達がいる防音室の壁は、大量の断熱材を使って防音性能・断熱性能を強化している。その中にいたせいで、外の音にも気温の変化にも気付けなかったのだ。
消防車の到着はおそらく期待できない。
外部の人間は通報していないだろう。襲撃者はデスメタル能力でビルの内部だけを燃やし、外からは異常に気付けないようにしているはずだ。俺ならそうする。
今から通報して間に合うか?
ただでさえベガスの消防署は多忙だ。酔っ払いが飛び降りようとしたり、ボヤを起こしたり、建設現場で事故が起きたり。近所の全車両が出払っていることも珍しくない。間に合わない。ビルが崩れるのが先だろう。
外からの助けは来ない。唯一のドアからは出られない。ならば。
「乳首破壊光線で壁を破壊して脱出する。幸いここは二階だ。ケガするかもしれないが、丸焼きよりはマシだろ」
二人はうなずいた。
俺は演奏体勢を取った。ピックが弦を弾く。デスメタル能力、発動。乳首から破壊光線が放たれた。
その熱線の威力は、コンクリートを発泡スチロールのごとく、たやすく崩壊させる。壁にはポッカリと大穴が空いた。ついでに、俺のTシャツの乳首部分にも穴が空いた。
俺たちは迷わず、壁の穴から跳び出した。ドラムセットや機材を残していくのは気が引けたが、躊躇している場合ではなかった。踏み切ると同時に、背後で天井が雪崩れ落ちる音がした。
俺は着地に失敗した。足首からグキリと音がした。俺の乳首はチタン合金なみの耐久性を持っているが、足首の方は普通の強度だ。ギターをかばいながら、痛みで地面を転がるハメになった。
他の二人は着地に成功したようだった。だが、二人は俺を助け起こそうとはしなかった。それどころではなかった。
俺達の前には、機材を完璧に設置したデスメタルバンドが、演奏体勢を整え、待ち構えていたのだ。
4.Vengeance:報復 その2
ベガスの町外れは街の中心部とは違い、道路の舗装すら、まともになされていない。風が吹くたびに砂煙が巻き上がる。
周囲は戸建ての住宅や、小さなアパートメントがほとんどだ。そのなかで、俺たちがいた4階建てのビルは悪目立ちしていたが、たった今、背後で崩れ去った。
そして目の前には準備万端のデスメタルバンド。傍から見るとシュールな光景だろうが、絶体絶命の状況だった。
こいつらが、報復を予告するメールを寄越した奴らに違いない。想像以上に素早く、計画的に仕掛けてきやがった。あまりの用意周到ぶりに俺は舌を巻いたが、感心している場合ではなかった。足首の痛みをこらえ、立ち上がる。襲撃者たちと正面から向かい合った。
相手は4人組、20代前半の若い奴ら。俺はこのデスメタルバンドに見覚えがあった。メタル雑誌のインディーズ特集で取り上げられていたはずだ。確か、バンド名は……
「俺たちは、【サンズ・オブ・ブルータル・ジャック】だ」
サンズ・オブ・ブルータル・ジャック。残虐ジャックの息子たち。
捻りがまったくないが、この上なくわかりやすい。父親の復讐に来たというわけだ。
最初に仕掛けたのは、サンダーボルトだった。ベースの4本の弦がうなり、能力が発動する。デスメタルの力で電撃を放ち、敵の機材を破壊しようとしたのだろう。だが、俺たちは、音を増幅させるための機材、アンプを持っていなかった。燃えるビルの中に置いてきてしまった。
サンダーボルトのベースの音は、敵のドラムにかき消されてしまった。音が届かなければ、デスメタル能力も届かない。
逆に、敵のドラムの能力がサンダーボルトを襲った。ベースを弾く右手が発火したのだ。ビルを燃やしたのは、こいつに違いない。メタル雑誌では確か、【アーソン】と紹介されていた。すなわち放火魔の異名をとるドラマーだ。その腕力は、ドラムが壊れないのが不思議なほどの威力でスティックを振るった。
音を出そうとしても、爆音のドラムに塗り潰されてしまう。圧倒的不利。敵の作戦は完璧と言ってよかった。こちらにはソリッドマンがいるという点を除けば、の話だが。
