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【挑戦】杉並区長・岸本聡子を誕生させた市民運動・選挙戦と、ミュニシパリズムの可能性を描く:『映画 ◯月◯日、区長になる女。』(ペヤンヌマキ監督)

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杉並区長選の結果さえ知らずに観に行った映画『映画 ◯月◯日、区長になる女。』は面白かった!政治はこんな風に底上げされてほしい

なかなか面白い作品だった。既に終わった選挙の話なのでネタバレにはならないだろうが、本作で取り上げられる杉並区長選ではなんと、岸本聡子が187票差で現職を打ち破ったのである。その選挙結果だけを取り上げてみても非常に興味深いと言えるだろう。これは決して、「ギリギリだけど勝ちは勝ち」みたいな話ではない。「まずひっくり返せないだろう状況で逆転劇を成し遂げた」という点こそが注目すべきポイントなのである。

さて、本作を観る前の時点で私は、杉並区長選の結果も知らなければ、そもそも候補者である岸本聡子のことも認識していないような状態だった。もちろん、杉並区民でさえない。それでも、とても面白く観られたのである。やはりそこには、「こういう政治だったら良いよなぁ」みたいな感覚があるのだと思う。私たちが普段触れている、「永田町でオジサンたちが訳の分からないことを言っている」みたいなものとはまるで違う、「地域に根づいた自治的な民主主義」の実現がそこにはあったのだ。ちなみに、そのような民主主義は「ミュニシパリズム」と呼ばれているのだと、本作を観て初めて知った。
 
それでは、映画の内容に触れる前にまず、本作の人気っぷりについて触れておこうと思う。映画館のチケットが取れなくて本当に苦労したのだ。
 
本作は、2024年1月2日に公開された映画で、私は元々公開直後に観る予定でいた。しかし満席のため、予定していた日のチケットは取れなかったのである。ただ、その日は劇場のサービスデーだったこともあり、それで観客が集中したのだろうぐらいに考えていた。それで、翌週の土曜に観ようと思い、前日の金曜の夜にチケットを確認したのだが、昼の分は満席。ならば日曜に観ようと思い確認すると、残っていたのは最前列の席のみという状態だったのである。そんなわけで、久々に最前列で映画を観た。私の記憶では、大昔に映画『マッドマックス』を観た時以来だと思う。『マッドマックス』も、メチャクチャ混んでたなぁ。

劇場が満席になるほどの話題性がどのように生まれたのかは結局今も分からないままなのだが、本作は恐らく、「政治の話なんか興味ない」と感じてしまう人にこそ響く作品ではないかと思う。もし機会があるようなら是非観てみてほしい。

監督のペヤンヌマキは、何故『映画 ◯月◯日、区長になる女。』を撮ることになったのか

本作の監督は、ペヤンヌマキという名前で活動する劇作家である。Wikipediaによると、溝口真希子の名義でかつて自主制作映画を作ったことがあるそうで、だとすると「監督初のドキュメンタリー映画」という表現が正しいのだろうか。いずれにせよ、「映画を撮るような環境にいた人ではない」のだと理解してもらえればいい。そんなわけで、彼女が何故本作『映画 ◯月◯日、区長になる女。』を撮ることになったのかについての説明する必要があるだろう。本作では、冒頭でその辺りの経緯が説明されているので、ざっくりと紹介しておこうと思う。

ペヤンヌマキは、杉並区に20年以上住んでいるのだそうだ。近くを流れる善福寺川周辺の緑地や近所を走る小道沿いに立つ木など、自宅近くの自然環境に惹かれ、ずっと引っ越せないでいると言っていた。そんな彼女が3年前、体調不良のため近くにある成宗診療所に足を運んだことがすべての始まりである。

彼女はそこで、杉並区が計画している事業について始めて知ることになった。その診療所に、「新道路『133号線』建設計画の反対署名を集めている」と貼り紙がされていたのだ。実現してしまうと、この診療所が立ち退きを余儀なくされるのだという。ペヤンヌマキは、長年住んでいるにも拘らず、杉並区がそんな事業を計画していることを知らなかったため、少し調べてみることにした。