ソリッドマンのドロップキックが、アーソンに炸裂した。アーソンの体は、まるで大型トラックに跳ね飛ばされたかのごとく、空中で高速キリモミ回転した。
落下して地面にぶつかったときにはアーソンの意識はなかった。死んだかもしれない。なにせ、ソリッドマンの膂力の前に、五体満足でいられた者はほとんどいない。
突然の凄まじい暴力に、敵の動きは固まった。その瞬間を俺は見逃さない。即座に、6本の弦の上、5本の指を走らせる。
放たれた乳首破壊光線は、眩しいほどの光を放ち、俺の乳首の動きに合わせた軌跡を描く。
そして、敵のボーカルとベース、ドラムのアーソンの体を両断した。
かくして、出来の悪いスプラッター映画のような光景が出現した。
3人の上半身と下半身はサヨナラし、それぞれ勝手に動きながら、切断面から血を吹き出していた。およそ住宅街で発生していいシチュエーションではない。
あまりの惨状。敵の最後の生き残り、ギターの男、【トキシック・カーティス】は失禁し、両手をギターから離して、空に掲げた。降伏を意味するジェスチャーだ。
メタル雑誌によると、トキシック・カーティスは、デスメタルの力で毒ガスを出せる。観客もろとも対バン相手を殺す悪質な男だという。だがその能力は、屋外では今一つだったようだ。風で毒ガスが流されてしまうのだ。俺たちはこいつに攻撃されたことにすら気づかなかった。かくして、カーティスは何もできず、俺たちに拘束される結果となった。
こうして俺たちは、債務返済の足がかりを手に入れた。あとはジャックの遺産をカーティスから奪い取るだけだ。
5.インタビュー
人が来ないうちに、穴を掘って死体を埋めた。ベガスを掘り返すと、デスメタルバンドの死体が山ほど出てくるだろう。なにせ、対バンの度にそこらに埋めている。
カーティスを縛り上げ、キャンピングカーに放り込んだ。このキャンピングカーは近場に駐車していたもので、ビルの崩落にギリギリ巻き込まれずにいた。かつて対バンで奪った車だが、長期間放置していたため、サビが浮いてボロボロになっている。
とりあえず、カーティスを尋問する場所を用意しなければならない。こういうときに便利なのがAirBnBだ。そのへんの個人の住居を安く借りられる。貸主の方は、まさか監禁・拷問のために使われるとは思ってもみないだろうが。
「ベガスに遊びに来たんだが、安いモーテルに空きがなくてね」
と嘘をつき、ガレージ付きの家を2泊借りた。
「汚さないでくれよ」
と言われたが、正直、保証はできない。
キャンピングカーをガレージに入れ、カーティスを車から引きずり出した。カーティスの顔色は驚くほど青くなっていた。兄弟3人が悲惨な死を遂げたばかりなので無理もない。俺はガレージにあった延長ケーブルを使い、カーティスを椅子に固定した。
「さて、と」
サンダーボルトが肩をぐるりと回した。拷問はこの男の担当だ。その手にはいつの間にか、車のバッテリーとブースターケーブルが握られていた。そのへんの車からかっぱらったものだろう。
サンダーボルトは手際よく、バッテリーとカーティスの両乳首を、ブースターケーブルで接続した。この状況でバッテリーの電源を入れるとどうなるかは火を見るよりも明らかだが、一応説明しておくと、両乳首が破壊され、焼け落ちることとなる。
ただでさえ青かったカーティスの顔は、更に青さを増し、映画アバターにこんなやつ出てくるよな、という顔面蒼白の極地に到達した。自分の乳首の末路を想像したのだろう。
尋問官サンダーボルトの方はといえば、かなり虫の居所が悪そうだった。
「いいか、カーティス。俺はかなりイラついている。さっきドアノブで右手を火傷した。その上、右腕に火まで付けられた。はっきりいって、今日の俺はいいトコ無しだ。ここから挽回するためなら、お前の乳首や金玉を大量削減するくらいのことはやるぜ、俺は」
喋りながら、カーティスの椅子を蹴りつける。
「お前に聞きたいのは一つだけだ」
サンダーボルトは、カーティスに詰め寄った。
「お前の親父、ブルータル・ジャックの遺産についてだ。いくらある? どこにある? さっさと喋れば生かして帰してやる」
この調子ならすぐに聞き出せるだろうと思い、ソリッドマンと俺は見物モードで尋問をぼんやり眺めていた。だが、カーティスの答えは予想とは違った。
「金はお前らが奪ったんだろうが」
「なに?」
一瞬困惑した後、サンダーボルトはキレた。バッテリーの電源がオンになり、カーティスの乳首も焼き切れ|た。
「テメーの親父、ジャックのせいで、俺らはカツカツになってんだ! ふざけたこと抜かすと乳首の次は金玉だ、わかってんのか!」
今度はカーティスが困惑の表情を見せた。
「お前らが金を持っていったんだろう。親父は銀行口座も公的記録も全部消されていた。どうやったのかは分からないが、お前らの仕業だ」
どうも話が噛み合わなかった。公的記録が消されている? 社会保障番号や出生記録、納税記録まで抹消されている。カーティスはそう主張した。銀行口座も無いときた。
何者かがジャックを存在しなかったことにしようとしている? なんのために? 金が手に入らないどころか、謎が増える始末だ。
これ以上、情報を引き出せそうになかったので、ソリッドマンがカーティスに平手を食らわせた。カーティスは気絶。手荒い寝かしつけだ。
6.BARで聞き込み
すっかり日も落ちた。そろそろ開店時間だ。俺たちは【BAR 圧殺】の扉をくぐった。
圧殺はベガスの場末、ライブハウス【荒くれ者ども】から少し離れた場所にある。観光客はほとんど来ない寂れた店で、テーブル4つとカウンター席の狭苦しいところだ。いつでもデスメタルバンドの連中が数人たむろしている。ビール一本とドリトスを注文して安く済ませ、お決まりのテーブルで長居している迷惑な奴らだ。
この連中に最近の業界ゴシップを聞き込みしようと、俺たちは店を訪れた。奴らは単なる噂話好きではなく、裏社会に通じる情報まで、およそ界隈のデスメタルに関わることはなんでも知っている。おそらく、ジャックの遺産につながる手がかりが手に入るはずだ。
だが、この日は様子がいつもと違った。
店の中を見回したが、レザージャケットの汚い長髪は一人も見当たらない。カウンターには還暦そこらの老人が突っ伏し、トイレ近くのテーブルには若いカップルがいた。だが、いつものテーブルに座る者の姿はどこにもなかった。
「プリウス、デスメタル連中は来ていないのか?」
俺はカウンターの中のプリウスに声をかけた。
プリウスはバーのマスターだ。いつも、30年前に死んだ女房とやったアブノーマルプレイの話をするが、どこから見ても二十歳そこらの男だ。時間の流れが歪んでいるのか、またはヘロインのやりすぎで脳をやられたのかだろう。
プリウスは返事をせず、天井からぶら下がった照明を見つめていた。視線の先、傘のかかった裸電球は時おり明滅しては、ピン、と音を立てた。プリウスは視線を動かさないまま、ハイネケンの瓶3本と、ボウルに盛られたドリトスをこちらに寄越した。いつもの連中と俺たちの区別がついていないようだった。
プリウスの死んだ女房の話が始まる前に、俺はカウンターに5ドル札を3枚置いた。3人で空いているテーブルに座り、それぞれハイネケンの栓を抜いて一口、喉を湿らせる。コロナビールのほうが好みだが、ハイネケンもたまには悪くない。
「手がかりなしだな」
サンダーボルトは不満げな顔で言った。ソリッドマンも苛立ち混じりのため息を吐いた。
「ブルータル・ジャックの金が消えて、噂話好きのアホどもも見当たらねえ。どうする?」
なんのアイデアも浮かばず、ドリトスをつまみ、ビールで流し込んだ。汗を流したあとの体に、ケミカルな塩味が沁み渡った。
「どこに行ったんだろうな、あいつらは。死んだわけではないと思うが……」
いつも店にいるメンバーは、一筋縄ではいかない奴ばかりだった。俺たちも対バンした事があるが、奴らはしぶとく生き延びている。歴戦のデスメタル男達だ。
”バードマン”・マーカスは、デスメタルの力で鳥を操ることができる。奴の操作するカラスに眼球を持っていかれた奴は数知れない。盲目でギターを弾く琵琶法師みたいなのをベガスで見かけたら、そいつはマーカスの犠牲者かもしれない。投げ銭|《せん》を多めにやってくれ。