すると、驚くべき事実が明らかになる。なんと、彼女が気に入っている善福寺川緑地や小道沿いの木をすべて潰して道路を作ろうという計画だったのだ。彼女が住む家はギリギリ対象の区画から外れてはいたものの、心地良さを感じてきた住環境が明らかに脅かされる状況であり、彼女は事の深刻さを理解したる。そしてこれをきっかけに、それまでまったく関心を抱いてこなかった「区政」について調べてみることにしたのである。

調べてようやく状況が分かってきた。どうやら国と杉並区が”結託”し、市民にあまり情報を知らせず、事を荒立てないようにして道路計画を進めているようなのだ。さらに、問題は「133号線」だけではないことも判明した。杉並区内だけでも、今後10年間で10本の道路建設計画が存在することが分かったのだ。しかもそれらは、商店街を潰したり、住宅街をぶち抜いたりして行われる想定だった。そのような制作が、少なくとも彼女の視界にはまったく入らないところで進行していたのである。

これは大変だと感じた彼女はさらに調べを進め、ある市民団体の存在に行き着いた。「住民思いの杉並区長をつくる会」という団体で、かなり以前から活動していたようだ。今回の問題についても、既に市民運動を展開していることが分かった。しかし、団体名が実態に追いついておらず、肝心要の区長候補となる人物はまだ見つかっていなかったのだ。

ペヤンヌマキがこの市民団体の存在を知った時点で、区長選までは残り2ヶ月弱。未だ候補は見つかっていない。このままでは、3期12年区長を務めた現職・田中良が再選し、杉並区を”破壊する”ようにしか感じられない道路建設計画がそのまま進んでしまうに違いない。そうなったら最悪だと、ペヤンヌマキはヤキモキしていたのである。

そんなある日、彼女は区長候補が決まったことを知った。それが、つい先日までアムステルダムに住んでいた岸本聡子である。ある人物を仲介に市民団体から区長候補への打診があり、10日ほど悩んだ末、立候補を決意したというわけだ。

この進展を知ったペヤンヌマキは、じっとしてはいられなかった。岸本聡子のことなどまったく何も知らなかったが、「杉並区長候補」として選挙前から街頭演説を行う彼女の元へと足を運び、チラシ配りなど手伝うことにした。さらに直接話す機会も得られたので、「選挙戦を盛り上げるために、あなたのことを動画に撮ってSNSにアップしたい」と伝えたのである。

このようにして本作『映画 ◯月◯日、区長になる女。』は生まれた。そう、元々は「選挙戦を闘うためのPR動画」でしかなかったのだ。それが、ミニシアターに観客を呼び寄せる注目のドキュメンタリーとして世に出ることになったのである。なかなか面白い経緯の作品ではないかと思う。

区長候補となった岸本聡子と、彼女が主張する「ミュニシパリズム」について

先に説明したように、本作は「選挙戦を闘うためのPR動画」として撮影された。そのため基本的には、「公示日前に行っていた街頭演説」や「公示日以降の選挙戦」がメインで映し出される。そしてその合間に、岸本聡子の人柄が伝わるようなバックステージでの姿や、監督ペヤンヌマキの葛藤などが挟み込まれていくという構成だ。そして個人的にはやはり、岸本聡子に焦点が当たる部分が面白かった。

というわけでまずは、岸本聡子がどのような人物なのか紹介しておこう。

彼女は27歳でアムステルダムに移り住み、「トランスナショナル研究所」というNGOに就職した。そこで市民運動の支援をしつつ、環境等に関する公共政策のリサーチも行っていたという。このように、元々「公共」に携わるような生き方をしていた人物なのである。

しかし、2018年に転機があった。恐らく職場でのことだと思うのだが、定期的に行われているキャリアカウンセリングの中で、「今自分が本当にやりたいことは何なのか?」という話になったそうだ。そして色々と話していく中で、「なるほど、あなたは『地域の政治活動』に関わりたいんですね」とまとめてもらえたのだという。そのようなやり取りを経て彼女は、自分のやりたいことが改めて明確になった。そしてこれをきっかけに、日本語での本の執筆に取り掛かることにしたのだという。また、「地域の政治活動」に関わる上で、やはり日本を拠点にすべきだと考えたのだろう。彼女は、いつ日本に帰るべきかも考えるようになったのである。

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