マーカスは奪った眼球を自室に飾るのを趣味にしている。女房はそれを不気味に思い、子供を連れてオクラホマの実家に帰ってしまった。
”スリップ”・クレイグは、デスメタルの力で床を滑りやすくすることができる。こう聞くと大したことないと感じるかもしれない。だが、それは間違いだ。クレイグが能力を使うと、転んで骨折した観客や対バン相手が絡まり合う。ライブハウスから脱出しようにも滑って出られず、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。
クレイグは滅多に風呂に入らず、ひどく臭う。厄介な能力と悪臭のせいで、ライブハウス側には滅茶苦茶に嫌われている男だ。
ジョニー・”イラ■チオ”・ドーソンは、デスメタルの力で敵のチ■ポを爆発させる事ができる。爆発させられた奴は吸い上げられるような凄まじい快感を覚えたという話から、この卑猥なニックネームがつけられた。はっきり言って、こいつとの対バンはかなりヤバかった。危うく、品種改良されたブドウみたいに種無しにされるところだった。
イラ■チオ・ドーソンは俺と対バンした際に乳首破壊光線で両足を失い、半年もの間、生死の境を彷徨った。だが、義足を装着し、今も第一線で戦うツワモノだ。
ほかにもこのバーに立ち寄る奴らがいたが、どいつも恐れ知らずのイカレポンチだ。
酒場から離れるときは死ぬとき、と豪語しているような連中がそろっていなくなるとは、一体なにが原因なのか。見当もつかなかった。
「おれはしってるぜ……」
不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこにいたのはカウンターに突っ伏していた老人だった。
「知ってる、ってのは? 常連のデスメタル連中の居所を知っているということか?」
「ああ、そうだ」
「どこだ、教えてくれ。礼はする」
謎だらけの状況で、猫の手も借りたいくらいだった。
「あいつらは連れて行かれちまったんだ。デスメタルの連中はみんな、白くて四角い…」
「白くて四角い?」
「UFOに、宇宙人に連れて行かれたんだあ」
次の瞬間ソリッドマンの拳が炸裂し、老人は床に昏倒した。死んだかもしれない。ソリッドマンの拳が直撃して生きていられる年寄りが存在するとは思えない。だが、正直ドッと疲れが来てしまったので、老人はそのまま床に放置することにした。
ここはネバダだ。ベガスの北には宇宙人オタクの聖地、エリア51がある。エイリアンジョークを言う酔っ払いもたまにいる。くだらない。
バーを出て、コンビニでスナックを買い込んだ。店で食べたドリトスだけではもの足りなかった。ガレージに置いてきたカーティスにも、食わせるものが必要だ。チキン屋に寄ってフライドチキンのバスケットを注文した。これだけあれば足りるだろう。
買い物袋をもって、借りた家に向かって歩いていると、予想外の状況が待っていた。
ガレージの前には白いバンが5台も停まっていた。誰かが縛られているカーティスを見つけて通報したのか? 俺たちは路上駐車の影に隠れ、遠巻きに様子をうかがいながら、チキンをかじった。
よく見ると、ガレージの周囲には、マシンガンを持ち、白い防護服を着たやつらがうろうろしている。
「何もんだ、あいつら。まるでスターウォーズに出てくる雑魚キャラみたいだぜ」
「確かに、ストームトルーパーみたいな連中だ。警察でも消防でもない。衛生局の職員か?」
だが、衛生局の職員がマシンガンで武装しているという話は聞いたことがない。ネズミやアスベストが出たからといって、銃をぶっ放したりはしないはずだ。どこの組織の連中だ?
ガレージのシャッターは破壊されていた。そして、白い防護服の連中は、椅子に縛られたカーティスをガレージから運び出し、そのままバンに押し込もうとしていた。
バーにいた老人の言葉を思い出す。
「白くて四角い、UFOに、宇宙人に連れて行かれたんだあ」
【後編に続く】